293 / 312
頭隠して尻隠さず
しおりを挟む塀の外を見下ろすと、路地に足音を忍ばせた人影がコソコソと入ってきた。
(――やっ?)
サギのすばしっこい目はその人影のほうへギョロリと向く。
(おる、おる。怪しい奴等とは、あの三人ぢゃな)
怪しい三人は大亀屋の塀に張り付いて亀甲の飾り格子から中を窺っていた。
ちょっと見には色町をぶらつく遊び人が高級な料理茶屋はどんなものかと興味津々に覗いているという体だ。
(坊主頭、おるぞ、おるぞ)
サギは松の木の上から手振りで坊主頭に怪しい三人のいる位置を伝える。
坊主頭はこっくりと頷いてみせるとササッと植え込みの後ろを屈み走りしてサギとは反対側の塀の角へと進んだ。
路地の左右から怪しい三人を挟み撃ちにしようというのだ。
やおらボソボソと声を潜めた三人の会話がサギの地獄耳に聞こえてきた。
「手筈はいいな?」
「ああ。ここで帰りの駕籠がやってくるのを待ち伏せ、やってきた駕籠かき二人に当て身を食らわして気絶させ、わし等二人が駕籠かきと入れ替わる」
「そして、曲がり角に潜んだわしが背後から木刀であの坊主頭をガツンッと殴り付けて気絶させる」
「抜かるな。あの坊主頭は手強いぞ」
「おう。渾身の力で殴り付ける」
「そのまま駕籠でエッサホイ、エッサホイと――」
どうやら駕籠かきに成りすまし、駕籠に乗せた児雷也を連れ去ろうという段取りのようだ。
木刀は持っていないが、どこかの曲がり角の隠してあるのだろうか。
(やっぱり、児雷也をかどわかすつもりぢゃな)
サギは憎々しげに三人の顔をまじまじと睨んだ。
垂れ目と出っ歯と団子っ鼻。
おや、どうも見覚えのある顔だが、
(――あ――っ)
たちまち思い出した。
雷がゴロゴロと鳴った日、錦庵のある浮世小路で児雷也の乗った駕籠を襲ったゴロツキ三人。
(アヤツ等ぢゃっ)
よくよく見れば、あの時、サギの投げた竹串で串刺しにされた団子っ鼻の小鼻や、我蛇丸の麺棒で打たれて鼻血ブーになった出っ歯の眉間に傷痕も残っている。
それに垂れ目の左の頬に引っ掛かれたように四本の筋になった傷跡もあるが、これはサギには覚えがない。
「――あっ」
ふいにゴロツキの団子っ鼻が松の木から顔を出しているサギに気付いて指を差した。
「あのチビ。わしに竹串を投げ付けた富羅鳥の忍びだっ」
ただのゴロツキと侮っていたら、こちらの素性まで知っているようだ。
気付かれたなら是非もない。
すでに坊主頭は塀の向こう側へ出てきているので路地で三人に逃げられる隙はない。
「ていっ」
サギは松の木からピョンと塀を越えて三人の前の地べたへ飛び下りた。
「お前等、性懲りもなく児雷也をかどわかさんと企んでおるとは、いったい誰に頼まれたんぢゃっ?さては、反タヌキ派の手下ぢゃなっ?」
サギはチビながら仁王立ちで三人に詰め寄った。
すると、
何ということか、
「無礼な。言うに事欠いて我等をかどわかしだとっ?」
「まったくの逆だ。我等はかどわかされた若君をお救い申すのだっ」
「富羅鳥の忍びめ。またしても邪魔立てをするか。たとえチビの童といえど容赦はせぬぞっ」
三人はまるで自分等こそが正義で、富羅鳥の忍びであるサギのほうが悪者かのように威張りくさるではないか。
「――へっ?お前等、いったい何者なんぢゃ?」
サギは狐につままれたようにポカンと三人の顔を見比べた。
(かどわかされた若君?)
(お救い申す?)
(何を言うとるんぢゃ?)
さっぱり訳が分からない。
「どうやら、このチビは何も知らぬようだな」
「うむ」
「されば――」
三人はにわかにキリッと顔を引き締めると、
「我等は富羅鳥藩御手廻弓之者、矢野鶏七っ」
「同じく、弦田鶉平っ」
「同じく、正弓鵙吉だっ」
それぞれ堂々と名乗りを上げた。
名からして富羅鳥の者に違いない。
この三人、富羅鳥藩の御手廻弓之者だったのだ。
「――富羅鳥の藩士?ま、まさかぢゃあ。どこからどう見てもゴロツキにしか見えんぢゃろうがぁ」
サギはビックリ仰天とのけ反った。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
矛先を折る!【完結】
おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。
当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。
そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。
旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。
つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。
この小説は『カクヨム』にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる