251 / 325
造反の狼煙を上げる
しおりを挟むあくる日。
(やれやれ、やっと明日から鳶の仕事に戻れるぜ)
虎也が目を診てもらった医者からの帰りしな行き交う人で溢れる日本橋を渡っていると、
(……?)
背後から何者かがスッと肩先に寄ってきた。
「――虎也よ。羽衣屋の座敷で待っておるぞ」
追い越し様に耳元でコソッと囁かれる。
聞き覚えのある嗄れた声。
横切っていく後ろ姿を見ると派手な黄と紫の横縞の陣羽織を着た行商のお面売りの姿。
(――あ、あの反タヌキ派の武士か)
虎也は(まだ心の準備が――)などと初な乙女のように怖じ気づく。
しかし、行かねばなるまい。
「こちらでお待ちにござります」
虎也が羽衣屋の暖簾をくぐると女中に奥の座敷へと案内された。
座敷にはキツネのお面を着けた男が床の間を背にして、どっかりと胡座を掻いている。
(人を呼び付けておいて自分が上座か)
虎也は不承不承に男の向かい側に座った。
「今日は件の依頼の打ち合わせのために来てもらったのだ」
男はお面を鼻まで持ち上げて、餡ころ餅をパクッと口に放り込む。
(――え?これから打ち合わせ?)
やはり、虎也は一人で先走って児雷也を攫おうとしてしまったのだ。
「無論のこと、おぬし一人の手に負える仕事ではない。この仕事にはおぬしの他にも猫魔の忍びが加わっておる」
男はにんまりとする。
「猫魔の忍びが?まさか、お熊婆さんが承知するはずがねえ」
熊蜂姐さんが反タヌキ派の仕事など受けるはずがない。
「おや?猫魔の忍びが動くにはお熊とやらの指示がいるのかえ?」
男は虎也の背後に向かって訊ねる。
「……?」
虎也は後ろを振り返った。
「いいや。猫魔の頭領はこのわしだっ」
タンッ。
背後の襖が開き、黒装束の三十男が現れた。
「――く、黒松の叔父貴っ?」
熊蜂姐さんの長男で猫魔の頭領の黒松だ。
猫魔の三姉妹のすぐ下の弟にあたる。
しかし、頭領といっても名ばかりで、猫魔の実権を握っているのは母の熊蜂姐さんである。
「虎也、久し振りだのう」
さらに黒松の背後から四十男が現れた。
「お、親父までっ?」
虎也の父、又吉だ。
「ふほほ、家族の団欒の邪魔はすまいぞえ。虎也よ。しっかと二人から話を聞くがよい」
キツネのお面の男はさっさと席を立って座敷を出ていった。
「いったいどういうことだ?二人して何を企んでるんだ?」
黒松は猫魔の里にいるはずで、江戸へ来ているとは何も聞いていない。
「いいか。虎也、ようく聞け。我々はお袋と袂を分かつっ」
黒松は気合いを込めて宣言した。
「――ええっ?」
虎也はのけぞった。
能無し、根性無し、意気地無しと三拍子揃った無い無い尽くしの叔父、黒松がいったいどういう風の吹き廻しか。
「お前も知っておるだろうが、お袋は亡きお玉姉さんの子だという我蛇丸とやらを猫魔に引き入れて頭領の座に据えるつもりだ。頭領のこのわしを差し置いてっ、ふざけやがってっ、そんなこと認められるかっ」
黒松はみるみる逆上する。
三十歳にもなってだだっ子のように臆面もなく癇癪を起こすから頭領として威厳もなく下の者にも侮られるのだ。
「けどよ、我蛇丸は猫使いなんだぜ。我蛇丸が猫使いである以上、猫使いが頭領になるのは猫魔の掟だろ?」
「いいや。その掟はお袋が率いる旧猫魔の一族の掟。我々は新猫魔の一族だっ」
黒松は得意げに言い放った。
「――新猫魔の一族っ?」
虎也は(何だそりゃ)という顔になる。
どうやら熊蜂姐さんに頭の上がらぬ黒松と、お虎に頭の上がらぬ又吉が徒党を組んで、いつの間にやら新しい猫魔の一族を発足したらしい。
「お、俺にその新猫魔とやらに加われというのか?」
虎也は心底イヤそうに黒松と又吉を交互に見やった。
「そのとおりっ。お前だって、お袋、いや、お熊ババアには不満タラタラだったはずだっ」
「そうだ。お義母さん、いや、お熊ババアをギャフンと言わせたくはないのかっ?」
黒松も又吉もやにわに熊蜂姐さんをお熊ババア呼ばわりして気炎を吐く。
「そ、それはそうだが――」
そう言われてみれば虎也も熊蜂姐さんが猫魔の若頭の自分を差し置いて我蛇丸を頭領に望んでいることを知り、悔しくて荒れていたのだ。
叔父、黒松の憤懣はまったく我が身ではないか。
「ふふん、何を隠そう、すでに猫魔の里におる忍びはすべて新猫魔なのだ」
黒松は鼻の穴を膨らませる。
衰退した猫魔の里を捨てて娘のお虎とお三毛が芸妓をしている江戸へお気に入りの側近だけを連れて出ていった熊蜂姐さんが年齢を二十歳も誤魔化して芸妓になり、その美貌で玄武の親分をたらしこみ、贅沢三昧に暮らしていることで猫魔の里には熊蜂姐さんに反感を持つ者しかいなかった。
猫魔は衰退してから忍びの仕事もないので猫魔の里の忍びの者はかつては忍びだったというだけの農民に過ぎぬのだ。
「俺は生まれも育ちも江戸だけど、お熊婆さんの世話にゃなりたかねえから玄武とは関係のねえ鳶になったんだ。猫魔とも新猫魔とも関わりたくねえなっ」
虎也がそう突き放すと、
そこへ、
「ちょいと待てよっ」
「話が違うぜっ」
「俺等だって新猫魔に入ったんだぜっ」
「新猫魔にゃ虎也がいるって聞いたから入ったのによっ」
血気盛んな若衆六人がわらわらと座敷へ入ってきた。
以前、虎也に餡ころ餅のヤケ食いに付き合わされていた火消のい組の連中だ。
実はこの六人も猫魔の忍びの者。
そう、忍びを一人、見掛けたら、その陰には百人の忍びが隠れているのである。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
水野勝成 居候報恩記
尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。
⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。
⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。
⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/
備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。
→本編は完結、関連の話題を適宜更新。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】
しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】
※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。
※重複投稿しています。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/
Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―
kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。
しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。
帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。
帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる