富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
306 / 326

竹馬の友

しおりを挟む
 

 その頃、

 桔梗屋はそわそわと浮かれ立っていた。

 先ほどサギも帰ってきたので、そろそろ盆を開こうというのだ。

 広間には盆と呼ばれる畳ほどの大きさの白布が敷かれて、ツボ振りのお竜姐さんを真ん中に白布の縦に沿って玄武一家の男衆がズラリと肩を並べて座っている。

「――」

 みな一様に目付きが鋭く、博徒らしく無表情である。


 その広間へと向かって手代の金太郎と銅三郎がいそいそと長い廊下を進んでいた。

「――おや?金太郎さん、銀次郎さんは?」

「ああ、銀次郎なら最後の火の用心の夜廻りは自分一人でも廻ってくると言って出掛けてしまったよ。わたし等だって噂に聞くほどの評判のお竜姐さんを見たくもないとは、まったく話せん奴だ」

「へええ、あんな美女を間近に拝めることなんぞ滅多にないというのに。きっと銀次郎さんみたいのがおったんちんと言われるんでしょうね」

 その時、

「これっ、銅三郎、お前は軽口が過ぎるぞ。おったんちんだのと小僧が意味も分からず面白がって真似するだろうがっ」

 しわぶき声に振り向くと熟練の菓子職人四人が怖い顔で睨んでいた。

「へいっ、以後、口をつつしみますっ」

 お調子者の銅三郎は口ばかりで反省の色もなくペコッと頭を下げる。

「親方、とっくにお宅へお帰りになってたんぢゃあ?」

 金太郎が訊ねる。

 熟練の菓子職人四人はカスティラが焼き上がると仕事が終わるので昼七つ(午後四時頃)には帰宅するのだ。

「ああ、ついさっき甘太が報せに来てくれたんで戻ってきたんだ」

「女賭博師のツボ振りを見られると聞いたもんでな」

「しかも、すこぶる付きの美女だと聞いたでな」

「楽しみだのう」 

 熟練の菓子職人はみな桔梗屋の目と鼻の先に所帯を持っている。

 わざわざ報せに行くとは見習いの甘太もなかなか爺さん連中の扱いを心得ているようだ。


 その頃、サギは桔梗屋の裏長屋の一軒一軒に土産みやげの餡ころ餅を配って、最後にお桐母子の新居となる一軒へ来ていた。

 戸口には真新しく『仕立物 お桐』と表札も掛かっている。

「お桐さん、近うなって良かったのう」

「ホントにみなさんのご親切のおかげで」

 お桐はせっせと千代紙を貼って破れたふすまを修繕していた。

 破れたまま放っておけない性分なのだ。

 娘のお栗も千代紙にのりを塗って甲斐甲斐しく手伝っている。

「ん?杉作はどこにおるんぢゃ?」

「お隣へ泊りに行っております。今夜は鋸一のこいち槌吉つちきち釘太くぎたとみんなで一緒に寝ようと誘われて」

 鋸一、槌吉、釘太の三人は兄弟ではなく、それぞれの父親が大工のせがれである。

「ほほう。杉作はあの三人とは同い年なんぢゃな」

 壁板一枚を隔てた隣から笑い声が聞こえてくる。

「うっまぁい」

「頬っぺたが落ちるぅ」

「落っこちたぁっ」

「うはははっ」

 寝しなに思いがけず届いた羽衣屋の餡ころ餅に大はしゃぎなのだ。

「賑やかぢゃのう」

 サギは杉作の屈託ない笑い声など初めて耳にした。

「ようやく杉作も幼馴染みと同じ手習い所にまた通い始めて、三年前のほがらかな杉作に戻ったようで」

 お桐は満足げな笑みを浮かべる。

 ずっと杉作は手習い所に通えない焦りで気が立っていて、田舎の農家の暮らしにも馴染めなかったが、三年ぶりに生まれ育った日本橋へ戻ってきて鬱屈から解き放たれたのだろう。

「弟の樺平かばへいも今月いっぱいで足の怪我の治療を終えて、おまけに玄武の博徒の娘さんと夫婦めおとになるんだそうで」

 お桐は桔梗屋へ戻るなり玄武一家が客として来ていて、女賭博師が奥様のお葉と親しげなことにすっかり安心していた。

「そりゃあ良かったのう。めでたし、めでたしぢゃなっ」

 来月からは弟の樺平の千住での治療と宿屋の費用が掛からなくなるのだから、お桐の仕立物の稼ぎだけで暮らしに不自由はしないはずだ。

 サギはもうこれでお桐母子の心配事はすべて解決したのだろうと思った。


「ああ、腹いっぱい」

「そいぢゃ、腹ごなしだっ」

「竹馬やろうっ」

「駆け比べだっ」

 隣の戸がガラッと開いて、わらし四人がバタバタと表へ飛び出してきた。

 夜四つ(午後十時頃)も近いというのに江戸の童は宵っ張りなのか。

 みな、元気いっぱいそれぞれの竹馬にまたがって駆け廻っている。

 ちなみに昔は竹馬といえば竹一本の前に手綱になる縄が結んであって、後ろに馬の尻尾に見立てた竹の葉っぱが垂れていて、跨って馬乗りごっこをするのが竹馬である。


「おっ、何ぢゃアレ?わしもやるっ」

 サギは本物の馬は乗りこなしても竹馬遊びなんぞやったことがないので、興味津々、すぐに表へ飛び出した。

 余っている竹馬を借りて跨ってピョンピョンと跳ね廻る。

 おや、月明かりの下、その影法師を見やれば、さながらほうきに跨って飛ぶウイッチ(魔女)のようではないか。


 しばし、駆け比べの先頭を切ってピョンピョンと飛び跳ねていたが、

「おおい、サギぃ?何してる。早く来い。盆が始まるぞっ」

 甘太が大声で呼んでいる。

「あっ、そうぢゃった。盆ぢゃ、盆ぢゃっ」

 サギは竹馬に跨ったまま竹垣をピョンと飛び越し、一目散に桔梗屋へ駆けていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

白薔薇黒薔薇

平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。

鷹の翼

那月
歴史・時代
時は江戸時代幕末。 新選組を目の敵にする、というほどでもないが日頃から敵対する1つの組織があった。 鷹の翼 これは、幕末を戦い抜いた新選組の史実とは全く関係ない鷹の翼との日々。 鷹の翼の日常。日課となっている嫌がらせ、思い出したかのようにやって来る不定期な新選組の奇襲、アホな理由で勃発する喧嘩騒動、町の騒ぎへの介入、それから恋愛事情。 そんな毎日を見届けた、とある少女のお話。 少女が鷹の翼の門扉を、めっちゃ叩いたその日から日常は一変。 新選組の屯所への侵入は失敗。鷹の翼に曲者疑惑。崩れる家族。鷹の翼崩壊の危機。そして―― 複雑な秘密を抱え隠す少女は、鷹の翼で何を見た? なお、本当に史実とは別次元の話なので容姿、性格、年齢、話の流れ等は完全オリジナルなのでそこはご了承ください。 よろしくお願いします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

処理中です...