富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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物は相談

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「――が、我蛇丸さんっ。わ、わしは草之介だっ。銀煙を吸ってこのように老けて肥えた姿になってしまったが本当に本物の草之介なのだっ。どうか金煙を分けて下されっ。わしを元の姿に、十九歳の細身の姿に、評判の美男の姿に戻して下されええええぇっ」

 草之介は恥をものともせず我蛇丸の膝にガバッとすがり付くと、涙でグチャグチャになった必死の形相で一息に捲し立てた。

「――銀煙?では、『銀鳥』も桔梗屋にあったのでござるか?」

 我蛇丸は落ち着き払って、自分の膝にすがっている四十歳ほどの肥えた草之介の肩をグイッと掴んで引き剥がす。

 おそらく十九歳の美男の草之介ならばこんなに邪険に引き剥がしはしなかったものと思われる。

「あ、ああ、穴蔵にあったんだ。わしもおっ母さんもうちにそんなものがあったことはまったく知らなんだが、サギどんが年寄りの『銀鳥』だと言うておった」

 草之介はわらしのようにグスングスンと鼻を啜りながら説明する。

「サギの奴、そんな大事なことをこれっぽっちも報告せずに」

 我蛇丸はそれでサギがこそこそと錦庵の押し入れの天袋なんぞに潜り込んでいたのかと合点がいった。

 お葉が草之介を元に戻すためにサギに拝み倒したことは容易に想像が付く。

「素直に金煙を分けてくれと言えばいいものを――」

 我蛇丸は心なし寂しげに呟いた。

「――えっ?分けてくれるのかい?」

 草之介はコロッと笑顔になって期待いっぱいに我蛇丸の顔を見返す。

「勿論。お安いご用にござります。店仕舞いしてから今晩にでもお届けしましょう」

 我蛇丸はあっさりと承諾した。

 最初から我蛇丸に頼めば何の手間も掛からなかったのだ。

「あ、有り難うござりまするっ。や、やっと元の姿に戻れる――っ」

 草之介は今度は安堵のあまり嬉し泣きする。

「サギなど当てにせず、もっと早うに言うて下されば良かったのに」

 我蛇丸は枕元に置かれた漆塗りの箱に入った鼻紙を取って草之介に渡してやる。

 桔梗屋は鼻紙も小菊紙と呼ばれる高級品だ。

「つい昨晩、母から錦庵が富羅鳥の忍びだという話を聞いたばかりで、将軍様から直々に密命を受ける忍びならば信頼が出来ようと――」

 恥の上塗りではあるが草之介はこの際、思い切って『金鳥』を失ってからの桔梗屋の台所事情を打ち明けた。

「実は――かくかくしかじかという訳で――」

 十九歳の美男の時と違って四十歳ほどの肥えた姿のせいかみっともない話もしやすかった。

「――なに?猫魔の忍びの虎也に『金鳥』を取り戻してやるとそそのかされて前金に五百両を渡した?」

 我蛇丸は呆れ顔した。

「あの五百両を取り返さんことには年の瀬の支払いに事欠くほどで――」

 草之介は面目なさげにうなだれる。

「それもお安いご用。わしが猫魔の虎也から五百両を取り返しましょう」

 我蛇丸は自信たっぷりに引き受けた。

 なにしろ、桔梗屋に金がないことには錦庵も年の瀬に桔梗屋から蕎麦のツケを払って貰えぬことになるので他人事ではない。

 桔梗屋は三日にあげず盛り蕎麦五十枚の出前を頼んでいるのだからお盆から今までの分でも相当な金額になる。

 錦庵としても何がなんでも桔梗屋から蕎麦代を集金せねばならない。

「では、わしはそろそろ。ああ、『銀鳥』の玉手箱は持ち帰ってよろしいでしょうな?」

 我蛇丸はおもむろに腰を上げながら訊ねる。

「あ、ああ、そりゃあ、勿論。この階下したの仏間の隠し戸棚に仕舞ってあるはずだが、わしはこの姿を奉公人に見られては不味いので取っては来られぬが――」

 草之介は困り顔した。

「この真下の部屋なら造作もない」

 我蛇丸はそう言うなり、

 畳をバッと持ち上げ、ガッと床板を剥がし、一階の天井裏にスサッと潜り、仏間の天井板をバッと剥がし、座敷にヒラリと飛び下り、隠し戸棚から『銀鳥』を取り出すと、また二階の部屋へ引き返してきた。

 畳をパシッと元に戻す。

「……」

 その一連の動作のあまりの素早さに草之介は開いた口が塞がらない。

 これが忍びというものか。

「おお、この銀蒔絵。本物に間違いない。では、確かに――」

 我蛇丸は『銀鳥』の玉手箱のヒュルリと妖しく光彩を放つ銀蒔絵の不死鳥を入念に確かめると小脇に抱えて部屋を出ていった。
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