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因縁の餡ころ餅
しおりを挟む一方、その頃、
サギはといえば、
「ギョチョモク、申すか、申すかぢゃっ」
芳町の蜜乃家でギョチョモクに興じていた。
「申す、申す」
富羅鳥藩御手廻弓之者三人は明るく声を揃える。
「幼き頃の若君様ともギョチョモクして遊んだものでござる」
「懐かしいのう」
「あの頃に帰ったようでござる」
長年、捜し求めていた若君とようやく再会を果たし、その生い立ちもつつがなく話し終えて、三人は満足の笑みである。
「児雷也、モクぢゃっ」
サギはピシッと児雷也を指し示す。
だが、
「――」
児雷也は御手廻弓之者三人から自分の数奇な生い立ちを聞かされて沈思黙考という体であった。
「もおう、なんぢゃあ、さっきから児雷也は上の空ぢゃな。富羅鳥の若君様と分かって目出度いんぢゃから、みんなで楽しく遊ぼうぞぉ」
サギは口を尖らせる。
ともかくサギは児雷也が見世物芸人だろうが大名の若君だろうが関係なく、ただ、ただ一緒にギョチョモクをして遊びたいだけなのだ。
「――ねえ?サギはさっきから何で他人事みたいな顔してるんだえ?あたしゃ、こないだサギに生い立ちを聞かせてやったはずだよ。サギが富羅鳥のお殿様の子だってさ」
熊蜂姐さんは渋い顔でコソッと小梅に囁いた。
「さあ?こないだサギはブランデー浸けのカスティラを食べて酔いがだいぶ廻ってたからね。忘れっちまったんぢゃないかえ?」
小梅はそう察する。
あの日、サギは酔っぱらって「当ててみなんせ~♪」と唄いながら竜胆の尻を火吹き竹で叩きまくり、逃げる小梅を追い廻したことも目を覚ましたらコロッと忘れていたのだ。
熊蜂姐さんから聞かされた話も翌朝にはコロッと忘れてしまったに違いない。
「まったくもう、でもまあ、ここでサギと児雷也が兄弟のご対面という雰囲気でもないし」
風情を重んじる熊蜂姐さんはサギと児雷也の兄弟のご対面こそは盛り上がらなくてはならないと思った。
自分と我蛇丸との祖母と孫のご対面はドタバタで台無しに終わってしまった無念を晴らすべく。
「ところで、御手廻弓之者のお三方はどこぞの宿にでも逗留しておるのか?どうせなら鬼武一座と共におってくれたら児雷也の警護もわし一人より心丈夫だが」
坊主頭がやおら三人に訊ねる。
反タヌキ派に狙われている児雷也なので坊主頭の他に御手廻弓之者三人が警護に付いていたら万全だ。
「それは願ってもないこと」
「元より我等は若君様のお守り役だったのだから」
「それこそ我等のお役目にござる」
三人は張り切って頷く。
「――やっつ、ここのつ、とおっ。児雷也、失格っ。罰に餡ころ餅を食べるんぢゃぞっ」
サギは蜜乃家に山積みにあった羽衣屋の餡ころ餅を児雷也の前へ差し出す。
実のところ、サギは鳥の名は幾らでも言えても魚と木の名には自信がないので自分が失格になった場合に備えての罰の餡ころ餅なのだ。
「おお、これは羽衣屋の餡ころ餅っ」
「亡き鷹也様も大好物でござった」
「富羅鳥藩の江戸屋敷を思い出すのう」
御手廻弓之者三人は餡ころ餅に感慨深げだ。
「――」
児雷也は上の空のまま、餡ころ餅をパクッと口に入れた。
「――ごほっ、げへっ」
とたんに噎せる。
「ああ、丸ごと口へ入れたら喉に詰まろう」
坊主頭が急いで湯呑みを渡すと児雷也はゴクンとお茶と餡ころ餅を飲み下してホッと吐息した。
どうも日頃の児雷也らしからぬ茫然自失といった様子。
「あ、そうぢゃ。上様はのう、富羅鳥のお殿様と大の仲良しぢゃったんぢゃ。たぬき会で児雷也に逢うたら上様はさぞかしお喜びになられるのう」
サギは亡き鷹也様と聞き、思い出して言った。
先月のお盆の頃、忍び歩きで錦庵に訪れた将軍様は鷹也の死を思い出し泣きし、サギも思わず貰い泣きしたのだ。
「――」
しばし、サギは神妙な顔付きになった。
(――っ)
御手廻弓之者三人はハッとしたように改めてサギの顔を見つめる。
いつでも騒がしく落ち着きのないサギは澄まし顔して黙っていないと器量良しの顔立ちには気付かれないのだ。
「あ、そうぢゃ。ええと、鶏七、鶉平、鵙吉も来月のたぬき会に来たらええんぢゃ」
サギはしんみりした気を払うようにぺチッと手を打ち、三人をたぬき会に誘った。
なにしろ田貫の若殿様と思しき美男侍から直々に「誰でも何人でも連れてきていい」とお許しを得ているのだから独断即決だ。
「おおっ」
「それは是が非でもっ」
「有り難いっ」
勿論、三人は断るはずもなく快諾する。
「さっ、そうと決まれば、ギョチョモクの続きぢゃ。――小梅ぇ、指す役を代わっとくれ。わしゃ、答えるほうがやりたいんぢゃっ」
サギは次の間にいる小梅を大声で呼ぶ。
「ああ、ああ、はいよ」
小梅はうざったそうに振り袖の袂を払ってサギの横へ座った。
「ギョチョモク、申すか、申すか」
「申す、申すぢゃっ」
「そいぢゃ、サギ、モクッ」
「ええと、柿ぢゃろ。栗ぢゃろ。ええと、あ、ニョキニョキ草ぢゃっ」
「そんな草、聞いたことないよ」
「ぢゃって、富羅鳥山にはあるんぢゃから」
「いや、駄目だね。失格っ」
「なんぢゃもう、失格ぢゃあ」
サギは待ってましたと罰の餡ころ餅をパクッと口に放り込んだ。
(――っ)
御手廻弓之者三人はサギが餡ころ餅を一口で頬張る様にハッとし、またサギの顔が気になるようにまじまじと見つめている。
「――」
児雷也はひたすら沈思黙考のままであった。
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