富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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勝敗やいかに

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「それにしても、今晩は我が家で餡ころ餅を賭けた勝負だから良いようなものの、ホントの賭場で金銭を賭けた博打だけは決してやらんようになあ」

 お葉は怖い顔をしてみせて、みなに釘を刺す。

「ああ、わしなら心配ご無用だよ。前々から遊び仲間には賭場へもちょくちょく誘われておったんだが、蜂蜜が厳しくてね、博打は絶対に許してくれんのでやらなかったのさ」

 草之介はデレッとして言った。

「まあ、この子ときたら親の言うことは少しも聞かんくせに、ようもぬけぬけと」

 お葉は呆れるやら憎らしいやら。

 しかし、そう聞くと蜂蜜という美人芸妓はなかなかの利口者で草之介のような馬鹿者が道を踏み外さぬように手綱たづなをしぼってくれていたようだ。

(草之介の嫁にはサギをと思っておったが、サギも軽率でムキになる性分は草之介と同じようだしなあ)

(なによりサギが草之介を小馬鹿にしておるのは一目瞭然だし、草之介もサギのことは凶暴なチビ猿と言うておるくらいだしなあ)

(桔梗屋の大事な跡継ぎを産んでもらう嫁なのだから念には念を入れて焦らずじっくりと選ばなくてはなくてはなるまいなあ)

 お葉はやはり草之介の嫁選びとなると頭が痛かった。



 一方、その頃、

 桔梗屋の台所では武家娘二人がせっせと働いていた。

 先ほど台所の下女中もみな「丁半博打ってどんなだろね?」「ちょいと裏庭から広間の様子を覗いてこようかえ?」などと言ってバタバタと見物に行ってしまったので、あとに残ったのは美根と久良だけであった。

「広間はずいぶんと賑やかですこと。美根様もいらしたらいいのに」

「まあ、とんでもない」

 久良は男嫌いなので博徒の男衆のいる広間へなど行けやしないが、美根は手代の銀次郎が博打の見物をせずに火の用心の夜廻りへ出掛けているので自分も行く訳にはいかない。

(だって、はしたない女だと思われてしまいますもの)

 実のところ丁半博打をちょっと覗いてみたい気持ちもあるのだが、グッとこらえているのだ。

「小さいミノ坊様やお枝坊様まで丁半博打とやらで遊んでいるのに、銀次郎さんはよっぽど堅物なのでござりますねえ。聞くところによると大人の遊興場にも一度もいらしたことがないのだとか」

 久良はいたく感心した口振りである。

 吉原での辛い経験から久良はくるわで女を買うような男はすべからく地獄へ堕ちてしまえばいいと思っているのだ。

「ええ、ホントに銀次郎さんは真面目な方でござりますもの」

 美根は我知らず頬がポオッと赤らむ。

 すぐに顔に出てしまうせいで久良にも下女中にも美根の銀次郎への恋心はとっくに知られてしまった。

 みなが気を利かせるので夜廻りから帰ってきた銀次郎の夜食の給仕は美根の仕事になっていた。

 今もこうして晩の残り飯で銀次郎のためにおにぎりをこしらえている。

 台所の下女中に教わった三種のおにぎりだ。

「そうそう、お漬物も切っておきましょう。銀次郎さんはべったら漬けがお好きだから。それと梅干しも二つばかり。あとは銀次郎さんがお帰りになってからお味噌汁を温めるだけ」

 美根は広い台所を行ったり来たり忙しい。

 まるで新しく所帯を持ったばかりの恋女房にでもなったかのようにウキウキと胸が弾む。

 商家の奉公人は番頭になるまでは妻帯が許されないので手代の銀次郎が妻を持てるのは十数年もまだまだ先のことだ。

 その頃には美根は四十歳をとうに過ぎている。

 だが、美根は片惚れで充分に満足しているので、銀次郎がまだ十数年も独り者でいるということが嬉しかった。

「うひゃひゃひゃっ」

 広間のほうから鬼の首を取ったようなサギの高笑いが聞こえてきた。

 どうやら丁半博打もお開きになったようだ。



「うひゃひゃ、愉快、愉快ぢゃあっ」

 サギは自分のコマを頭の上からバラ撒いて歓声を上げた。

「ああ、楽しかったわなっ」

「勝った、勝った」

 お花と実之介も自分のコマをバラバラとバラ撒く。


 はてさて、丁半博打の勝敗やいかに、


 サギは全戦全勝で餡ころ餅十七つ。

 実之介は五勝一敗で餡ころ餅十七つ。

 お花は三勝三敗で餡ころ餅九つ。


 お葉は五戦目でコマを使い果たし、一勝四敗だが、最後にビリの七が出たので餡ころ餅五つ。

 お枝は四戦目でコマを使い果たし、一勝三敗で餡ころ餅なし。

 草之介は全勝全敗で餡ころ餅なし、借り餡ころ餅が十二つ。

 
 ――という結果であった。


「奥様、いかがでござんしょ?お初の丁半博打は?」

 お竜姐さんが片肌脱ぎの着物をきちんと直しつつ、お葉に訊ねた。

「ええ、そりゃもう、楽しゅうござりましたわなあ。遊びながら実之介もお枝も暗算が得意になったし、もっと早うに教えていただきたかったと悔やまれるほど」

 お葉はご機嫌である。

 凄腕の女賭博師のお竜姐さんは自由自在にサイの目を出せるので二度もビリの七を出したのはお葉に気を遣ってのことかも知れない。

「またお遊びの時には竜胆でよろしかったら呼んでやっておくんなさいまし。いつでもお相手に来させますから」

「まあ、嬉しいこと。ぜひ、明日あすにでもお願い致しますわなあ」

 お竜姐さんは使い走りの竜胆をお葉に貸し出す約束までする。

「――」

 竜胆は何も文句は言えずに口を尖らせた。

 もう中盆なかぼんの役目はりだった。

 張子がたったの六人の盆で自分はボンクラだと思い知らされた。

 張子が五十人からなる大博打で中盆をやっているあにさん方は天才かと改めて尊敬の念を抱いた。

 博徒は頭の回転がよっぽど良くないと務まらないのだ。


「それにしても、すっかり遅うなってしまって、もう町木戸も閉まってしまいましたわなあ」

 町の木戸は夜四つ(午後十時頃)には閉まるのだ。

「いえ、ご心配には及びません。この日本橋で玄武一家の者を通さぬ木戸番なんぞござんせんよ」

 お竜姐さんは不敵に笑うと、ぞろぞろと男衆を引き連れて芳町の大亀屋へと帰っていった。


「さあさあ、ミノ坊様もお枝坊様も普段ならとっくに眠ってる時分でござりますよ」

 乳母のおタネが子供等を寝間へと追い立てる。

「けど、目が冴えちゃって少しも眠くないや」

「あたいも」

「わしもぢゃ。いつも今時分にはグースカ寝とるのに」

「ホントだわな」

 みな丁半博打の熱気が冷めやらず、興奮してちっとも眠くならない。

 枕を並べて横になるが、まんじりともせず。

「あたい、あんころもちがのうなってしもたわな」

 お枝は負けて悔しげである。

「お枝にはわしの餡ころ餅を六つやるから安心せえ」

 いくら食いしん坊のサギでも十七つは食べられない。

「わしゃ、明日、手習い所へ餡ころ餅を持っていって昼の弁当仲間と若師匠のオヤツにあげよう」

「あたしも踊りのお稽古仲間にあげるわな」

 実之介もお花も気前が良い。


「はああ~」

 草之介は自分の寝間で天井板を見つめてやるせなく吐息した。

 小僧に借りた餡ころ餅を十二つも買って返さねばならないとは。

 それでなくても年の瀬の支払いが不安だというのに。

 千両箱の小判はいったい何両くらい残っていただろう。

(――うう~ん?)

 そもそも数の勘定が苦手な草之介はまったく覚えていない。

 ボンクラもボンクラでこれだから丁半博打にも向いていないのだ。
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