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丁半博打 其の一
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(そうぢゃ。賭博なんぞにハマれば坂道をコロコロと転げ落ちるように転落するんぢゃ。わしゃ、ちゃんと知っとるんぢゃ)
(お桐さんの郷里では弟の樺平の馬鹿者が賭博でこしらえた借金のために田畑をほとんど売ってしまったんぢゃ)
(博打なんぞ大損するだけなんぢゃと、わしゃ、ちゃんと知っとるんぢゃからの)
(大事な餡ころ餅は死守するのぢゃっ)
サギは自分だけは決して餡ころ餅を賭けまいと心に決めた。
「ツボ振りのあたしの横に座ったことだし、今夜は特別に、竜胆、お前が中盆をおやり」
お竜姐さんがまた命じる。
中盆というのは賭場を仕切る役目である。
「中盆?俺にやれっかなぁ」
竜胆は眉を八の字にして自信なさげだ。
メバルは(無理、無理)と首を振っている。
どうやら中盆というのは難しい役目のようだ。
「ええと、今晩は桔梗屋のご一同さんが張子でござんす。丁や半に賭けることを『張る』って言うから張子ってのは金銭を賭ける側のこったよ。この板切れは『コマ』といって、金銭の代わりに盆の上ではこのコマをやり取りするんだ」
竜胆はござんす口調が面倒になって普段の口調で説明し、木箱にどっさりと入った小さな板切れを見せる。
「場末の賭場なんぞで使ってるコマは手垢で黒ずんで汚いんだけど、玄武で開く盆は大亀屋の客筋だから、このとおり綺麗なもんさ」
桐だろうか軽くて良い香りのする真新しい綺麗な板切れだ。
「ふぅん、ぢゃ、今晩はこのコマ一枚を餡ころ餅一つと数えるんだわな?」
お花はコマを手に取って物珍しげに眺める。
「そういうこと。ぢゃ、餡ころ餅六つ分で六枚ずつ配るぜ」
竜胆とメバルと男衆がそれぞれ数えてコマ六枚がみなに配られた。
「ぢゃが、わしゃ、餡ころ餅は賭けんぞ。このコマってのだけで餡ころ餅はやり取りせんのぢゃ」
サギが宣言した。
「あれ、何で?勝てば一つの餡ころ餅が二つにも四つにも増えるんだえ?」
お花は怪訝そうだ。
食い意地の張ったサギが餡ころ餅を増やそうとしないなど有り得ない。
「そう上手くは勝たんものぢゃ」
サギの意志は固い。
「そうかえ?丁か半に賭けるだけだえ?どっちが出るか半々ぢゃないかえ?」
お花は熱心に勧める。
サギが餡ころ餅を賭けないなど盛り上がりに欠けるではないか。
「そうだよな。サイコロの目は一、三、五が半で、二、四、六が丁で半々だものな」
草之介までが口を出す。
お花も草之介も丁半の目が半々ならば出目も半々だと思っているらしい。
「うんにゃ。丁半博打で使うサイコロは二個ぢゃよ。二個のサイコロの出目を足した数ぢゃから、丁の数は十二組、半の数は九組ぢゃ」
サギがサラッと言うと、
「???」
桔梗屋の家族はみなチンプンカンプンという顔で首を捻った。
(――はっ、そうぢゃった。商家のくせに桔梗屋の家族はみな遣り繰り算段も出来なけりゃ、数を勘定するのも苦手なんぢゃっ)
では、目にものを見せてやらねばなるまい。
サギは盆の上からサイコロが山盛りに入った笊を取るや、
「ええか?こう、こう、こうぢゃっ」
チャチャチャーッ、
目にも止まらぬ速さでサイコロを二列ずつ並べた。
「ほれ、丁と半の数はこのとおりぢゃ」
「ほおお~」
「サギ、すっごぉいっ」
「ホントに丁が十二組で半が九組だっ」
桔梗屋の家族が額を突き合わせてサイコロを覗き込み歓声を上げた。
「サギどん、お前、今まで馬鹿のふりをして、実はやっぱり賢かったのかっ」
草之介は驚きを隠せない。
(むん?わしゃ、いつでも賢いんぢゃが?馬鹿のふりをした覚えなど一度たりともないんぢゃが?)
サギは釈然としない。
「それぢゃ、丁が半よりも三つも数が多いということは出る確率も丁のほうが高いということかな?」
「そうぢゃないかえ?三つも多いんだもの」
「わし、最初は丁に張るぞ」
「あたいも」
草之介、お花、実之介、お枝も餡ころ餅を賭けた勝負に真剣そのものだ。
「ほほほ」
お葉は勘定の苦手な子供等が頭を使っている様子に満足げである。
「さあ、張るのはサイコロを振ってツボを伏せた後だぜ」
竜胆がお竜姐さんにツボ振りの合図をする。
「よござんすか?よござんすか?」
お竜姐さんが片手にツボ、片手の指先にサイコロ二個を挟み、左右に流し目を決めた。
シュタッと手を交差させてツボにサイコロ二個を投げ入れ、
「――勝負っ」
カララン、
タンッ!
盆の上にツボが伏せられた。
「さあさ、張ったり、張ったりぃ」
竜胆もメバルも男衆もみな声を合わせて「張ったり、張ったりぃ」を連呼する。
「丁に餡ころ餅三つだっ」
草之介は丁に三つ。
「丁に二つ」
お花は丁に二つ。
「ぢゃ、わたしも丁に、一つでええわな」
お葉は丁に一つ。
「あっと、言い忘れた。張る金額は丁と半で同額ぢゃねえといけない決まりなんだ。だから、あとの三人で半に六つ張るんだぜ」
竜胆が慌てて説明する。
「へえ?そいぢゃ、わし、半に二つにする。サギは餡ころ餅を賭けないんだから三つ張っとくれよ」
実之介は半に二つ。
「うん~。まあええ。半に三つぢゃ」
サギは半に三つ。
「あたい、チョーがええわな」
お枝がぐずる。
「そいぢゃ、お枝坊様が丁に一つで、丁の若旦那とお花様が一つずつ減らしたっていいぜ?」
竜胆が案を出す。
このように中盆は張子をなだめすかして丁半のコマが等しくなるように調整をする。
この時に暗算が遅くてモタモタしていると盆が暗いボンクラと呼ばれてしまう。
今晩は張子が六人だけの盆なので楽チンだが、大亀屋で開かれる盆では張子が五十人からいる大一座なので中盆は暗算の素早さと弁舌の巧みさが必要不可欠なのだ。
ちなみに大一座の盆では分かりやすく丁座と半座が向かい合わせで張子はいちいち自分が張るほうの席へ座るのである。
「いや、三つと言ったら三つだ。わしゃ、三つが好きなんだ」
草之介は頑として譲らない。
何故に三つが好きかといえば、蜂蜜の本名がおみつだからである。
「あたしだって変えないわな」
お花はただ草之介に張り合って自分も変えるのはイヤなのだ。
「あたい、ハンでええわな」
仕方なく五歳のお枝のほうが折れた。
「ハンにひとつ」
お枝は半に一つ。
「へいっ、丁半、出揃いやしたっ」
竜胆がお竜姐さんにツボを開く合図をする。
「丁か半かっ」
お竜姐さんがおもむろにツボに手を置いた。
(お桐さんの郷里では弟の樺平の馬鹿者が賭博でこしらえた借金のために田畑をほとんど売ってしまったんぢゃ)
(博打なんぞ大損するだけなんぢゃと、わしゃ、ちゃんと知っとるんぢゃからの)
(大事な餡ころ餅は死守するのぢゃっ)
サギは自分だけは決して餡ころ餅を賭けまいと心に決めた。
「ツボ振りのあたしの横に座ったことだし、今夜は特別に、竜胆、お前が中盆をおやり」
お竜姐さんがまた命じる。
中盆というのは賭場を仕切る役目である。
「中盆?俺にやれっかなぁ」
竜胆は眉を八の字にして自信なさげだ。
メバルは(無理、無理)と首を振っている。
どうやら中盆というのは難しい役目のようだ。
「ええと、今晩は桔梗屋のご一同さんが張子でござんす。丁や半に賭けることを『張る』って言うから張子ってのは金銭を賭ける側のこったよ。この板切れは『コマ』といって、金銭の代わりに盆の上ではこのコマをやり取りするんだ」
竜胆はござんす口調が面倒になって普段の口調で説明し、木箱にどっさりと入った小さな板切れを見せる。
「場末の賭場なんぞで使ってるコマは手垢で黒ずんで汚いんだけど、玄武で開く盆は大亀屋の客筋だから、このとおり綺麗なもんさ」
桐だろうか軽くて良い香りのする真新しい綺麗な板切れだ。
「ふぅん、ぢゃ、今晩はこのコマ一枚を餡ころ餅一つと数えるんだわな?」
お花はコマを手に取って物珍しげに眺める。
「そういうこと。ぢゃ、餡ころ餅六つ分で六枚ずつ配るぜ」
竜胆とメバルと男衆がそれぞれ数えてコマ六枚がみなに配られた。
「ぢゃが、わしゃ、餡ころ餅は賭けんぞ。このコマってのだけで餡ころ餅はやり取りせんのぢゃ」
サギが宣言した。
「あれ、何で?勝てば一つの餡ころ餅が二つにも四つにも増えるんだえ?」
お花は怪訝そうだ。
食い意地の張ったサギが餡ころ餅を増やそうとしないなど有り得ない。
「そう上手くは勝たんものぢゃ」
サギの意志は固い。
「そうかえ?丁か半に賭けるだけだえ?どっちが出るか半々ぢゃないかえ?」
お花は熱心に勧める。
サギが餡ころ餅を賭けないなど盛り上がりに欠けるではないか。
「そうだよな。サイコロの目は一、三、五が半で、二、四、六が丁で半々だものな」
草之介までが口を出す。
お花も草之介も丁半の目が半々ならば出目も半々だと思っているらしい。
「うんにゃ。丁半博打で使うサイコロは二個ぢゃよ。二個のサイコロの出目を足した数ぢゃから、丁の数は十二組、半の数は九組ぢゃ」
サギがサラッと言うと、
「???」
桔梗屋の家族はみなチンプンカンプンという顔で首を捻った。
(――はっ、そうぢゃった。商家のくせに桔梗屋の家族はみな遣り繰り算段も出来なけりゃ、数を勘定するのも苦手なんぢゃっ)
では、目にものを見せてやらねばなるまい。
サギは盆の上からサイコロが山盛りに入った笊を取るや、
「ええか?こう、こう、こうぢゃっ」
チャチャチャーッ、
目にも止まらぬ速さでサイコロを二列ずつ並べた。
「ほれ、丁と半の数はこのとおりぢゃ」
「ほおお~」
「サギ、すっごぉいっ」
「ホントに丁が十二組で半が九組だっ」
桔梗屋の家族が額を突き合わせてサイコロを覗き込み歓声を上げた。
「サギどん、お前、今まで馬鹿のふりをして、実はやっぱり賢かったのかっ」
草之介は驚きを隠せない。
(むん?わしゃ、いつでも賢いんぢゃが?馬鹿のふりをした覚えなど一度たりともないんぢゃが?)
サギは釈然としない。
「それぢゃ、丁が半よりも三つも数が多いということは出る確率も丁のほうが高いということかな?」
「そうぢゃないかえ?三つも多いんだもの」
「わし、最初は丁に張るぞ」
「あたいも」
草之介、お花、実之介、お枝も餡ころ餅を賭けた勝負に真剣そのものだ。
「ほほほ」
お葉は勘定の苦手な子供等が頭を使っている様子に満足げである。
「さあ、張るのはサイコロを振ってツボを伏せた後だぜ」
竜胆がお竜姐さんにツボ振りの合図をする。
「よござんすか?よござんすか?」
お竜姐さんが片手にツボ、片手の指先にサイコロ二個を挟み、左右に流し目を決めた。
シュタッと手を交差させてツボにサイコロ二個を投げ入れ、
「――勝負っ」
カララン、
タンッ!
盆の上にツボが伏せられた。
「さあさ、張ったり、張ったりぃ」
竜胆もメバルも男衆もみな声を合わせて「張ったり、張ったりぃ」を連呼する。
「丁に餡ころ餅三つだっ」
草之介は丁に三つ。
「丁に二つ」
お花は丁に二つ。
「ぢゃ、わたしも丁に、一つでええわな」
お葉は丁に一つ。
「あっと、言い忘れた。張る金額は丁と半で同額ぢゃねえといけない決まりなんだ。だから、あとの三人で半に六つ張るんだぜ」
竜胆が慌てて説明する。
「へえ?そいぢゃ、わし、半に二つにする。サギは餡ころ餅を賭けないんだから三つ張っとくれよ」
実之介は半に二つ。
「うん~。まあええ。半に三つぢゃ」
サギは半に三つ。
「あたい、チョーがええわな」
お枝がぐずる。
「そいぢゃ、お枝坊様が丁に一つで、丁の若旦那とお花様が一つずつ減らしたっていいぜ?」
竜胆が案を出す。
このように中盆は張子をなだめすかして丁半のコマが等しくなるように調整をする。
この時に暗算が遅くてモタモタしていると盆が暗いボンクラと呼ばれてしまう。
今晩は張子が六人だけの盆なので楽チンだが、大亀屋で開かれる盆では張子が五十人からいる大一座なので中盆は暗算の素早さと弁舌の巧みさが必要不可欠なのだ。
ちなみに大一座の盆では分かりやすく丁座と半座が向かい合わせで張子はいちいち自分が張るほうの席へ座るのである。
「いや、三つと言ったら三つだ。わしゃ、三つが好きなんだ」
草之介は頑として譲らない。
何故に三つが好きかといえば、蜂蜜の本名がおみつだからである。
「あたしだって変えないわな」
お花はただ草之介に張り合って自分も変えるのはイヤなのだ。
「あたい、ハンでええわな」
仕方なく五歳のお枝のほうが折れた。
「ハンにひとつ」
お枝は半に一つ。
「へいっ、丁半、出揃いやしたっ」
竜胆がお竜姐さんにツボを開く合図をする。
「丁か半かっ」
お竜姐さんがおもむろにツボに手を置いた。
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