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頭隠して尻隠さず
しおりを挟む塀の外を見下ろすと、路地に足音を忍ばせた人影がコソコソと入ってきた。
(――やっ?)
サギのすばしっこい目はその人影のほうへギョロリと向く。
(おる、おる。怪しい奴等とは、あの三人ぢゃな)
怪しい三人は大亀屋の塀に張り付いて亀甲の飾り格子から中を窺っていた。
ちょっと見には色町をぶらつく遊び人が高級な料理茶屋はどんなものかと興味津々に覗いているという体だ。
(坊主頭、おるぞ)
サギは松の木の上から手振りで坊主頭に怪しい三人のいる位置を伝える。
坊主頭はこっくりと頷いてみせるとササッと植え込みの後ろを屈み走りしてサギとは反対側の塀の角へと進んだ。
路地の左右から怪しい三人を挟み撃ちにしようというのだ。
やおらボソボソと声を潜めた三人の会話がサギの地獄耳に聞こえてきた。
「手筈はいいな?」
「ああ。ここで帰りの駕籠がやってくるのを待ち伏せ、やってきた駕籠かき二人に当て身を食らわして気絶させ、わし等二人が駕籠かきと入れ替わる」
「そして、曲がり角に潜んだわしが背後から木刀であの坊主頭をガッと殴り付けて気絶させる」
「抜かるな。あの坊主頭は手強いぞ」
「おう。渾身の力で殴り付ける」
「そのまま駕籠でエッサホイ、エッサホイと――」
どうやら駕籠かきに成りすまし、駕籠に乗せた児雷也を連れ去ろうという段取りのようだ。
木刀は持っていないが、どこかの曲がり角の隠してあるのだろうか。
(やっぱり、児雷也をかどわかすつもりぢゃな)
サギは憎々しげに三人の顔をまじまじと睨んだ。
垂れ目と出っ歯と団子っ鼻。
おや、どうも見覚えがある顔だが、
(――あ――っ)
たちまち思い出した。
雷がゴロゴロと鳴った日、錦庵のある浮世小路で児雷也の乗った駕籠を襲ったゴロツキ三人。
(アヤツ等ぢゃっ)
よくよく見れば、あの時、サギの投げた竹串で串刺しにされた団子っ鼻の小鼻や、我蛇丸の麺棒で打たれて鼻血ブーになった出っ歯の眉間に傷痕も残っている。
それに垂れ目の左の頬に引っ掛かれたように四本の筋になった傷跡もあるが、これはサギには覚えがない。
「――あっ」
ふいにゴロツキの団子っ鼻が松の木から顔を出しているサギに気付いて指を差した。
「あのチビ。わしに竹串を投げ付けた富羅鳥の忍びだっ」
ただのゴロツキと侮っていたら、こちらの素性まで知っているようだ。
気付かれたなら是非もない。
すでに坊主頭は塀の向こう側に出てきているので路地で三人に逃げられる隙はない。
「ていっ」
サギは松の木からピョンと塀を越えて三人の前の地べたへ飛び下りた。
「お前等、性懲りもなく児雷也をかどわかさんと企んでおるとは、いったい誰に頼まれたんぢゃっ?さては、反タヌキ派の手下ぢゃなっ?」
サギはチビながら仁王立ちで三人に詰め寄った。
すると、
何ということか、
「無礼な。言うに事欠いて我等をかどわかしだとっ?」
「まったくの逆だ。我等はかどわかされた若君をお救い申すのだっ」
「富羅鳥の忍びめ。またしても邪魔立てをするか。たとえチビの童といえど容赦はせぬぞっ」
三人はまるで自分等こそが正義で、富羅鳥の忍びであるサギのほうが悪者かのように威張りくさるではないか。
「――へっ?お前等、いったい何者なんぢゃ?」
サギは狐につままれたようにポカンと三人の顔を見比べた。
(かどわかされた若君?)
(お救い申す?)
(何を言うとるんぢゃ?)
さっぱり訳が分からない。
「どうやら、このチビは何も知らぬようだな」
「うむ」
「されば――」
三人はにわかにキリッと顔を引き締めると、
「我等は富羅鳥藩御手廻弓之者、矢野鶏七っ」
「同じく、弦田鶉平っ」
「同じく、正弓鵙吉だっ」
それぞれ堂々と名乗りを上げた。
名からして富羅鳥の者に違いない。
この三人、富羅鳥藩の御手廻弓之者だったのだ。
「――富羅鳥の藩士?ま、まさかぢゃあ。どこからどう見てもゴロツキにしか見えんぢゃろうがぁ」
サギはビックリ仰天とのけ反った。
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