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細工は流々仕上げをご覧じろ
しおりを挟む「お待たせ致しました」
茶屋の女中が酒と料理の膳を運んできた。
待合い茶屋は座敷を貸すだけなので仕出し料理屋から取った料理である。
恵比寿も仕出し料理屋も蜜乃家も同じ敷地内にある玄武一家の店なので、熊蜂姐さんの孫の虎也にとって芳町のこの一角は自分の庭のようなものだ。
この大年増の女中も素知らぬ顔で接客しているが、普段は「虎ちゃん」などと呼ぶような虎也が幼い頃からの顔馴染みであった。
「ああ、勝手にやるからいい」
虎也は女中がお酌しようとするのを邪魔そうに手で制し、女中に座敷を下がらせると自分が甲斐甲斐しく児雷也の盃に酒を注いだ。
「さ、どうぞ、どうぞ。追っ付け我蛇丸も参りましょうが児雷也殿を飲まず食わずでお待たせしては我蛇丸にわしが叱られまする」
女中が階段を下りていったのを察すると虎也はまた作り笑顔でペラペラと朗らかな口調で好人物の芝居を続ける。
「では、お言葉に甘えて――」
児雷也は盃を手に取るや、
「――おや?窓の外に人影が?」
やにわにハッと驚いた顔で虎也の背後の丸窓の外を見やった。
「――え?」
虎也は警戒するように背後の丸窓を振り返る。
その丸窓は東側で、サギと坊主頭が裏長屋の二階の窓から覗いているのは南側の腰高窓だ。
「……」
虎也は背後を振り返ったまま丸窓の外を見渡した。
丸窓の障子は半分だけ開いていて茶屋の庭木越しに藍染めのぼかしのような夜空が望める。
何かが動いたように見えたのは茶屋の庭木の枝葉が風にサワサワと揺れているので、そのせいかも知れぬと思った。
その瞬時、
児雷也はササッと素早く自分の膳と虎也の膳をすり変えた。
「――あっ?今のは何ぢゃ?児雷也は何で膳をすり変えたんぢゃ?」
サギはまた目をパチクリする。
「ああ、児雷也は茶屋の女中が児雷也の使う盃だか、使うた盃だかをペロペロと舐め廻しておるという噂を聞いたもので、ご丁寧に茶屋では宴の初めと終わりに膳を他の者とすり変えるのだ」
坊主頭には見慣れたことで珍しくもないらしい。
「ほほお」
どうりで児雷也の膳をすり変える素早さは手慣れたものだとサギは感心した。
先だって、おクキが茶屋の女中が児雷也の盃を奪い合ってペロペロと舐め廻すという噂をシメに話したが、おクキと親しい近江屋の女中のお糸から児雷也の耳へも入っていたのだろう。
「ああ、人影に見えたのは丸窓の障子に映った枝葉の影のようでござりました」
児雷也はそう誤魔化して、すり変えた盃で澄まし顔して酒をチビリと一口飲む。
「はあ、それはそうと、どうぞ召し上がって下され。おお、秋らしく松茸の炭火焼きとは。これは美味い。さあ、児雷也殿も冷めぬうちに――」
虎也は膳のすり変えに気付きもせず児雷也に飲ませるために自分も酒をグビグビと飲み干し、松茸の炭火焼きに舌鼓を打つ。
忍びの習いで酒は飲まぬ虎也だが、児雷也は投剣で人並み以上に目が良いので飲んだ振りは出来ない。
児雷也も松茸の炭火焼きに箸を伸ばした。
「これは美味しゅうござります」
サギと同じ血が流れるだけに児雷也もご馳走には目がなかった。
松茸の炭火焼きをツマミに酒も進む。
「……」
虎也は盃を口元に運びながら「してやったり」という笑みを浮かべた。
「いやはや、児雷也殿の投剣はまったく見事にござりまするなあ。わしはあまりに我蛇丸が熱心に勧めるもので見に参りましたが、我蛇丸も蕎麦屋さえなければ毎日でも児雷也殿の舞台を見に参りたいといつも申しておるのでござりますよ」
虎也は調子良くペラペラと作り話をする。
「左様にござりますか」
児雷也は満更でもなさそうだ。
そのうちに、
「まっらく、我蛇丸はまら来らい、――な、何ら?酔いぁ廻っれ――き――ら――」
ペラペラとしゃべる虎也のろれつが廻らなくなってきた。
「どうなされました?」
児雷也は何事かと身を乗り出して虎也の顔を見つめる。
「――ら、ろう――しれ――」
虎也の顔付きは朦朧として目の焦点が合っていない。
「――たん――ら――」
そのまま虎也はフラリと上体が斜めになってバッタリと畳に伏し倒れた。
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