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第一章 謎の男
第八話 おじタンの推理
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見上げていた視線を下ろしておじさんへ向き直る。
「これって……塾、だよね」
「大学受験のための個別学習塾だな。最近はここみたいに建物を丸ごと学習塾が借りてることも多くなったね」
そう言われてもピンと来ない。
「あのオジサン、塾の先生?」
「恐らく講師ではなく、事務の人じゃないかな」
「えっ、どうしてそう思うの?」
「塾の関係者なのは間違いないから、確かめてみるか」
「どうやって?」
おじさんが当然といった顔をして言う。
「ここに大学受験を控えた高校生がいるでしょ?」
エントランスの館内案内には四階が受け付けとなっていた。この時間、やって来る生徒が少ないようでエレベーターにはおじさんと二人だけだ。
「大丈夫かな。バレない?」
「朋華が区役所の売店にいたなんて、きっと覚えてないよ。もしも覚えていたとしたって、受講案内をもらいに来たのだから不審には思わないさ」
四階で降りるとエレベーターの正面に廊下が伸びていて、右に講義室が並んでいる。左側には受付と書かれた部屋があって、中はかなり広い。
カウンターの所へ行き、あの人を探すと――いた!
左から二つ目の列で、こちらを向いて座っていた。パソコンに向かって仕事をしているみたい。その背中側の列には少しラフな格好をした男の人が座って、廻りに生徒っぽい男の子が二人立っている。
振り向くとおじさんがニヤリと笑った。
「新規ご入会でしょうか。ご説明しますのでお父様もご一緒にどうぞ」
カウンターの近くにいたお姉さんに声を掛けられ慌てていると、おじさんがすっとそばに来た。
チラッと見ると真剣に聞いている。なんだか楽しそうに。
受講案内の封筒を抱えて、ビルから少し離れた公園のベンチに座る。
あの人がこんな場所で時間をつぶしていたんじゃないかと妄想、いや推理していたのに。
「ねぇ、どうしてわかったの?」
私の問いかけに、おじさんが静かに話し出した。
「まず一番の疑問は、なぜ毎日あの場所で食事をとらなければいけないか、ということ。服装などの話から仕事はデスクワークだと思ったけれど、それならなぜ自分の会社で食事をしないのか。
きっと自分の席では食事が出来る状況ではないんだろう、と考えたんだ」
それってどんな状況だろう。
見当もつかない。
「毎日の食事場所として選んだのが、人に干渉されない、ホールの隅にある電話台。壁を向いて食事をするのが苦にならない、むしろそれを好む性格みたいだし。
そんな人ならば、机の周りに人が集まるような場所は避けたくなるよ。それが自分に背を向けた人たちだとしてもね」
ここまで聞いても、なぜ塾の事務の人だと思ったのか、やっぱり分からない。
実際にいま見て来たばかりだから、おじさんが想像した通りのシチュエーションだと分かるけれど。
「でね、塾に関係あるだろうと推理した決め手になったのは、トイレを借りに来た時間。
五時頃にトイレへ来たのはなぜか?」
この前、事務所で言っていたトイレに来た時間が鍵ということね。
でも何と結びつくの!?
「その時間帯にトイレが使えなかったから。それはどんな場合かと考えたときに、この前うちのビルを借りる相談に来た不動産屋さんの話を思い出したんだ。
塾が四階、五階を借りたいというんだけど、ネックになったのがトイレ。講義の休み時間に集中して使うので、それなりのブース数を確保したいんだって。うちのビルは古い建物だからブース数が少ないので、その話は無しになったけど、これが今回の件と結びついてね。
五時前なら学校帰りの生徒たちが塾に集まる頃だから、トイレも混んでるはず。
あの人の性格からすれば、すぐそこにある混みあうトイレへ行くよりも、少し離れてもゆっくり入れるトイレを選ぶんじゃないかな」
よくそんな風に考えることが出来るなぁ。
ちょっと見直した。
確かに、区役所のトイレって綺麗めなところが多いし、ブース数もあるから使いやすいかもしれない。
「塾の関係者だと仮定すれば、お弁当の話も説明がつくんだよ。
大学受験用の塾ならば、昼前から生徒は来るでしょ。個別指導も行うのが流行りなので、熱心な生徒は講師の所へ行って質問もする。例え昼食の時間帯でもね。
一方、事務の人は時間通りに仕事をするから、昼休みに入って机の廻りを生徒がうろうろしているのは嫌だったんだと思う。
それで、静かに一人で食事ができる安息の場所を見つけた、というのが俺の推理。食べてる途中に生徒が来る可能性もあるから、お弁当は毎日外で、トイレは混んでいて我慢できそうもない時だけ、たまに使う。
謎の男の条件にばっちり合うんだけど、地図を見ただけじゃ近くに塾があるのか分からなくって」
ここまできっちり説明されると、わたしが推理していたことがバカみたい。
「それで、確認しに来たわけ――ぇがっ!」
「またドヤ顔したでしょ。学習しないなー」
いつもよりも手加減した腹パンを一発。
くやしいけど納得しちゃったから、今のは手荒な祝福ってやつね。
「これって……塾、だよね」
「大学受験のための個別学習塾だな。最近はここみたいに建物を丸ごと学習塾が借りてることも多くなったね」
そう言われてもピンと来ない。
「あのオジサン、塾の先生?」
「恐らく講師ではなく、事務の人じゃないかな」
「えっ、どうしてそう思うの?」
「塾の関係者なのは間違いないから、確かめてみるか」
「どうやって?」
おじさんが当然といった顔をして言う。
「ここに大学受験を控えた高校生がいるでしょ?」
エントランスの館内案内には四階が受け付けとなっていた。この時間、やって来る生徒が少ないようでエレベーターにはおじさんと二人だけだ。
「大丈夫かな。バレない?」
「朋華が区役所の売店にいたなんて、きっと覚えてないよ。もしも覚えていたとしたって、受講案内をもらいに来たのだから不審には思わないさ」
四階で降りるとエレベーターの正面に廊下が伸びていて、右に講義室が並んでいる。左側には受付と書かれた部屋があって、中はかなり広い。
カウンターの所へ行き、あの人を探すと――いた!
左から二つ目の列で、こちらを向いて座っていた。パソコンに向かって仕事をしているみたい。その背中側の列には少しラフな格好をした男の人が座って、廻りに生徒っぽい男の子が二人立っている。
振り向くとおじさんがニヤリと笑った。
「新規ご入会でしょうか。ご説明しますのでお父様もご一緒にどうぞ」
カウンターの近くにいたお姉さんに声を掛けられ慌てていると、おじさんがすっとそばに来た。
チラッと見ると真剣に聞いている。なんだか楽しそうに。
受講案内の封筒を抱えて、ビルから少し離れた公園のベンチに座る。
あの人がこんな場所で時間をつぶしていたんじゃないかと妄想、いや推理していたのに。
「ねぇ、どうしてわかったの?」
私の問いかけに、おじさんが静かに話し出した。
「まず一番の疑問は、なぜ毎日あの場所で食事をとらなければいけないか、ということ。服装などの話から仕事はデスクワークだと思ったけれど、それならなぜ自分の会社で食事をしないのか。
きっと自分の席では食事が出来る状況ではないんだろう、と考えたんだ」
それってどんな状況だろう。
見当もつかない。
「毎日の食事場所として選んだのが、人に干渉されない、ホールの隅にある電話台。壁を向いて食事をするのが苦にならない、むしろそれを好む性格みたいだし。
そんな人ならば、机の周りに人が集まるような場所は避けたくなるよ。それが自分に背を向けた人たちだとしてもね」
ここまで聞いても、なぜ塾の事務の人だと思ったのか、やっぱり分からない。
実際にいま見て来たばかりだから、おじさんが想像した通りのシチュエーションだと分かるけれど。
「でね、塾に関係あるだろうと推理した決め手になったのは、トイレを借りに来た時間。
五時頃にトイレへ来たのはなぜか?」
この前、事務所で言っていたトイレに来た時間が鍵ということね。
でも何と結びつくの!?
「その時間帯にトイレが使えなかったから。それはどんな場合かと考えたときに、この前うちのビルを借りる相談に来た不動産屋さんの話を思い出したんだ。
塾が四階、五階を借りたいというんだけど、ネックになったのがトイレ。講義の休み時間に集中して使うので、それなりのブース数を確保したいんだって。うちのビルは古い建物だからブース数が少ないので、その話は無しになったけど、これが今回の件と結びついてね。
五時前なら学校帰りの生徒たちが塾に集まる頃だから、トイレも混んでるはず。
あの人の性格からすれば、すぐそこにある混みあうトイレへ行くよりも、少し離れてもゆっくり入れるトイレを選ぶんじゃないかな」
よくそんな風に考えることが出来るなぁ。
ちょっと見直した。
確かに、区役所のトイレって綺麗めなところが多いし、ブース数もあるから使いやすいかもしれない。
「塾の関係者だと仮定すれば、お弁当の話も説明がつくんだよ。
大学受験用の塾ならば、昼前から生徒は来るでしょ。個別指導も行うのが流行りなので、熱心な生徒は講師の所へ行って質問もする。例え昼食の時間帯でもね。
一方、事務の人は時間通りに仕事をするから、昼休みに入って机の廻りを生徒がうろうろしているのは嫌だったんだと思う。
それで、静かに一人で食事ができる安息の場所を見つけた、というのが俺の推理。食べてる途中に生徒が来る可能性もあるから、お弁当は毎日外で、トイレは混んでいて我慢できそうもない時だけ、たまに使う。
謎の男の条件にばっちり合うんだけど、地図を見ただけじゃ近くに塾があるのか分からなくって」
ここまできっちり説明されると、わたしが推理していたことがバカみたい。
「それで、確認しに来たわけ――ぇがっ!」
「またドヤ顔したでしょ。学習しないなー」
いつもよりも手加減した腹パンを一発。
くやしいけど納得しちゃったから、今のは手荒な祝福ってやつね。
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