富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
253 / 312

猫にもなれば虎にもなる

しおりを挟む


「では、虎也との打ち合わせは義兄あにさんに任せたよ。わしは野暮用でなっ。おう、お前等も付き合えっ」

 黒松はお茶を飲み干すとスケベ笑いをしながら座敷を出ていった。

「へえ、そいぢゃ」

 火消の六人も黒松の後に続いて座敷をいそいそと出ていく。

「ふんっ、どっおせ吉原遊びへ行くのだろう。お供をぞろぞろと引き連れねば一人ではビビッて吉原にも行けぬ腰抜けの田舎者だ」

 又吉は黒松が座敷からいなくなるや、態度を豹変させた。

 又吉は猫魔の里の生まれではあるが野良仕事を嫌って十歳から江戸へ奉公に出ていたので江戸での暮らしのほうが長い。

「親父ぃ、こんな大仕事を請け負うなんてマジかよ?言っとくが俺は乗る気はねえぜ」

 虎也はしゃに構えて、片手を畳に突き、片膝を立てた体勢で餡ころ餅を口にポイッと放り込む。

 弱気で言っているとは思われたくないので偉そうな態度をしてみせているのだ。

「何を言うか。猫魔にとって千載一遇の好機なのだぞ。この機を逃して猫魔に逆転の機運は二度と訪れまい」

 又吉は将軍様の暗殺という無謀な企てが成功すると確信しているようだ。

「うん、美味いっ。やっぱり江戸はええど、ええどってか。うははっ」

 又吉はくだらぬ駄洒落で余裕を見せて、餡ころ餅を頬張っている。

(親父だって忍びの仕事なんざしたことねえのに、この自信はいったいどこから来るんだ?)

 虎也は我が父ながら理解し難い。

(たぬき会でお忍びの上様の暗殺だと?誰がるんだよ?まさか、俺にらせる気か?)

(よしんばれたとしても、その場で田貫の家臣にバッサリ斬られるか、お縄になって打ち首獄門に決まってるぢゃねえか)

(よくよく冷静に考えたら猫魔を盛り返すなら、お熊婆さんの思惑どおり我蛇丸を猫魔に引き入れて頭領に据えるのが一番なんぢゃねえか?)

(なにしろ猫魔は猫使いがいなけりゃ猫魔ぢゃねえ)

 虎也は餡ころ餅の竹串を咥えたまま悶々としていた。


 そもそも猫魔の一族は猫使いが忍びの猫を操る仕事で戦国の世から隆盛を保っていた。

 主な仕事は伝書猫の貸し出しという猫頼みの仕事である。

 天下泰平の世になっても伝書猫の需要は途切れることはなく猫魔には猫使いと忍びの猫さえいれば安泰であった。

 その他の忍びの者の仕事といえば忍びの猫ののみ取りか権力者に近付いてコソッと秘密裏に伝書猫の利用を勧めるだけだ。

 しかし、権力者に近付く仕事に一番適任なのは忍びの者ではなく江戸の日本橋で芸妓げいしゃに出ていた美人三姉妹のお虎とお三毛である。

 猫使いのお玉、姉のお虎、妹のお三毛、猫魔の美人三姉妹だけで猫魔の一族は事足りると言っても過言ではなかった。

 猫使いでもない男の忍びの者など役立たずの用無しなのだ。

 それで何も期待されぬ長男の黒松は適当に手抜きして育てられたためにそのとおりに愚か者に育った。

 黒松の下の弟四人は猫使いではないと判断の付く五歳頃にはみな養子に出された。

 熊蜂姐さんは欲張って五男四女と九人も子を儲けたのに猫使いはお玉だけであった。

 猫使いだった先代の頭領が亡くなってからはお玉だけが貴重な猫使いだったのだ。

 そのお玉の子である我蛇丸が猫使いと知れば猫魔に取り返したいと思うのは当然のことであろう。


「――さてと、そろそろ打ち合わせといくか。虎也、お前にたぬき会当日の手順を説明しておかねばな」

 又吉はお茶を飲み干し、懐から出した江戸の切り絵図(地図)を畳の上に広げた。

(あ、俺は乗る気はねえって言ったのに無視か?)

 虎也はどうでもよさそうな素振りで口に咥えた竹串をプラプラさせる。

 しかし、たぬき会で将軍様を暗殺する計略とやらが気になるので一応は耳を傾けておくことにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

倭国女王・日御子の波乱万丈の生涯

古代雅之
歴史・時代
 A.D.2世紀中頃、古代イト国女王にして、神の御技を持つ超絶的予知能力者がいた。 女王は、崩御・昇天する1ヶ月前に、【天壌無窮の神勅】を発令した。 つまり、『この豊葦原瑞穂国 (日本の古称)全土は本来、女王の子孫が治めるべき土地である。』との空前絶後の大号令である。  この女王〔2世紀の日輪の御子〕の子孫の中から、邦国史上、空前絶後の【女性英雄神】となる【日御子〔日輪の御子〕】が誕生した。  この作品は3世紀の【倭国女王・日御子】の波乱万丈の生涯の物語である。  ちなみに、【卑弥呼】【邪馬台国】は3世紀の【文字】を持つ超大国が、【文字】を持たない辺境の弱小蛮国を蔑んで、勝手に名付けた【蔑称文字】であるので、この作品では【日御子〔卑弥呼〕】【ヤマト〔邪馬台〕国】と記している。  言い換えれば、我ら日本民族の始祖であり、古代の女性英雄神【天照大御神】は、当時の中国から【卑弥呼】と蔑まされていたのである。 卑弥呼【蔑称固有名詞】ではなく、日御子【尊称複数普通名詞】である。  【古代史】は、その遺跡や遺物が未発見であるが故に、多種多様の【説】が百花繚乱の如く、乱舞している。それはそれで良いと思う。  【自説】に固執する余り、【他説】を批判するのは如何なものであろうか!?  この作品でも、多くの【自説】を網羅しているので、【フィクション小説】として、御笑読いただければ幸いである。

処理中です...