266 / 312
似て非なるもの
しおりを挟む一方、その頃、
(はあぁ、どうしたらいいんだ――)
虎也は羽衣屋で父、又吉と別れると、重い足取りで長屋へ戻った。
すると、
「――あ、虎ちゃん、おかえりっ」
竜胆が勝手に虎也の長屋の一軒に上がり込んで待っていた。
虎也は稼ぎのある鳶なので長屋といえども三軒分を借りて壁をぶち抜いて三間続きにして使っている。
三間の座敷は居間と寝間と猫のとらじろうの部屋である。
日頃から竜胆は猫のとらじろうの部屋にしょっちゅう転がり込んでいた。
「なんだ。竜胆か」
虎也はフンと冷淡にそっぽを向いた。
自分に何の相談もなく新猫魔に入ったというのが気に食わない。
「なんだって何だよ?せっかく良いもん持ってきてやったんだぜ。――ほおら」
竜胆は勿体付けて柳行李の蓋を開けた。
「ニャア」
トラ猫が顔を出す。
「と、とらじろうっ」
虎也はとたんに嬉々としてトラ猫を柳行李から抱き上げたが、
「――ぢゃねえ」
別の猫と分かってガッカリとトラ猫を柳行李に戻した。
「なんだよ。同じトラ猫だろ?ほら、金目で、茶トラで、オスで、同じだろ?」
竜胆は錦庵で虎也の猫のとらじろうが反タヌキ派の武士に攫われたと聞いて自分の長屋から同じようなトラ猫を探して連れてきたのだ。
「同じぢゃねえ。とらじろうは尻尾がこんくらい短いんだよ」
虎也はトラ猫の尻尾の半分ほどを示す。
「分かった。こんくらいだな。ええと、何か切るもん?」
竜胆は長屋の台所をキョロキョロする。
「お、お前、まさか猫の尻尾をちょん切るつもりぢゃ――?」
虎也の顔からサーッと血の気が引いた。
「だって、虎ちゃん、短い尻尾がいいんだろ?」
「ばっきゃろっ」
虎也は怒鳴り付けて竜胆を突き飛ばす。
ドサッ。
竜胆は仰向けにひっくり返った。
「だから、お前みてえに猫思いの欠片もねえ奴ぁ信用出来ねえんだよ。失せろっ」
虎也は竜胆の両足首を掴んでズルズルと縁側へ引き摺っていく。
「――やっぱり、虎ちゃんは俺より猫のほうが大事なんだ」
竜胆はズルズルと引き摺られたままクスンと呟いた。
「な、なにを当たり前のことを――」
そもそも竜胆って俺の何のつもりなんだ?と虎也が不可解に思っていると、
「――あ、虎也、戻ってたのか」
「やっぱり、『ばっきゃろっ』は虎也の怒鳴り声だ」
「通りまで聞こえてきたぜえ」
「あれ、何で竜胆を引き摺ってんの?」
同じ長屋の火消の六人がわらわらと裏庭の裏木戸から帰ってきた。
二棟の八軒長屋が井戸端のある細長い裏庭を挟んで並んでいるが虎也を合わせて七人の火消だけで借りている長屋である。
「――なんだ。お前等、吉原へ行ったのにもう帰ってきたのかよ?」
虎也は決まり悪く竜胆の両足首からポイッと手を離放した。
まだ火消の六人が黒松にくっ付いて羽衣屋を出ていってから一時(約二時間)ちょっとしか経っていない。
「それが、黒松の奴、俺等に吉原の妓楼まで案内させただけで座敷へ上がったのはてめえ一人だけさ」
「わざわざ吉原くんだりまで付き合わされてよ」
「とんだ無駄足だったぜ」
火消の六人は吉原遊びが出来るものと期待させられただけに不満タラタラだ。
「それだから、お前等、あんな黒松の叔父貴の新猫魔なんざやめとけよ」
虎也は火消の六人に新猫魔など考え直せと説得するつもりである。
だが、
「ああ、そのことだけど、俺等、元々、熊蜂姐さんや玄武一家を裏切る気はさらさらねえから」
火消の六人はシレッとして答えた。
「――へ?どういうことだよ?」
虎也は肩透かしを食ったような顔になる。
「騙したようで悪りぃけど、新猫魔に入った振りをしただけだよ」
「江戸で暮らしてるのに田貫様や玄武一家を裏切ってどうすんだよ」
「猫魔の里を捨てて江戸へ出た俺等が黒松に取り入っても何も得ねえし」
「実のところ熊蜂姐さんの思惑どおりに猫魔は猫使いの我蛇丸を頭領にして虎也が若頭という布陣でいくのが一番と思ってる」
火消の六人は口々に言い放つ。
ついさっき黒松と又吉の前で見せた新猫魔への熱意にメラメラと燃えた言動はすべて芝居だったというのか。
さすがは忍びの者だ。
虎也はすっかり騙されてしまった。
「なんだよ。お前等、それぢゃ――」
みな猫魔の間者?
虎也はガックリと脱力した。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
矛先を折る!【完結】
おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。
当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。
そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。
旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。
つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。
この小説は『カクヨム』にも投稿しています。
上意討ち人十兵衛
工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、
道場四天王の一人に数えられ、
ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。
だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。
白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。
その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。
城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。
そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。
相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。
だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、
上意討ちには見届け人がついていた。
十兵衛は目付に呼び出され、
二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。
ワルシャワ蜂起に身を投じた唯一の日本人。わずかな記録しか残らず、彼の存在はほとんど知られてはいない。
上郷 葵
歴史・時代
ワルシャワ蜂起に参加した日本人がいたことをご存知だろうか。
これは、歴史に埋もれ、わずかな記録しか残っていない一人の日本人の話である。
1944年、ドイツ占領下のフランス、パリ。
平凡な一人の日本人青年が、戦争という大きな時代の波に呑み込まれていく。
彼はただ、この曇り空の時代が静かに終わることだけを待ち望むような男だった。
しかし、愛国心あふれる者たちとの交流を深めるうちに、自身の隠れていた部分に気づき始める。
斜に構えた皮肉屋でしかなかったはずの男が、スウェーデン、ポーランド、ソ連、シベリアでの流転や苦難の中でも祖国日本を目指し、長い旅を生き抜こうとする。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
鶴が舞う ―蒲生三代記―
藤瀬 慶久
歴史・時代
対い鶴はどのように乱世の空を舞ったのか
乱世と共に世に出で、乱世と共に消えていった蒲生一族
定秀、賢秀、氏郷の三代記
六角定頼、織田信長、豊臣秀吉
三人の天下人に仕えた蒲生家三代の歴史を描く正統派歴史小説(のつもりです)
注)転生はしません。歴史は変わりません。一部フィクションを交えますが、ほぼ史実通りに進みます
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』『ノベルアップ+』で掲載します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる