258 / 312
青天の霹靂
しおりを挟む「まあっ?たぬき会をっ?」
「この桔梗屋でっ?」
お葉も草之介も思わずタコ踊りをするかというほど驚いた。
来月に神田橋の田貫兼次の屋敷で催されるたぬき会であるが、急遽、会場を変更するので是非とも桔梗屋の広間を借りたいという申し出であった。
「どうして田貫様の屋敷でやらんのぢゃ?」
サギが八木に訊ねる。
「実は、反タヌキ派を名乗る一派がたぬき会の妨害を企んでおるという情報を秘密裏に入手したのでござる」
さすがに幕臣の中での諜報活動ならお庭番の出番のようだ。
「たぬき会の妨害ぢゃと?」
サギは(妨害って何をする気ぢゃろ?)と首を傾げた。
たぬき会は芸術をこよなく愛する老中の田貫兼次と身分に関係なく親交のある武士や町人が各々の自信作を持ち寄って作品を評価し合う品評会だ。
余興には両国で人気の屁放男と、浅草奥山で人気の児雷也が呼ばれている。
サギもお花も楽しみでワクワクのたぬき会なのだから妨害などさせる訳にはいかない。
「本来ならば、田貫様の家臣の者がこちらへお願いに上がるのが筋であるところをそれでは妨害を企む一派に嗅ぎ付かれる恐れがあるゆえ、それがしが代わりに参ったという次第にござりまする」
先代の弁十郎が健在だった頃には田貫兼次は桔梗屋を頻繁に訪れていたので屋敷に大一座の集まれる広間があることも知っているのだ。
「まあ、でも、たぬき会の会場になど、うちの広間は中庭に面した三十畳がほんの四つばかりあるだけで、せいぜい百人ほどしかお客様をお招きすることは――」
お葉はおろおろと困り顔した。
広大な敷地の大名屋敷と比べたら桔梗屋などウサギ小屋に毛が生えたようなものと気が引けてしまう。
「あいや、それで充分にござりまする。どうかお引き受け願わしゅう存じまする」
八木はバッと頭を下げる。
ここのところ将軍様がたぬき会に出品するにゃん影の水墨画を熱心に描いている姿を見知っているだけに八木としてもたぬき会を滞りなく開催させたいのだ。
「勿論、これほど光栄極まるお話をお断りするなど滅相もないこと。謹んでお受け致しとう存じまする」
草之介はお葉の返事も待たずに快諾した。
「うわぃ、桔梗屋でたぬき会ぢゃあっ」
サギはピョンと跳ねて万歳する。
桔梗屋で催されるのならたぬき会へ参加する予定のなかった実之介やお枝や小僧等も一緒に余興を見られるかも知れない。
いや、きっと、ざっくばらんな田貫兼次ならばみなに見せてくれるであろう。
「うわぃ、うわぃ」
サギはピョンピョンと跳ね廻った。
「では、当日までに幾度か打ち合わせに参りますゆえ、くれぐれも他言無用に――」
「ははぁっ、重々、心得ましてござります」
草之介とお葉は土蔵の中で恭しく行商人の姿の八木を見送った。
「――ふむぅぅ?」
八木は帰りしな桔梗屋の屋敷をしげしげと見渡していた。
「何を見とるんぢゃ?」
サギは日本橋のたもとまで八木を送るつもりで後にくっ付いてきた。
「あいや、前々から気になっておったのでござるがぁぁ、この屋敷の構造はやけに入り組んでおるなとぉぉぉ」
しつこく繰り返すが、桔梗屋の屋敷はHの字の形に五つの棟の組み合わせになっている。
広間を挟んで中庭が二つ、路地に沿った裏庭はやたらに細長く奥行きがある。
江戸の町は大店でも通りに面した間口は十間以上は取れぬ決まりなので鰻の寝床のように敷地が細長いのだ。
「あっ、そうぢゃ。桔梗屋はからくり屋敷かも知れんのぢゃっ」
サギはハタと思い出し、盗人騒ぎの時に捕り物から逃げた草之介が外壁を通り抜けて中庭まで出たことを八木に話して聞かせた。
「からくり屋敷ぃぃ?」
八木は草之介が通り抜けたらしき外壁を端から端まで叩いてみた。
「ふむぅぅ?どこにも通り抜けられる仕掛けなどないようにござるがぁぁ」
サギは八木が外壁を確かめている背後で細長い路地を行ったり来たりしていた。
「――うん?」
ハッとして足元を見下ろす。
路地には一直線にドブ板が並んでいる。
「どうも、あっちとこっちで足音が違うとる気がするんぢゃが?」
サギは八木にも聞かせるようにドブ板の上を行ったり来たりした。
「ううむ、ここのドブ板。もしやぁぁ?」
八木は屈み込んでドブ板を持ち上げた。
「――ああっ?」
なんと、
開けたドブ板の下は八木でもすっぽりと入れるほどの深さの空洞になっていた。
サギは這いつくばって中を覗いてみる。
「あっ、この穴の先は屋敷の縁の下ぢゃ。分かったぞ。草之介は縁の下から中庭へ出たんぢゃっ」
そうすると路地に走り込んだ草之介はこのドブ板の穴に入って、捕り物の小物等は盗人を挟み撃ちにせんとして路地で鉢合わせという寸法か。
「ううむ、ドブ板に見せ掛けた隠し扉とはぁぁ」
八木はパカパカと開け閉めしてみる。
ドブ板の隠し扉は両開きになっている。
本物のドブ板はその隠し扉の箇所を避けてコの字になっていて土の下に覆い隠されていた。
「他にも抜け穴があるんぢゃろうか?」
サギは俄然、張り切った。
お葉か草之介に聞けば手っ取り早いと分かっているが自分で見つけたいのだ。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
矛先を折る!【完結】
おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。
当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。
そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。
旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。
つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。
この小説は『カクヨム』にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる