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血は水よりも濃し
しおりを挟む「さて、猫魔の虎也。此度のわしの名を騙った偽の文で児雷也を茶屋へ呼び出し、あまつさえ卑怯にも児雷也の膳に眠り茸を盛り、かどわかさんと目論んだ一件の吟味を致す」
我蛇丸は何故かお奉行様のような口調である。
「のう?吟味というのはあんな具合にしゃっちょこばって話すものなのか?」
サギはヒソヒソ声でシメとハトに訊ねる。
「さあ?なにしろ初めてのことで勝手が分からんのぢゃ」
「不慣れなものぢゃでのう」
シメもハトも首を捻った。
みな吟味といえば大岡政談の読み物を読んだくらいで、忍びが敵を吟味する場面など見たことも聞いたこともないのだ。
「この一件はそのほう一人による計略か?それとも、猫魔の総意による計略か?包み隠さず正直に申してみよ」
とにかく我蛇丸はお奉行様の口調で続ける。
「猫魔とはいっさい関係ねえ。俺だけでやったことだ。まさか自分で眠り茸を食らうとは思ってもみねえけどな。香りの違いで分かるはずだったが酒を飲んで鼻が利かなくなっちまったらしい」
虎也はどうせ訊かれることは分かっているので自分から手っ取り早くペラペラと説明した。
「それと、児雷也をかどわかそうとしたのは見知らぬ武士からの依頼だ。何者かは知っちゃいねえが、その武士は老中の田貫兼次に恨みを持つ反タヌキ派で来月のたぬき会をぶち壊すのが狙いだと言ってやがった」
手っ取り早く反タヌキ派の企みまでバラす。
虎也はとっくに投げやりになっていた。
あの武士には愛猫とらじろうを猫質に取られている。
計略に失敗したので愛猫は三味線にされるであろうが、自分もまた富羅鳥に消される運命なのだ。
血も涙もない極悪非道と聞く富羅鳥のことだ、自分は荒巻鮭のように切り刻まれて鬼の一族の朝ご飯のおかずにでもされるのであろう。
(とらじろう、あの世でまた逢えるからよ――)
虎也はそう自分ととらじろうの悲惨な末路を思い浮かべ、鼻の奥がツーンとなった。
だが、
「ううむ、どうも解せん。何故、見知らぬ武士の依頼など受けたんぢゃ?老中の田貫兼次は玄武と猫魔にとって大事な後ろ楯ぢゃろう?それに、お前には桔梗屋の若旦那からせしめた五百両という大金があるぢゃろうが?」
我蛇丸は企てのきっかけを追及する。
それを聞くや、
「なに?コヤツめ、草之介から五百両をせしめたぢゃと?」
サギが虎也の前にバッと踏み出たが、
「これ、話が逸れるから引っ込んどれ」
シメに襟首を掴まれて引き戻された。
「へっ、報酬なんざビタ一文、出やしねえよ。とらじろうが――、その武士に捕まっちまって、俺が従わねえと生かして返さんと言われてんだ。仕方ねえだろうがっ」
虎也は「とらじろうが――」と言ったところで思わず声を詰まらせて悲哀を顕にした。
「何?とらじろうという者を人質にされて、それで脅されてやったというのか?」
我蛇丸はやにわに表情を変える。
児雷也は何事もなく無事だったから良かったようなものの、虎也のとらじろうは反タヌキ派の武士に囚われの身だとは。
「――とらじろうって誰ぞぢゃ?」
サギはヒソヒソ声でシメとハトに訊ねる。
「まあ、たぶん、虎也の念者ぢゃろう」
「ネンジャって何ぢゃ?」
「男色の相方のことぢゃ。虎也は男色ぢゃともっぱらの噂ぢゃけぇのう」
「ほほお」
シメ、ハト、サギがヒソヒソ声で話していると、
「ううむ、それほどに大事な者の命が掛かっているのなら、此度の一件もやむを得んのう」
我蛇丸はコロッと態度を軟化させた。
虎也の大事な念者が敵に囚われていることを知り、我蛇丸としては同情を禁じ得なかったのだ。
「――え?」
虎也は意外そうに我蛇丸の顔を見返した。
面と向かって顔を合わせるのは今が初めてだ。
同い年の従兄弟だが、そこらの兄弟よりもよく似ている。
敵だか味方だか分からなくなるが、
敵でも味方でもないのかも知れない。
そこへ、
「こんちは~」
玄武一家の子分の竜胆がやってきた。
「わっ、竜胆っ?お前、何の用ぢゃ?」
サギは慌てて裏木戸へすっ飛んでいく。
「ほれ、土鍋、返しに来た。ご馳走さん」
竜胆が土鍋をサギに差し出す。
「あ、ああ、なんぢゃ、夕べの軍鶏鍋のか。ちゃんとおマメと半分こしたんぢゃろの?」
「半分こも何も、おマメに声を掛けたら、おピンとドス吉とメバルにまで食われっちまって、俺の分なんざ、ほんのポッチリさ」
「お前、要領が悪いのう」
サギが竜胆と暢気にしゃべくっていると、
「サギ、どこぞの誰ぢゃ?今、取り込み中ぢゃぞ」
シメがイラッと声を荒げる。
「取り込み中~?」
竜胆はヒョイと首を傾げて裏木戸から裏庭を覗き込んだ。
「あれっ、虎ちゃんっ?あっ、足枷で繋がれてるっ。富羅鳥に捕まったっ?何やらかしてっ?」
竜胆はビックリ顔しながらも声を弾ませる。
明らかに面白がっている。
「――り、竜胆ぉ」
虎也は思いっ切り顔をしかめた。
この世で二番目くらいに見られたくない奴にとんだ情けない姿を見られてしまった。
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