富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
298 / 325

因縁の餡ころ餅

しおりを挟む
 
  一方、その頃、

 サギはといえば、

「ギョチョモク、申すか、申すかぢゃっ」

 芳町の蜜乃家でギョチョモクにきょうじていた。

「申す、申す」

 富羅鳥藩御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人は明るく声を揃える。

「幼き頃の若君様ともギョチョモクして遊んだものでござる」

「懐かしいのう」

「あの頃に帰ったようでござる」

 長年、捜し求めていた若君とようやく再会を果たし、その生い立ちもつつがなく話し終えて、三人は満足の笑みである。

「児雷也、モクぢゃっ」

 サギはピシッと児雷也を指し示す。

 だが、

「――」

 児雷也は御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人から自分の数奇な生い立ちを聞かされて沈思黙考ちんしもっこうというていであった。

「もおう、なんぢゃあ、さっきから児雷也は上の空ぢゃな。富羅鳥の若君様と分かって目出度めでたいんぢゃから、みんなで楽しく遊ぼうぞぉ」

 サギは口を尖らせる。

 ともかくサギは児雷也が見世物芸人だろうが大名の若君だろうが関係なく、ただ、ただ一緒にギョチョモクをして遊びたいだけなのだ。



「――ねえ?サギはさっきから何で他人事みたいな顔してるんだえ?あたしゃ、こないだサギに生い立ちを聞かせてやったはずだよ。サギが富羅鳥のお殿様の子だってさ」

 熊蜂くまんばち姐さんは渋い顔でコソッと小梅に囁いた。

「さあ?こないだサギはブランデー浸けのカスティラを食べて酔いがだいぶ廻ってたからね。忘れっちまったんぢゃないかえ?」

 小梅はそう察する。

 あの日、サギは酔っぱらって「当ててみなんせ~♪」と唄いながら竜胆りんどうの尻を火吹き竹で叩きまくり、逃げる小梅を追い廻したことも目を覚ましたらコロッと忘れていたのだ。

 熊蜂姐さんから聞かされた話も翌朝にはコロッと忘れてしまったに違いない。

「まったくもう、でもまあ、ここでサギと児雷也が兄弟のご対面という雰囲気でもないし」

 風情ふぜいを重んじる熊蜂姐さんはサギと児雷也の兄弟のご対面こそは盛り上がらなくてはならないと思った。

 自分と我蛇丸との祖母と孫のご対面はドタバタで台無しに終わってしまった無念を晴らすべく。


「ところで、御手廻弓之者おてまわりゆみのもののお三方はどこぞの宿やどにでも逗留とうりゅうしておるのか?どうせなら鬼武一座と共におってくれたら児雷也の警護もわし一人より心丈夫だが」

 坊主頭がやおら三人に訊ねる。

 反タヌキ派に狙われている児雷也なので坊主頭の他に御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人が警護に付いていたら万全だ。

「それは願ってもないこと」

「元より我等は若君様のお守り役だったのだから」

「それこそ我等のお役目にござる」

 三人は張り切って頷く。

「――やっつ、ここのつ、とおっ。児雷也、失格っ。罰に餡ころ餅を食べるんぢゃぞっ」

 サギは蜜乃家に山積みにあった羽衣屋の餡ころ餅を児雷也の前へ差し出す。

 実のところ、サギは鳥の名は幾らでも言えても魚と木の名には自信がないので自分が失格になった場合に備えての罰の餡ころ餅なのだ。

「おお、これは羽衣屋の餡ころ餅っ」

「亡き鷹也たかなり様も大好物でござった」

「富羅鳥藩の江戸屋敷を思い出すのう」

 御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人は餡ころ餅に感慨深げだ。

「――」

 児雷也は上の空のまま、餡ころ餅をパクッと口に入れた。

「――ごほっ、げへっ」

 とたんにせる。

「ああ、丸ごと口へ入れたら喉に詰まろう」

 坊主頭が急いで湯呑みを渡すと児雷也はゴクンとお茶と餡ころ餅を飲み下してホッと吐息した。

 どうも日頃の児雷也らしからぬ茫然自失といった様子。


「あ、そうぢゃ。上様はのう、富羅鳥のお殿様と大の仲良しぢゃったんぢゃ。たぬき会で児雷也にうたら上様はさぞかしお喜びになられるのう」

 サギは亡き鷹也様と聞き、思い出して言った。

 先月のお盆の頃、忍び歩きで錦庵に訪れた将軍様は鷹也の死を思い出し泣きし、サギも思わず貰い泣きしたのだ。

「――」

 しばし、サギは神妙な顔付きになった。

(――っ)

 御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人はハッとしたように改めてサギの顔を見つめる。

 いつでも騒がしく落ち着きのないサギは澄まし顔して黙っていないと器量良しの顔立ちには気付かれないのだ。


「あ、そうぢゃ。ええと、鶏七けいしち鶉平うずらべい鵙吉もずきちも来月のたぬき会に来たらええんぢゃ」

 サギはしんみりした気を払うようにぺチッと手を打ち、三人をたぬき会に誘った。

 なにしろ田貫たぬきの若殿様とおぼしき美男侍から直々に「誰でも何人でも連れてきていい」とお許しを得ているのだから独断即決だ。

「おおっ」

「それは是が非でもっ」

「有り難いっ」

 勿論、三人は断るはずもなく快諾する。


「さっ、そうと決まれば、ギョチョモクの続きぢゃ。――小梅ぇ、す役を代わっとくれ。わしゃ、答えるほうがやりたいんぢゃっ」

 サギは次の間にいる小梅を大声で呼ぶ。

「ああ、ああ、はいよ」

 小梅はうざったそうに振り袖の袂を払ってサギの横へ座った。

「ギョチョモク、申すか、申すか」

「申す、申すぢゃっ」

「そいぢゃ、サギ、モクッ」

「ええと、柿ぢゃろ。栗ぢゃろ。ええと、あ、ニョキニョキ草ぢゃっ」

「そんな草、聞いたことないよ」

「ぢゃって、富羅鳥山にはあるんぢゃから」

「いや、駄目だね。失格っ」

「なんぢゃもう、失格ぢゃあ」

 サギは待ってましたと罰の餡ころ餅をパクッと口に放り込んだ。

(――っ)

 御手廻弓之者おてまわりゆみのもの三人はサギが餡ころ餅を一口で頬張るさまにハッとし、またサギの顔が気になるようにまじまじと見つめている。

「――」

 児雷也はひたすら沈思黙考のままであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...