富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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造反の狼煙を上げる

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 あくる日。

(やれやれ、やっと明日から鳶の仕事に戻れるぜ)

 虎也が目を診てもらった医者からの帰りしな行き交う人で溢れる日本橋を渡っていると、

(……?)

 背後から何者かがスッと肩先に寄ってきた。

「――虎也よ。羽衣屋の座敷で待っておるぞ」

 追い越し様に耳元でコソッと囁かれる。

 聞き覚えのあるしゃがれた声。

 横切っていく後ろ姿を見ると派手な黄と紫の横縞の陣羽織を着た行商のお面売りの姿。

(――あ、あの反タヌキ派の武士か)

 虎也は(まだ心の準備が――)などとうぶな乙女のように怖じ気づく。

 しかし、行かねばなるまい。


「こちらでお待ちにござります」

 虎也が羽衣屋の暖簾をくぐると女中に奥の座敷へと案内された。

 座敷にはキツネのお面を着けた男が床の間を背にして、どっかりと胡座あぐらを掻いている。

(人を呼び付けておいて自分が上座か)

 虎也は不承不承に男の向かい側に座った。

「今日はくだんの依頼の打ち合わせのために来てもらったのだ」

 男はお面を鼻まで持ち上げて、餡ころ餅をパクッと口に放り込む。

(――え?これから打ち合わせ?)

 やはり、虎也は一人で先走って児雷也をさらおうとしてしまったのだ。

「無論のこと、おぬし一人の手に負える仕事ではない。この仕事にはおぬしの他にも猫魔の忍びが加わっておる」

 男はにんまりとする。

「猫魔の忍びが?まさか、お熊婆さんが承知するはずがねえ」

 熊蜂姐さんが反タヌキ派の仕事など受けるはずがない。

「おや?猫魔の忍びが動くにはお熊とやらの指示がいるのかえ?」

 男は虎也の背後に向かって訊ねる。

「……?」

 虎也は後ろを振り返った。


「いいや。猫魔の頭領はこのわしだっ」

 タンッ。

 背後の襖が開き、黒装束の三十男が現れた。

「――く、黒松くろまつの叔父貴っ?」

 熊蜂姐さんの長男で猫魔の頭領の黒松だ。

 猫魔の三姉妹のすぐ下の弟にあたる。

 しかし、頭領といっても名ばかりで、猫魔の実権を握っているのは母の熊蜂姐さんである。

「虎也、久し振りだのう」

 さらに黒松の背後から四十男が現れた。

「お、親父までっ?」

 虎也の父、又吉またきちだ。

「ふほほ、家族の団欒の邪魔はすまいぞえ。虎也よ。しっかと二人から話を聞くがよい」

 キツネのお面の男はさっさと席を立って座敷を出ていった。


「いったいどういうことだ?二人して何を企んでるんだ?」

 黒松は猫魔の里にいるはずで、江戸へ来ているとは何も聞いていない。

「いいか。虎也、ようく聞け。我々はお袋とたもとを分かつっ」

 黒松は気合いを込めて宣言した。

「――ええっ?」

 虎也はのけぞった。

 能無し、根性無し、意気地無しと三拍子揃った無い無い尽くしの叔父、黒松がいったいどういう風の吹き廻しか。

「お前も知っておるだろうが、お袋は亡きお玉姉さんの子だという我蛇丸とやらを猫魔に引き入れて頭領の座に据えるつもりだ。頭領のこのわしを差し置いてっ、ふざけやがってっ、そんなこと認められるかっ」

 黒松はみるみる逆上する。

 三十歳にもなってだだっ子のように臆面もなく癇癪かんしゃくを起こすから頭領として威厳もなく下の者にもあなどられるのだ。

「けどよ、我蛇丸は猫使いなんだぜ。我蛇丸が猫使いである以上、猫使いが頭領になるのは猫魔のおきてだろ?」

「いいや。その掟はお袋が率いる旧猫魔の一族の掟。我々は新猫魔の一族だっ」

 黒松は得意げに言い放った。

「――新猫魔の一族っ?」

 虎也は(何だそりゃ)という顔になる。

 どうやら熊蜂姐さんに頭の上がらぬ黒松と、お虎に頭の上がらぬ又吉が徒党を組んで、いつの間にやら新しい猫魔の一族を発足したらしい。

「お、俺にその新猫魔とやらに加われというのか?」

 虎也は心底イヤそうに黒松と又吉を交互に見やった。

「そのとおりっ。お前だって、お袋、いや、お熊ババアには不満タラタラだったはずだっ」

「そうだ。お義母さん、いや、お熊ババアをギャフンと言わせたくはないのかっ?」

 黒松も又吉もやにわに熊蜂姐さんをお熊ババア呼ばわりして気炎を吐く。

「そ、それはそうだが――」

 そう言われてみれば虎也も熊蜂姐さんが猫魔の若頭の自分を差し置いて我蛇丸を頭領に望んでいることを知り、悔しくて荒れていたのだ。

 叔父、黒松の憤懣はまったく我が身ではないか。

「ふふん、何を隠そう、すでに猫魔の里におる忍びはすべて新猫魔なのだ」

 黒松は鼻の穴を膨らませる。

 衰退した猫魔の里を捨てて娘のお虎とお三毛が芸妓げいしゃをしている江戸へお気に入りの側近だけを連れて出ていった熊蜂姐さんが年齢を二十歳も誤魔化して芸妓になり、その美貌で玄武の親分をたらしこみ、贅沢三昧に暮らしていることで猫魔の里には熊蜂姐さんに反感を持つ者しかいなかった。

 猫魔は衰退してから忍びの仕事もないので猫魔の里の忍びの者はかつては忍びだったというだけの農民に過ぎぬのだ。

「俺は生まれも育ちも江戸だけど、お熊婆さんの世話にゃなりたかねえから玄武とは関係のねえとびになったんだ。猫魔とも新猫魔とも関わりたくねえなっ」

 虎也がそう突き放すと、

 そこへ、

「ちょいと待てよっ」 

「話が違うぜっ」

「俺等だって新猫魔に入ったんだぜっ」

「新猫魔にゃ虎也がいるって聞いたから入ったのによっ」

 血気盛んな若衆六人がわらわらと座敷へ入ってきた。

 以前、虎也に餡ころ餅のヤケ食いに付き合わされていた火消のい組の連中だ。

 実はこの六人も猫魔の忍びの者。

 そう、忍びを一人、見掛けたら、その陰には百人の忍びが隠れているのである。
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