富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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虎の威を借る狐

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「けど、そしたら、たぬき会の計略は?」

 虎也は不安げに火消の六人の顔を見渡す。

「勿論、虎也に上様の暗殺なんざさせねえよ」

「当日までは仲間の振りをして俺等で新猫魔の計略をぶっ潰してやるんだ」

「実はもう新猫魔の計略は田貫様にバラしちまってるし」

 田貫兼次たぬき かねつぐがやけに間が良くたぬき会の場所を桔梗屋に変更したのはそういう訳だったのだ。

「あ、そう――」

 虎也はホッと胸を撫で下ろした。

 しかし、父、又吉はやる気満々なのだ。

 又吉を引き止めなくては将軍様暗殺計略の首謀者として又吉がお縄になり、打ち首獄門となってしまう。

「又吉おじさんはその反タヌキ派の武士に騙されてると思うんだ」

 竜胆が知った風な口を利く。

猿平ましらだいら様って上様の従兄弟が反タヌキ派の後ろ楯にいるって話、それ、たぶん、嘘っぱちだから」

 ふふんと得意げだ。

「ええ?」

 虎也は疑わしげに眉をひそめる。

「反タヌキ派の武士が後ろ楯にすごい権力者が控えてると又吉おじさんに思わせるために猿平ましらだいら様の名を利用したんぢゃないかってさ」

 竜胆は誰かにそう聞いたような口振りだ。

「ふうん、虎の威を借る狐ってヤツか。けど、竜胆、誰からそんなこと聞いたんだよ?」

 反タヌキ派の猿平ましらだいらが後ろ楯という話がデタラメかも知れぬとなるとますます父、又吉を止めねばなるまい。

「ああ、小梅の受け売りさ。小梅はお座敷でお偉方に顔が広いからさ」

 竜胆がそう答えた時、

「そっ、あたしが言ったのさ」

 まるで自分の名が出るのを見計らったかのように、小梅が長屋の裏庭から現れた。

「小梅っ」

 竜胆は「ヤバい」という顔をする。

「竜胆があたしの集めてきた猫を柳行李に入れて勝手に持ってったって聞いたから追っかけてきたのさ」

 小梅はトラ猫を竜胆から取り返しに来たのだ。

 どうせ女中のおピンか誰かが見ていて小梅に告げ口したのであろう。

「あんなにウジャウジャいるのに一匹くらいなんだよ」

 竜胆は「ちえっ」と舌打ちして柳行李ごとトラ猫を小梅に突き返した。

「おい、小梅。猿平ましらだいらが反タヌキ派の後ろ楯ってのが嘘ってのはホントか?」

 虎也は小梅に話の続きを促す。

「ホントか嘘かなんてあたしが知る訳ないぢゃないさ。けど、考えてもごらんよ。ター様はもう六十歳だよ。そのうちに跡継ぎの兼知かねとも様が若年寄の座に着いたらまつりごとからは身を引かれるおつもりなのさ」

 小梅はお座敷の調子で田貫兼次を気安げにター様などと呼び、縁側に腰を下ろして足組みをする。

「うん、うん」

 火消の六人は下僕のごとく崇拝の面持ちで、小梅の言葉に頷いている。

「そしたら、血筋の良さからいっても猿平ましらだいら様がター様に変わってご老中に着くのは当然だし、何も猿平ましらだいら様がわざわざ反タヌキ派と陰謀を企てる必要なんざないぢゃないか」

 小梅は至極もっともな意見を言った。

「なるほど。それもそうだ」

 虎也は納得した顔をする。

 又吉の話を聞いた時にもなるほどと思ったのだが、元々、関心がない幕府の内情に関する自分の考えなど持ち合わせてないのだ。

 だいたい又吉に聞くまで猿平ましらだいらが誰かも知らなかったのだから。

「どっおせター様をおとしいれたいのは反タヌキ派の武士のター様へのやっかみだろ?そんな奴等に手を貸すこたぁないって、あたしがみんなに言ってやったのさ」

 小梅は自分の言うことに素直に従った火消の六人にニッコリと悩殺の笑みを送った。

「はうぃ」

 火消の六人はたちまち骨抜きにされたようにグニャグニャになる。

 女に興味ない虎也にはとんと効き目がないが、小梅も猫魔の娘だけに男をたぶらかす能力はすでに備わっているのだ。

(それにしても、小梅まで俺より先に新猫魔のことを知っていたとは――)

 虎也は自分だけが爪弾つまはじきかと苦々しい顔をした。
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