富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
248 / 325

血は水よりも濃し

しおりを挟む

「さて、猫魔の虎也。此度こたびのわしの名をかたったにせふみで児雷也を茶屋へ呼び出し、あまつさえ卑怯にも児雷也の膳に眠り茸を盛り、かどわかさんと目論んだ一件の吟味を致す」

 我蛇丸は何故かお奉行様のような口調である。

「のう?吟味というのはあんな具合にしゃっちょこばって話すものなのか?」

 サギはヒソヒソ声でシメとハトに訊ねる。

「さあ?なにしろ初めてのことで勝手が分からんのぢゃ」

「不慣れなものぢゃでのう」

 シメもハトも首を捻った。

 みな吟味といえば大岡政談の読み物を読んだくらいで、忍びが敵を吟味する場面など見たことも聞いたこともないのだ。

「この一件はそのほう一人による計略か?それとも、猫魔の総意による計略か?包み隠さず正直に申してみよ」

 とにかく我蛇丸はお奉行様の口調で続ける。

「猫魔とはいっさい関係ねえ。俺だけでやったことだ。まさか自分で眠り茸を食らうとは思ってもみねえけどな。香りの違いで分かるはずだったが酒を飲んで鼻が利かなくなっちまったらしい」

 虎也はどうせ訊かれることは分かっているので自分から手っ取り早くペラペラと説明した。

「それと、児雷也をかどわかそうとしたのは見知らぬ武士からの依頼だ。何者かは知っちゃいねえが、その武士は老中の田貫兼次たぬき かねつぐに恨みを持つ反タヌキ派で来月のたぬき会をぶち壊すのが狙いだと言ってやがった」

 手っ取り早く反タヌキ派のたくらみまでバラす。

 虎也はとっくに投げやりになっていた。

 あの武士には愛猫とらじろうを猫質ねこじちに取られている。

 計略に失敗したので愛猫は三味線にされるであろうが、自分もまた富羅鳥に消される運命さだめなのだ。

 血も涙もない極悪非道と聞く富羅鳥のことだ、自分は荒巻鮭のように切り刻まれて鬼の一族の朝ご飯のおかずにでもされるのであろう。

(とらじろう、あの世でまた逢えるからよ――)

 虎也はそう自分ととらじろうの悲惨な末路を思い浮かべ、鼻の奥がツーンとなった。

 だが、

「ううむ、どうもせん。何故、見知らぬ武士の依頼など受けたんぢゃ?老中の田貫兼次は玄武と猫魔にとって大事な後ろ楯ぢゃろう?それに、お前には桔梗屋の若旦那からせしめた五百両という大金があるぢゃろうが?」

 我蛇丸は企てのきっかけを追及する。

 それを聞くや、

「なに?コヤツめ、草之介から五百両をせしめたぢゃと?」

 サギが虎也の前にバッと踏み出たが、

「これ、話が逸れるから引っ込んどれ」

 シメに襟首を掴まれて引き戻された。

「へっ、報酬なんざビタ一文、出やしねえよ。とらじろうが――、その武士に捕まっちまって、俺が従わねえと生かして返さんと言われてんだ。仕方ねえだろうがっ」

 虎也は「とらじろうが――」と言ったところで思わず声を詰まらせて悲哀をあらわにした。

「何?とらじろうという者を人質にされて、それで脅されてやったというのか?」

 我蛇丸はやにわに表情を変える。

 児雷也は何事もなく無事だったから良かったようなものの、虎也のとらじろうは反タヌキ派の武士に囚われの身だとは。


「――とらじろうって誰ぞぢゃ?」

 サギはヒソヒソ声でシメとハトに訊ねる。

「まあ、たぶん、虎也の念者ぢゃろう」

「ネンジャって何ぢゃ?」

「男色の相方のことぢゃ。虎也は男色ぢゃともっぱらの噂ぢゃけぇのう」

「ほほお」

 シメ、ハト、サギがヒソヒソ声で話していると、

「ううむ、それほどに大事な者の命が掛かっているのなら、此度こたびの一件もやむを得んのう」

 我蛇丸はコロッと態度を軟化させた。

 虎也の大事な念者が敵に囚われていることを知り、我蛇丸としては同情を禁じ得なかったのだ。

「――え?」

 虎也は意外そうに我蛇丸の顔を見返した。

 面と向かって顔を合わせるのは今が初めてだ。

 同い年の従兄弟だが、そこらの兄弟よりもよく似ている。

 敵だか味方だか分からなくなるが、

 敵でも味方でもないのかも知れない。


 そこへ、

「こんちは~」

 玄武一家の子分の竜胆りんどうがやってきた。

「わっ、竜胆っ?お前、何の用ぢゃ?」

 サギは慌てて裏木戸へすっ飛んでいく。

「ほれ、土鍋、返しに来た。ご馳走さん」

 竜胆が土鍋をサギに差し出す。

「あ、ああ、なんぢゃ、夕べの軍鶏しゃも鍋のか。ちゃんとおマメと半分こしたんぢゃろの?」

「半分こも何も、おマメに声を掛けたら、おピンとドス吉とメバルにまで食われっちまって、俺の分なんざ、ほんのポッチリさ」

「お前、要領が悪いのう」

 サギが竜胆と暢気にしゃべくっていると、

「サギ、どこぞの誰ぢゃ?今、取り込み中ぢゃぞ」

 シメがイラッと声を荒げる。

「取り込み中~?」

 竜胆はヒョイと首を傾げて裏木戸から裏庭を覗き込んだ。

「あれっ、虎ちゃんっ?あっ、足枷で繋がれてるっ。富羅鳥に捕まったっ?何やらかしてっ?」

 竜胆はビックリ顔しながらも声を弾ませる。

 明らかに面白がっている。

「――り、竜胆ぉ」

 虎也は思いっ切り顔をしかめた。

 この世で二番目くらいに見られたくない奴にとんだ情けない姿を見られてしまった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

処理中です...