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匹夫の勇
しおりを挟む「お、お前等、新猫魔に?気は確かか?」
虎也は新手の悪戯けかと半笑いで火消の六人を見やった。
「俺等だって忍びの仕事がしてえんだよっ」
「ガキの頃から忍びの修行をして育ったんだっ」
「忍びの能力を無駄にして鳶と火消だけで終わりたくねえっ」
「忍びとしてデッケー仕事がしてえんだっ」
火消の六人は真剣そのものだ。
目の中にメラメラと炎が燃えている。
いや、興奮して目が真っ赤に血走っているだけか。
「マ、マジかよ」
虎也は何でみながそれほどまでに忍びの仕事に燃えたいのかよく分からない。
江戸の三職の鳶は稼ぎもいいし、火消でチヤホヤもされて、モテモテの人気者だというのに何がいったい不満なのか。
ちなみに真面目を略した『マジ』という言葉は江戸時代にはもう使われていた。
ところで、この火消の六人は生まれも育ちも猫魔の里の忍びの者である。
生まれも育ちも江戸の虎也は明和の大火で疎開した時に初めて両親の故郷の猫魔の地を踏み、二年ほどの月日を猫魔の里で過ごした。
熊蜂姐さんは面の皮が厚いので、猫魔の里を捨てて江戸へ出たくせに大火で焼け出されると、ちゃっかり一行を引き連れて里帰りしてきたのだ。
その頃、黒松は二十三歳で熊蜂姐さんは江戸から蜜乃家の美人芸妓を黒松の嫁にと連れてきたので、黒松はデレデレと鼻の下を伸ばし、疎開してきた一行を喜んで引き受けた。
そうして、虎也は猫魔の里の忍びの子等である同じ年頃の六人と出逢った。
猫魔の里の忍びはみな小作人として泥にまみれて汗水を流し働いても作物は地主である頭領の黒松に搾取され、その暮らしは貧しかった。
虎也は江戸の復興で建築関係の職人を大量に募っていたのを機に「若けぇ者がこんな田舎で埋もれることはねえ」と六人を半ば強引に連れ出して江戸へ戻って鳶になったのだ。
身軽な忍びの者に鳶はうってつけの仕事で、すぐに若さと器量を見込まれて火消のい組に誘われ、火消としても活躍し、順風満帆であった。
六人は虎也がいなければ猫魔の里の貧しい小作人で一生を終えていたはずなのだ。
しかし、豊かな江戸の暮らしと、貧しい猫魔の里の暮らしの両方を知るだけに六人は故郷を盛り返したい気持ちがよりいっそう強いのかも知れない。
「まあまあ、お前等も餡ころ餅を食わんか」
黒松が餡ころ餅をモグモグしながら、火消の六人に餡ころ餅の皿を差し出す。
「虎也はまだ新猫魔の担う仕事がどれほどの大仕事か聞いとらんのだから、話を聞けば喜び勇んで新猫魔に加わると言うだろう」
又吉は虎也の加入に自信たっぷりだ。
「大仕事?来月のたぬき会を妨害するだけの仕事ぢゃねえのか?」
虎也は怪しむように黒松と又吉を見返す。
すると、
「……」
黒松はやにわにブルブルと震え出した。
「ふふふ、大きな声では言えんがな、実はたぬき会にはお忍びで上様が参加するというのだ」
又吉がコソッと声を潜める。
「――上様が?」
虎也は(まさか?)と思わず拳に力を込めた。
「我々の大仕事とは、いいか?ようく聞けっ。た、た、たぬき会で上しゃま、上様の、あ、あんしゃしゅ、あ、あん、暗殺っだっ」
黒松は小心者丸出しで舌も廻らぬほど上擦っている。
ついでながら、黒松の嫁になったはずの美人芸妓は江戸が復興して熊蜂姐さん一行が猫魔の里を引き上げる時に黒松にサッサと後足で砂を掛けるように江戸へ戻ってしまった。
熊蜂姐さんはとことん腹黒いので最初から美人芸妓の色仕掛けで黒松を騙すつもりだったに違いない。
この愚鈍な黒松が率先して新猫魔を立ち上げる気になったとは考え難いので、おそらく黒松を焚き付けているのは又吉であろう。
又吉は先代の頭領の長女であるお虎を射止めただけあって男っぷりが良く、武術に優れて、度胸も野心もあり、頭もキレるほうだ。
「黒松は指揮官、わしは参謀として指示を出す。現場で若い衆を仕切るのは、虎也、お前だっ」
又吉がピシッと虎也を指差す。
「えええ?」
虎也は眉を八の字にして困り顔した。
「虎也、お前が仕切ってくれなきゃこの仕事は無理だっ」
「新猫魔の若頭もお前しかいねえっ」
「お前が頼りなんだよっ」
「虎也っ」
火消の六人はずいずいと虎也に押し迫る。
「い、いや、それは――」
虎也はたじたじと後退りする。
いくら頼りにされても虎也はそれほどの器ではない。
身体能力は優れているものの頭は決してキレるほうではない。
はっきり言って間抜けなのだ。
(――上様を暗殺――?)
あまりに大それた向こう見ずにもほどがある新猫魔の初仕事に虎也は顔色を失った。
やはり、新猫魔には関わりたくない。
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