富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
252 / 312

匹夫の勇

しおりを挟む


「お、お前等、新猫魔に?気は確かか?」

 虎也は新手あらて悪戯わるふざけかと半笑いで火消の六人を見やった。

「俺等だって忍びの仕事がしてえんだよっ」

「ガキの頃から忍びの修行をして育ったんだっ」

「忍びの能力を無駄にして鳶と火消だけで終わりたくねえっ」

「忍びとしてデッケー仕事がしてえんだっ」

 火消の六人は真剣そのものだ。

 目の中にメラメラと炎が燃えている。

 いや、興奮して目が真っ赤に血走っているだけか。

「マ、マジかよ」

 虎也は何でみながそれほどまでに忍びの仕事に燃えたいのかよく分からない。

 江戸の三職の鳶は稼ぎもいいし、火消でチヤホヤもされて、モテモテの人気者だというのに何がいったい不満なのか。

 ちなみに真面目を略した『マジ』という言葉は江戸時代にはもう使われていた。


 ところで、この火消の六人は生まれも育ちも猫魔の里の忍びの者である。

 生まれも育ちも江戸の虎也は明和の大火で疎開した時に初めて両親の故郷くにの猫魔の地を踏み、二年ほどの月日を猫魔の里で過ごした。

 熊蜂姐さんは面の皮が厚いので、猫魔の里を捨てて江戸へ出たくせに大火で焼け出されると、ちゃっかり一行を引き連れて里帰りしてきたのだ。

 その頃、黒松は二十三歳で熊蜂姐さんは江戸から蜜乃家の美人芸妓を黒松の嫁にと連れてきたので、黒松はデレデレと鼻の下を伸ばし、疎開してきた一行を喜んで引き受けた。

 そうして、虎也は猫魔の里の忍びの子等である同じ年頃の六人と出逢った。

 猫魔の里の忍びはみな小作人として泥にまみれて汗水を流し働いても作物は地主である頭領の黒松に搾取され、その暮らしは貧しかった。

 虎也は江戸の復興で建築関係の職人を大量に募っていたのを機に「若けぇ者がこんな田舎でうずもれることはねえ」と六人を半ば強引に連れ出して江戸へ戻って鳶になったのだ。

 身軽な忍びの者に鳶はうってつけの仕事で、すぐに若さと器量を見込まれて火消のい組に誘われ、火消としても活躍し、順風満帆であった。

 六人は虎也がいなければ猫魔の里の貧しい小作人で一生を終えていたはずなのだ。

 しかし、豊かな江戸の暮らしと、貧しい猫魔の里の暮らしの両方を知るだけに六人は故郷くにを盛り返したい気持ちがよりいっそう強いのかも知れない。


「まあまあ、お前等も餡ころ餅を食わんか」

 黒松が餡ころ餅をモグモグしながら、火消の六人に餡ころ餅の皿を差し出す。

「虎也はまだ新猫魔の担う仕事がどれほどの大仕事か聞いとらんのだから、話を聞けば喜び勇んで新猫魔に加わると言うだろう」

 又吉は虎也の加入に自信たっぷりだ。

「大仕事?来月のたぬき会を妨害するだけの仕事ぢゃねえのか?」

 虎也は怪しむように黒松と又吉を見返す。

 すると、

「……」

 黒松はやにわにブルブルと震え出した。

「ふふふ、大きな声では言えんがな、実はたぬき会にはお忍びで上様が参加するというのだ」

 又吉がコソッと声を潜める。

「――上様が?」

 虎也は(まさか?)と思わず拳に力を込めた。

「我々の大仕事とは、いいか?ようく聞けっ。た、た、たぬき会で上しゃま、上様の、あ、あんしゃしゅ、あ、あん、暗殺っだっ」

 黒松は小心者丸出しで舌も廻らぬほど上擦っている。

 ついでながら、黒松の嫁になったはずの美人芸妓は江戸が復興して熊蜂姐さん一行が猫魔の里を引き上げる時に黒松にサッサと後足あとあしで砂を掛けるように江戸へ戻ってしまった。

 熊蜂姐さんはとことん腹黒いので最初から美人芸妓の色仕掛けで黒松を騙すつもりだったに違いない。

 この愚鈍な黒松が率先して新猫魔を立ち上げる気になったとは考え難いので、おそらく黒松を焚き付けているのは又吉であろう。

 又吉は先代の頭領の長女であるお虎を射止めただけあって男っぷりが良く、武術に優れて、度胸も野心もあり、頭もキレるほうだ。

「黒松は指揮官、わしは参謀として指示を出す。現場で若い衆を仕切るのは、虎也、お前だっ」

 又吉がピシッと虎也を指差す。

「えええ?」

 虎也は眉を八の字にして困り顔した。

「虎也、お前が仕切ってくれなきゃこの仕事は無理だっ」

「新猫魔の若頭もお前しかいねえっ」

「お前が頼りなんだよっ」

「虎也っ」

 火消の六人はずいずいと虎也に押し迫る。

「い、いや、それは――」

 虎也はたじたじと後退あとずさりする。


 いくら頼りにされても虎也はそれほどのうつわではない。

 身体能力は優れているものの頭は決してキレるほうではない。

 はっきり言って間抜けなのだ。

(――上様を暗殺――?)

 あまりに大それた向こう見ずにもほどがある新猫魔の初仕事に虎也は顔色がんしょくを失った。

 やはり、新猫魔には関わりたくない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

B29を撃墜する方法。

ゆみすけ
歴史・時代
 いかに、空の要塞を撃ち落とすか、これは、帝都防空隊の血と汗の物語である。

処理中です...