富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
308 / 312

丁半博打 其の一

しおりを挟む
(そうぢゃ。賭博なんぞにハマれば坂道をコロコロと転げ落ちるように転落するんぢゃ。わしゃ、ちゃんと知っとるんぢゃ)

(お桐さんの郷里さとでは弟の樺平かばへいの馬鹿者が賭博でこしらえた借金のために田畑をほとんど売ってしまったんぢゃ)

(博打なんぞ大損するだけなんぢゃと、わしゃ、ちゃんと知っとるんぢゃからの)

(大事な餡ころ餅は死守するのぢゃっ)

 サギは自分だけは決して餡ころ餅を賭けまいと心に決めた。


「ツボ振りのあたしの横に座ったことだし、今夜は特別に、竜胆、お前が中盆なかぼんをおやり」

 お竜姐さんがまた命じる。

 中盆というのは賭場を仕切る役目である。

「中盆?俺にやれっかなぁ」

 竜胆は眉を八の字にして自信なさげだ。

 メバルは(無理、無理)と首を振っている。

 どうやら中盆というのは難しい役目のようだ。

「ええと、今晩は桔梗屋のご一同さんが張子はりこでござんす。丁や半に賭けることを『張る』って言うから張子ってのは金銭を賭ける側のこったよ。この板切れは『コマ』といって、金銭の代わりに盆の上ではこのコマをやり取りするんだ」

 竜胆はござんす口調が面倒になって普段の口調で説明し、木箱にどっさりと入った小さな板切れを見せる。

「場末の賭場なんぞで使ってるコマは手垢で黒ずんで汚いんだけど、玄武で開く盆は大亀屋の客筋だから、このとおり綺麗なもんさ」

 桐だろうか軽くて良い香りのする真新しい綺麗な板切れだ。

「ふぅん、ぢゃ、今晩はこのコマ一枚を餡ころ餅一つと数えるんだわな?」

 お花はコマを手に取って物珍しげに眺める。

「そういうこと。ぢゃ、餡ころ餅六つ分で六枚ずつ配るぜ」

 竜胆とメバルと男衆がそれぞれ数えてコマ六枚がみなに配られた。


「ぢゃが、わしゃ、餡ころ餅は賭けんぞ。このコマってのだけで餡ころ餅はやり取りせんのぢゃ」

 サギが宣言した。

「あれ、何で?勝てば一つの餡ころ餅が二つにも四つにも増えるんだえ?」

 お花は怪訝そうだ。

 食い意地の張ったサギが餡ころ餅を増やそうとしないなど有り得ない。

「そう上手くは勝たんものぢゃ」

 サギの意志は固い。

「そうかえ?丁か半に賭けるだけだえ?どっちが出るか半々ぢゃないかえ?」

 お花は熱心に勧める。

 サギが餡ころ餅を賭けないなど盛り上がりに欠けるではないか。

「そうだよな。サイコロの目は一、三、五が半で、二、四、六が丁で半々だものな」

 草之介までが口を出す。

 お花も草之介も丁半の目が半々ならば出目も半々だと思っているらしい。

「うんにゃ。丁半博打で使うサイコロは二個ぢゃよ。二個のサイコロの出目を足した数ぢゃから、丁の数は十二組、半の数は九組ぢゃ」

 サギがサラッと言うと、

「???」

 桔梗屋の家族はみなチンプンカンプンという顔で首を捻った。

(――はっ、そうぢゃった。商家のくせに桔梗屋の家族はみな遣り繰り算段も出来なけりゃ、数を勘定するのも苦手なんぢゃっ)

 では、目にものを見せてやらねばなるまい。

 サギは盆の上からサイコロが山盛りに入ったざるを取るや、

「ええか?こう、こう、こうぢゃっ」

 チャチャチャーッ、

 目にも止まらぬ速さでサイコロを二列ずつ並べた。

「ほれ、丁と半の数はこのとおりぢゃ」

 


「ほおお~」

「サギ、すっごぉいっ」

「ホントに丁が十二組で半が九組だっ」

 桔梗屋の家族が額を突き合わせてサイコロを覗き込み歓声を上げた。

「サギどん、お前、今まで馬鹿のふりをして、実はやっぱり賢かったのかっ」

 草之介は驚きを隠せない。

(むん?わしゃ、いつでも賢いんぢゃが?馬鹿のふりをした覚えなど一度たりともないんぢゃが?)

 サギは釈然としない。

「それぢゃ、丁が半よりも三つも数が多いということは出る確率も丁のほうが高いということかな?」

「そうぢゃないかえ?三つも多いんだもの」

「わし、最初は丁に張るぞ」

「あたいも」

 草之介、お花、実之介、お枝も餡ころ餅を賭けた勝負に真剣そのものだ。

「ほほほ」

 お葉は勘定の苦手な子供等が頭を使っている様子に満足げである。


「さあ、張るのはサイコロを振ってツボを伏せた後だぜ」

 竜胆がお竜姐さんにツボ振りの合図をする。

「よござんすか?よござんすか?」

 お竜姐さんが片手にツボ、片手の指先にサイコロ二個を挟み、左右に流し目を決めた。

 シュタッと手を交差させてツボにサイコロ二個を投げ入れ、

「――勝負っ」

 カララン、

 タンッ!

 盆の上にツボが伏せられた。


「さあさ、張ったり、張ったりぃ」

 竜胆もメバルも男衆もみな声を合わせて「張ったり、張ったりぃ」を連呼する。

「丁に餡ころ餅三つだっ」

 草之介は丁に三つ。

「丁に二つ」

 お花は丁に二つ。

「ぢゃ、わたしも丁に、一つでええわな」

 お葉は丁に一つ。

「あっと、言い忘れた。張る金額は丁と半で同額ぢゃねえといけない決まりなんだ。だから、あとの三人で半に六つ張るんだぜ」

 竜胆が慌てて説明する。

「へえ?そいぢゃ、わし、半に二つにする。サギは餡ころ餅を賭けないんだから三つ張っとくれよ」

 実之介は半に二つ。

「うん~。まあええ。半に三つぢゃ」

 サギは半に三つ。

「あたい、チョーがええわな」

 お枝がぐずる。

「そいぢゃ、お枝坊様が丁に一つで、丁の若旦那とお花様が一つずつ減らしたっていいぜ?」

 竜胆が案を出す。

 このように中盆は張子をなだめすかして丁半のコマが等しくなるように調整をする。

 この時に暗算が遅くてモタモタしていると盆が暗いボンクラと呼ばれてしまう。

 今晩は張子が六人だけの盆なので楽チンだが、大亀屋で開かれる盆では張子が五十人からいる大一座なので中盆は暗算の素早さと弁舌の巧みさが必要不可欠なのだ。

 ちなみに大一座の盆では分かりやすく丁座と半座が向かい合わせで張子はいちいち自分が張るほうの席へ座るのである。

「いや、三つと言ったら三つだ。わしゃ、三つが好きなんだ」

 草之介は頑として譲らない。

 何故に三つが好きかといえば、蜂蜜の本名がおみつだからである。

「あたしだって変えないわな」

 お花はただ草之介に張り合って自分も変えるのはイヤなのだ。

「あたい、ハンでええわな」

 仕方なく五歳のお枝のほうが折れた。

「ハンにひとつ」

 お枝は半に一つ。


「へいっ、丁半、出揃いやしたっ」

 竜胆がお竜姐さんにツボを開く合図をする。

「丁か半かっ」

 お竜姐さんがおもむろにツボに手を置いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!

明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。 当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。 ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。 空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。 空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。 日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。 この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。 共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。 その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。

処理中です...