富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
290 / 312

餡ころ餅で尻を叩かれる

しおりを挟む
 

 その頃、

 桔梗屋の客間では、

「おや?あの銀のうつわは?」

 お竜姐さんがふと飾り棚にある銀細工のうつわに目を留めていた。

「ああ、これでござりますかえ?先日、ひょんなことから土蔵で見つけましてなあ、滅多にない妙工と思うて無聊ぶりょうの慰みに飾って眺めておったんですわなあ」

 お葉はいそいそと立つと、飾り棚から銀細工の器を取ってきて「どうぞ、お手に取ってごろうじませ」と自慢げにお竜姐さんへ差し出した。

 以前、草之介がコソ泥の真似をして土蔵から持ち出したくだんの舶来の銀製品だ。

「どこぞか西洋の器でしょうかえ?わしの父が生前に長崎から取り寄せておりましたが、わしはまるで詳しくないもので」

 お葉は知りもしないが、これはフランス製のボンボン入れである。

「ほう、これは見事な銀細工にござんすこと」

 お竜姐さんは目八分に銀細工の器を持ち上げ、透かし彫りの銀細工をつくづくと眺めて、ひっくり返して底にある刻印を確かめるや、否や、

「こ、これは――おいそれと口にするのもはばかれまするが、抜け荷(密貿易)で長崎へ入ってきた品ではあるまいかと――」

 やにわに切り口上でそう告げた。

「げっっ?」

 お葉は不意打ちを食らったように喉を詰まらせる。

 滅多にない見事な銀細工なので今度のたぬき会にも広間へ飾って来客にお披露目しようとさえ思っていたのだ。

 それが、よもや抜け荷(密貿易)の品だったとは。


 江戸幕府が貿易を許可しているのは蘭船と唐船だけである。

 だが、その他の国の船も漂流を装って日本へやってきては抜け荷(密貿易)を行っている。

 取り締まる役目の長崎奉行が抜け荷に加担していた不祥事も数年前にあったのだ。

「こんなものを持っていることがお上にでも知れたら問答無用でお縄になるところでござんすよ。まったく、桔梗屋さんの不用心なことといったら」

 お竜姐さんは暢気なお葉をたしなめると、やれやれと呆れたように首を振る。

 ご法度が生業なりわいである博徒のお竜姐さんには驚くほどのことでもないが。

「いや、だって、抜け荷の品だとは、つゆ知らず」

 お葉は今頃になって涙目でオロオロとした。

「たしか、抜け荷(密貿易)の罪は獄門(斬首のうえさらし首)ではなかったろうかえ?」

「いえ、それは昔のこと、今はおそらく入れ墨刑で済むかと」

「入れ墨っ?」

 お葉は我が身を抱いてブルッと震えた。

 朝な夕なウグイスのフンで磨き上げた玉の肌に入れ墨など。

 もし、あの時、草之介の馬鹿者がこの銀製品を盗んだまま同心に捕まっていたらと思うと背筋がゾッと寒くなった。

「え、ええ、恐ろしい。こんなもの、どこへどうしたら?――あ、いっそ床下に穴を掘って埋めてしまおうかえ?」

 お葉は(一刻も早く人目に触れないところへ隠さなくては)と狼狽うろたえつつ、座敷を行ったり来たりして銀細工の器を元の革張りの箱に収めると風呂敷にしっかと包んだ。

「まあ、もったいない。埋めるくらいなら玄武で頂戴してもようござんすが?まだ他にもありましたら戴いてまいりましょう」

 お竜姐さんは頼もしげに微笑む。

「え?ほんに、助かりますわなあ」

 お葉はホッと胸を撫で下ろし、他にも草之介が持ち出した銀のさじの革張りの箱を風呂敷に包んだ。

 それにしても、いったい桔梗屋の土蔵にはどのくらい抜け荷の品があるのだろう。

「では、確かに」

 お竜姐さんは行き掛けの駄賃とばかりに舶来の銀製品を手に入れてホクホクであった。


 一方、同じ頃、

「――んがっ?」

 裏庭ではサギが竜胆りんどうの鼻を摘まんでいた。

「サギ、何だって俺の鼻を摘まむんだよっ?」

「ぢゃって、わしゃ、夜目が利くからの、鼻を摘ままれたら分かるんぢゃ」

「あ、そうか。けど、俺だってお前の顔くらい見えてるぜ?」

「なんぢゃあ」

 まだ鼻を摘ままれても分からぬほどには日は暮れてないようだ。


「ところでよ、何だ?あれ?」

 竜胆は裏庭の隅に積まれた泥の山へ振り返った。

「ああ、ありゃ、お枝が泥んこ遊びでこしらえた泥饅頭どろまんじゅうぢゃよ」

 お枝の泥饅頭は大きさも丸さも綺麗に揃っていて、熟練の菓子職人が『お枝坊様の泥饅頭には菓子職人のわし等も敵わん』とおだてたので、ここ数日、張り切って丸めていたのだ。

 おかげで裏庭に泥饅頭の山を築いた。

「あ、そうそう、熊蜂くまんばち姐さんが羽衣屋の餡ころ餅が余って仕方ないからサギに早く食べにおいでってよ」

 竜胆は泥饅頭を見て思い出したように言った。

「へ?何でわしが羽衣屋の餡ころ餅が食べたいって知っとるんぢゃ?」

 サギはキョトンとする。

「何、すっとぼけたことを。お前に頼まれたんで小梅があちこちのお座敷で『羽衣屋の餡ころ餅が食べたい」と触れ廻って、そいで、贔屓の旦那衆から毎日のように羽衣屋の餡ころ餅が届くんぢゃねえか」

「あいや、そうぢゃったっ」

 サギはこれも自分で頼んでおいてコロッと忘れていた。

 そもそも富羅鳥ではサギが何をねだったところで聞いてくれたためしがないのだ。

(しみったれの根性悪の連中ぢゃからのっ)

 富羅鳥に比べれば玄武も猫魔もなんと律儀で親切で気前の良い人達であろう。

 ついさっきカスティラの耳のオヤツを食べたばかりだが、羽衣屋の餡ころ餅が待っていると聞けば、じっとしてはいられない。

「わしゃ、ちょっくら蜜乃家へ行ってくるっ」

「えっ?」

 竜胆がビックリ顔した時にはサギはもう地べたを蹴って屋根の上である。

 屋根伝いにピョンピョンと飛んでいけば本石町から芳町まではあっという間だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!

明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。 当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。 ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。 空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。 空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。 日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。 この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。 共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。 その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。

処理中です...