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ボンクラ
しおりを挟む「ちょいと、ちょいと、サギさん?」
「お桐さんの弟が療養って?」
「樺平のこったろ?」
「どこが悪いんだい?」
下女中はお桐の行き先に興味津々だったようで、さっそく屋根の上のサギに訊ねてきた。
「なんぢゃ。みんなお桐さんの弟を知っとるんぢゃな。春頃に足を大怪我したんぢゃと。千住で療養しとるんぢゃよ」
サギは屋根から逆さまに顔を出して答えてから雨樋でクルンと前廻りして縁側にヒラリと飛び下りた。
「へええ」
下女中はみな樺平の大怪我を気の毒がるでもなく、油虫のことでも聞くように眉をひそめる。
「樺平が大怪我だってさ」
「罰が当たったんだよ」
「ああ、あのろくでなしが」
「けど、樺平のせいでお桐さんがまた苦労してるかと思うと悔しいっちゃないね」
「ほんにさ。樺平なんぞを千住で療養させるために金が入り用だったんだね」
下女中の口振りだと樺平は大怪我をしても自業自得くらいに思われるような不出来な弟らしい。
「ふぅん?樺平というのは悪い奴なんぢゃな?」
サギは目をパチクリして下女中五人の顔を見渡す。
「そうともさっ」
下女中は揃って頷くと「そりゃもう悪いのなんのって――」と前のめりになって話し出した。
下女中の話によると、元々、お桐の実家は小作人を百人も抱えているような裕福な農家であった。
そのうえ、お桐が十五歳で大きな材木問屋の一番番頭に嫁いだおかげで実家の両親は左団扇という暮らしぶりだった。
ところが二歳下の弟の樺平は十五歳で元服すると悪い連中に誘われて賭場へ出入りするようになってしまったのだ。
「そいで丁半博打でボロ負けさ」
「どっおせ世間知らずの田舎のドラ息子だからさ、カモにされたに決まってるよ」
「博徒の玄武一家にしこたま借金をこさえちまってさ」
「お桐さんの実家は借金を返すために農地をほとんど手放しちまったんだよ」
「あんな樺平の足が何本折れようがうっちゃっておきゃいいのに、お桐さんもほとほと人が良いったら」
下女中はつくづく不運なお桐の境遇に溜め息した。
「……」
文次はこちらに背を向けて木箱の本を整理する素振りで聞き耳を立てている。
「ほおお、玄武一家に借金をのう――」
サギはそんなことでお桐が博徒の玄武一家と繋がりがあったとは意外であった。
(さては、樺平のボンクラは玄武一家にハメられたんぢゃな)
ボンクラというのは博打用語で「盆に暗い」という意味合いである。
賭場の真ん中に敷かれた白布を盆といって、賭博を行うことを「盆を開く」などと言う。
「むぅん」
サギはしかめっ面で唸った。
どうやら丁半博打というのはサイコロを振るほうは楽しいが、金を賭けるほうはボロ負けして人生をコロコロと転落してしまうような危うさを含んだ遊びのようだ。
だが、しかし、
サギは玄武一家の子分の竜胆にツボ振りを教わってからというもの丁半博打をしてみたくて仕方ないのだ。
凄腕の女賭博師、お竜姐さんは自由自在にサイコロの目を出せるというのだからグルにならぬと勝てはしないイカサマだとは分かっているが、
(わしゃ、ちょこっとくらい、う~ん、八文くらいなら損してもええから、丁か半かいっぺん賭けてみたいんぢゃ)
八文あれば粟餅が二個も食べられるのだからサギにしたら大奮発なのだが、八文で遊べる賭場など果たしてあるだろうか。
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