富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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サギも歩けば棒に当たる

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軍鶏しゃもぢゃ、軍鶏ぢゃっ、――んっ?)

 サギが芳町の小間物屋と扇屋の間の路地を曲がり掛けると、前方に二人連れの後ろ姿が見えた。

(あれは?)

 見覚えのある坊主頭の大男。

 そのかたわらの頭巾で人目を忍んでいる細身の姿は児雷也か。

 この路地に入ってきたということは突き当たりの茶屋、恵比寿へ行くに違いない。

(贔屓客からのお招きぢゃろうか?)

 サギはつい忍びの習いでサッと扇屋のかどに身を隠した。

 忍びの地獄耳で離れていても二人の会話は聞き取れる。



「おい、茶屋の中まで付いてくるつもりか?」

 児雷也はうるさそうに坊主頭に振り返る。

「だから、あの蕎麦屋は怪しいと言うとるだろうが?こんな路地の奥まった人目に付かん茶屋になんぞ呼び出すとはますます怪しい」

 坊主頭はしつこく食い下がる。

(蕎麦屋ぢゃと?兄様あにさまのことか?さては、兄様が茶屋で逢うというのは児雷也ぢゃったのかっ)

(兄様、いやさ、我蛇丸め。何でわしを誘わんのぢゃっ)

(自分だけ児雷也とこっそり逢おうとはズルイぞっ)

 サギはまたしても除け者にされたかと思うと悔しくてたまらない。

「いいから、お前は話が済むまでそこらで暇潰しでもしておれ」

 児雷也はにべもなく坊主頭を手で追い払うようにして、さっさと恵比寿の戸口へ入っていった。

「ぬぅ――」

 坊主頭はやにわに周囲をキョロキョロと見廻した。

 かどから覗いているサギとバチッと目が合う。

「なんだ。お前も一緒だったのか?」

 坊主頭はてっきりサギも我蛇丸の連れかと思った。

「違うっ。わしゃ、今の今まで知らんかったんぢゃ。我蛇丸めはわしを除け者にして自分ばっかり児雷也と逢うつもりなんぢゃっ」

「なにいっ?蕎麦屋め、お前にも内緒でか?ますます怪しい」

 サギと坊主頭はお互いに我蛇丸と児雷也に除け者にされた同士、にわかに妙な連帯感を覚えた。

 坊主頭はどこかに恵比寿の座敷の覗き見、盗み聞きに適当な場所はないかとキョロキョロしていたのだ。

 覗き見も盗み聞きもサギのお手のものだ。

 しかし、このいちじるしく重そうな筋骨隆々の大男では、サギのように身軽に屋根の上という訳にもいかない。

「お、そうぢゃ。おあつらえ向きのええ場所がある」

 サギは坊主頭を先導して恵比寿の裏へ廻り、裏長屋の裏庭へ入った。

 竜胆りんどうはサギが遊びに来る前に湯屋でも行ったらしく留守だ。

 サギは縁側から竜胆の一軒へ勝手に上がり込むと、土鍋の風呂敷包みを置いた。

「ここの上から恵比寿の二階の座敷が覗けそうぢゃ。坊主頭、こっちぢゃ」

 サギは裏長屋の二階へ梯子段はしごだんを上がる。

「坊主頭だと?」

 坊主頭は梯子段の下から威圧的にサギを見上げた。

「ぢゃって、名を知らんのぢゃ」

 そういえば誰かがこの男の名を呼ぶところを一度も聞いたことがない。

「わしの名は虹児こうじというのだ。にじに児雷也と同じ児だ」

 坊主頭は照れ臭そうな顔をして言った。

「虹児ぃ?そりゃ、思いの外、はかなげで美しい名ぢゃの」

 サギは鬼瓦おにがわらのような坊主頭の顔を見やる。

「似合わん名だから、こっ恥ずかしいのだ」

 坊主頭は渋面しながら梯子段をミシミシときしませて上がってきた。


 一方、

 児雷也は恵比寿の女中に案内されて茶屋の二階へと上がってきたところであった。

 恵比寿では一番高い二階の東南の角部屋で壁二面に窓がある。

 一つは風流な丸窓だ。

「お連れ様がお見えにござります」

 女中が座敷に声を掛けて襖を開く。

 すると、

「……?」

 児雷也は座敷にいる男を一目見るなり、怪訝な顔になった。

 座敷にいたのは我蛇丸ではない。

 似ても似つかぬ別人ではなく、似てはいるが別人だ。

「これはこれは、児雷也殿。ようお出で下されました。わしは我蛇丸の従兄弟でい組の虎也と申す者にござりまする。実は我蛇丸はよんどころない急用で少々遅れて参りますので、お待たせする間、わしにお相手するようにと言付かりまして――」

 なんと、児雷也を待っていたのは猫魔の忍びの虎也であった。

「さあ、どうぞ、どうぞ」

 虎也はわざとらしい作り笑顔と朗らかな口調で無理くりに好人物を演じている。

「あ、ああ、我蛇丸殿の従兄弟の方にござりましたか。そういえば、よう似ておられる」

 児雷也はやや気抜けしたようだが、虎也の背格好や顔立ちをつくづくと見て、納得したように向かい側の座席に着いた。

 従兄弟であることは事実だし、我蛇丸と虎也は実際によく似ているので疑いようもない。


「な、何で虎也がおるんぢゃ?」

 サギは裏長屋の二階の窓から恵比寿の二階の座敷を覗いて目をパチクリと瞬いた。

 我蛇丸がいつの間にか猫魔の虎也と仲良しになった訳はない。

「ぬぅ、やはり、怪しい。わしゃ、蕎麦屋からというあのふみからして怪しいと思うておったのだ」

「文ぢゃと?その文、見せとくれ」

「文は児雷也がひったくって持っていったが、封だけなら」

 坊主頭は懐から封を取り出し、サギに手渡す。

 サギは封の宛名と差出人の文字を確かめた。

「これは兄様あにさまが書いたものとは違うぞっ。兄様の筆跡はもっと筆太で大きく勢いがあるんぢゃ」

 さては、虎也が我蛇丸の名をかたったにせふみで児雷也を呼び出したのか。

(虎也め、いったい何を企んでおるんぢゃ?)

 サギは窓から恵比寿の座敷を睨みながら、いつでも投げ打てるよう袴の腰板に挟んだ竹串に指先を伸ばした。
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