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ギョチョモク
しおりを挟む(餡ころ餅っ)
(餡ころ餅っ)
(餡ころ餅っ)
(餡ころ餅っ)
(餡ころ餅っ)
(餡ころ餅っ)
サギはひとっ飛びごとに心の中で餡ころ餅を呼ぶように芳町の屋根屋根を渡っていった。
もう蜜乃家にほど近い料理茶屋の屋根の上だ。
(ここから地べたに下りようかの)
いくら無遠慮なサギでも人様の家を訪れるのにいきなり屋根から裏庭へ飛び下りていく法はない。
眼下を見やると色町だけに日暮れの芳町の通りは人の往来がひっきりなしだ。
人目に付かずに下りられる場所を探してキョロキョロすると、軒に連なった提灯の文字でここが『大亀屋』の屋根の上だということが分かった。
(あ、ここがお竜姐さんが女将をしとる料理茶屋なんぢゃ)
サギは屋根の傾斜をイモリのように這っていって大亀屋の中を覗いた。
(おほ~)
思わず感歎の吐息が漏れる。
金殿玉楼とはこのことか。
キンキラキンの金銀錦の襖、キンキラキンの金屏風。
調度品はすべてキンキラキンの金蒔絵の揃いだ。
眩しい。
目が眩むほど眩しい。
ここは竜宮城か。
まさに絵にも描けない美しさだ。
その時、
「ねえねえ?ギョチョモクしようよ?」
どこからか聞き覚えのある親しげな声がした。
(――や?ありゃ小梅の声ぢゃっ)
サギは庭の片隅の松の木の後ろへ飛び下りた。
(ギョチョモクって何ぞぢゃ?)
松の木の陰から首を伸ばして覗くと庭に面した広い座敷は障子戸が開け放たれて中の様子がよく見える。
芸妓衆に蜂蜜、松千代、小梅がいる。
その向かい側の客はといえば、
(――やややっ?)
サギはビックリと目を見開いた。
なんと、お座敷の客は誰あろう、児雷也ではないか。
児雷也の他には五十がらみの年齢の旦那衆が三人いるようだ。
ほどなくして、小梅の音頭で何やらお座敷遊びが始まった。
「ギョチョモク、申すか、申すか」
小梅が扇子を振りながら歌うように訊ねると、
「申す、申す」
座敷の一同がこう答えた。
「チョウ」
小梅は扇子の先で児雷也を指す。
「鷹、鶴、鳶、雁、鷺」
児雷也は澄まし顔でスラスラと答える。
「ギョ」
次に小梅は蜂蜜を指す。
「ええと、鯛、海老、鮭、ええと、あ、鰹、う~ん、目刺しっ」
「蜂蜜姐さん、失格っ」
次に隣の旦那を指す。
「モク」
「おっ、ええと、桜、梅、桃、う~ん、あ、松、松っ」
「まだ、あと一つ」
「うう~ん」
「近江屋の旦那、失格っ」
小梅はにんまり顔で蜂蜜と旦那の盃にドプドプと酒を注いだ。
どうやら失格した者は罰で酒を飲まされるらしい。
近江屋といえば鬼武一座の後援なので、児雷也は旦那に伴われて旦那衆の接待の席のようだ。
(ほほう、なるほどのう。ギョチョモクは魚、鳥、木のことなんぢゃな)
サギも一巡を眺めただけでどういう遊びか理解した。
指名された者は魚、鳥、木の名を五つずつ言っていくのだ。
小梅が答えを待つ間に扇子を左右に振って「ひい、ふう、みい」と数えていた様子を見ると十数えるうちに答えなければいけない決まりなのだろう。
(んく~)
(わしもギョチョモクに混ざりたいのう)
(鳥の名なら幾つでも幾つでも言えるんぢゃからの)
サギは羨ましげに行灯の明かりに浮かび上がるような座敷の様子を眺めた。
「松千代姐さん、ギョ。さっき蜂蜜姐さんが言った魚はなしだよ」
「ぎょっ、やだ、出ないっ。ああもう、ぎょっ、ぎょっ、ぎょっ」
剽軽者の松千代が大袈裟に焦ってみせて、酔いの廻った旦那衆が大笑いしている。
(楽しそうぢゃのう)
(わしぢゃって児雷也とギョチョモクして遊びたいんぢゃ)
(小梅ばっかりズルいぞっ)
我知らずサギはポタポタと涙と鼻水を垂らしていた。
「ぐすん、ぐすん」
「――お前、何を泣いとるのだ?」
「ぐ、すん?」
だしぬけに聞こえた低い声のほうへ振り向くと、松の木の脇の植え込みに坊主頭が見えた。
「お前は鬼武一座の坊主頭、いやさ、虹児ぢゃなっ」
サギも坊主頭に並んで植え込みに屈み込む。
「何でこんなとこに隠れておるんぢゃ?」
坊主頭は児雷也の付き添いで来たのだろうが高級な料理茶屋には客のお供の者が控えている部屋くらいはあるはずだ。
「ここへ駕籠で来る途中、怪しい奴等に後を尾行られたのだ」
「え?怪しい奴等ぢゃと?」
「ああ、児雷也はなにしろ今をときめく人気の花形芸人だから、ただの追っ掛けかも知れんが。念のためだ」
以前、猫魔の虎也から反タヌキ派がたぬき会の妨害のために児雷也をかどわかさんと企んでいることを聞かされて以来、一時も児雷也の身辺警護を怠らない坊主頭であった。
「よし。わしゃ、塀の外を見てみる」
サギは松の木の枝へヒュンと飛び上がった。
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