富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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世間知らずは高枕

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 再び、桔梗屋では、

「ああぁっ、サギ殿、サギ殿、こんなことをしている場合ではなかったのでござるぅぅぅ」

 お庭番の八木が唐突に何かを思い出し、ドブ板の穴に入り込んでいたサギをスッポンと上へ引っこ抜いていた。

「なんぢゃあ?わしゃ、他の抜け穴も探すんぢゃあ」

 サギはたっつけ袴の腰板を持ち上げられて亀の子のように手足をバタバタさせる。

「あいや、これから錦庵で大事なお方にサギ殿を逢わせる約束があったのでござるぅぅぅ」

 八木は今度はからくり屋敷に気を取られて、大事な約束を忘れるところであった。

「大事なお方って誰ぞぢゃ?――あっ、わしゃ、泥んこぢゃっ」

 サギは穴に潜って手足も顔も着物も土埃つちぼこりで汚れている。

 とても大事なお方に逢えるような格好ではないが、

「ああ、普段着のままで構わぬでござるぅぅ。改まると怪しまれまするゆえ、とにかく錦庵へぇぇ」

 八木はドブ板の隠し扉をしっかりと閉じるとサギを引っ張って錦庵へ急いだ。


 ほどなくして、

「毎度ぉぉ、小間物のご用はぁぁ?」

 二人はすでに店仕舞いしている錦庵へ行商人のていでやってきた。

 店にいたのは八歳ほどのわらしであった。

(――誰ぞぢゃ?)

 サギは見知らぬ童に首を傾げる。

「おおっ、そなたはサギであろう?いやはや、父上の描かれた似顔絵によう似ておる」 

 八歳ほどの童にしては大人びた話し方をする。

 長屋の子のような粗末な紺の色褪せた着物を着てはいるが、折り目正しい物腰は隠しようがなく武家の子だ。


「こちらにおわすは将軍様のご嫡子、家基いえもと様にあらせられる」

 我蛇丸がおごそかに童の正体を明かした。

 十代目の家治の嫡子である家基いえもと

「ほお、若様ぢゃったのでござりまするか」

 サギはだしぬけに若様にお目通りしたので変な言葉使いになってしまう。

「まあ、本来ならビックリ仰天というところなんぢゃが、実はこちらの家基いえもと様はすでにこの世にはいないはずのお方なんぢゃ」

 ハトがなにやら意味深なことを言った。

 それというのも世間では家基いえもとは半年前に急逝したことになっているのである。

「――へ?どういうことぢゃ?」

 世間知らずのサギは家基いえもとが急逝したことも知らなかったのでさっぱり訳が分からない。


 それは半年前、

 御年十八歳と若く文武両道で頑健そのものであった家基いえもとは鷹狩りから帰るなり倒れて、生死の境をさまよった。

 おそらく鷹狩りの帰りしな休憩した寺で飲んだお茶に毒が盛られたのであろう。

「なんと、若様にまで毒がっ?」

 サギは小納戸のお毒見係の三人が毒に当たったことしか聞いてないのでビックリした。

 瀕死の家基いえもとは駆け付けた老中の田貫兼次たぬき かねつぐが飲ませた薬によってケロリと回復したが、このように八歳ほどの姿になってしまった。

「ああっ、薬というのはホントは『金鳥』の金煙ぢゃったんぢゃなっ」

 一命を取り止めたものの金煙の量が多過ぎて八歳ほどに若返ってしまったので、やむにやまれず、家基いえもとが手厚い治療も虚しく逝去したことにした。

 鷹狩りにお供し、同じお茶の毒を飲んで小半時早く亡くなった若き家臣の亡骸を家基いえもとの替え玉にしたのである。

 将軍様は家基の突然の死に、しばらくは食事も喉を通らぬほど哀しみに暮れていたが、

「後に兼次かねつぐにわしからふみを言付けて父上にわしが実は生きておることを打ち明け、死去したことにしたほうが再び命を狙われる懸念もなく安心という兼次かねつぐの言葉に父上も納得されたのだ」

 将軍様には八歳ほどの姿になったことは隠したままで家基いえもとは田貫の屋敷に身を寄せていたのである。

 とにもかくにも田貫兼次は自分が『金鳥』の在処ありかを知っていることを将軍様にも隠して置きたかったようだ。


「それまでは兼次かねつぐにお互いのふみを託しておったのだが、お盆の頃より忍びの猫、にゃん影を使うて父上と文のやり取りをしておったのだ。あれは世にも稀なる賢き猫であるのう」

 家基いえもとはニッコリする。

 にゃん影がすっかりお気に入りのようだ。

(むぅん、にゃん影め、知らぬところで大活躍のようぢゃのう)

 サギは悔しい。

 お盆に錦庵へお出ましのお忍びの将軍様がにゃん影をたいそう喜んで連れていかれたのは若様と気軽に文のやり取りが出来るからだったのか。

此度こたびは年寄りの『銀鳥』が見つかったと我蛇丸からにゃん影の文で報せを受けて、一日も早く元の姿に戻りたいと錦庵へ飛んで参ったのだ」

 文武両道の家基いえもとは八歳ほどの姿では得意の乗馬も剣術の稽古もままならぬと辟易へきえきとしていたのだ。

「そうぢゃったのでござりまするか――」

 サギは変な言葉使いが直らない。

 そんな大事なことをにゃん影が知っていて自分だけ知らなかったとは唖然とするばかりであった。
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