富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
229 / 325

万事休す

しおりを挟む
 

 一方、

 桔梗屋の二階では、

「はあぁ、ザブンと湯に入りたいなあ――」

 草之介が濡れ手拭いで肥えた豊満な胸元をゴシゴシと拭きながら、やるせなく吐息していた。

 これが自分の身体とは信じられぬが、手拭いの動きに合わせてタプタプと波打つ肉の感触に否でも応でも肥えた身を自覚せずにはいられない。

 目にするのもイヤなので暗くなってから寝間着を片肌脱ぎして身体を拭いているのだ。

「まあ、もう少し辛抱しておればサギが金煙を持ってきてくれて元に戻れるわなあ」

 お葉は暢気そうに慰める。

「あ、そういえば、あのサギとかいう乱暴で小生意気なチビ猿が何で『金鳥』のことを知っておるのだろう?」

 草之介はサギが穴蔵で『金鳥』と対という『銀鳥』の玉手箱に気付いたことをふいに思い出した。

「おやまあ、うっかりしておった。まだ草之介に何も話しておらんかったんだわなあ」

 お葉はつい時期をいっして『金鳥』にまつわる諸々もろもろの事情を草之介にまったく話していなかったのだ。

 今ならば草之介が茶屋遊びにも出掛けず部屋に引きこもっているので込み入った話を聞かせるには持ってこいの機会だ。

「実はな、かくかくしかじかという訳で――」

 お葉は『金鳥』は富羅鳥藩主が何者かに暗殺されて盗まれた富羅鳥藩の秘宝であり、錦庵が富羅鳥の忍びで将軍様より密命をたまわり『金鳥』を探していたこと、舟遊びの夜に草之介をかどわかしたのも富羅鳥の忍びであったことを長々と話して聞かせた。

「へええっ、いつも蕎麦の出前を頼んでおる、あの錦庵が忍びの者とは」

 草之介は目を丸くする。

 そういえば、火消の虎也も猫魔の忍びの者で江戸には他にも忍びの者がうじゃうじゃいると言っていたではないか。

 その虎也に『金鳥』を取り戻す仕事を頼んで前金に五百両を渡したというのに、虎也からはさっぱり何の音沙汰もない。

「おっ母さん、それでサギは幾らの報酬で金煙を錦庵からこっそり貰ってきてくれるというんだい?」

 草之介は千両箱の小判が残り少ないことを気にして訊ねた。

「まあ、なんてとこ。サギは金なんぞ要求するようなさもしい娘ではないわなあ」

 お葉は珍しく怒気を含んだ声である。

 だが、草之介は金うんぬんよりも別の言葉のほうに引っ掛かった。

「――む、す、め――?あれは娘子だったのか?わしゃ、てっきり男子おのことばかり思うておったが。菓子職人見習いと聞いておったし」

 草之介はどうにも腑に落ちない。

「まあ、そりゃあ、男子おのこのように凛々しく快活だが、あの可愛ゆらしいサギを男子おのこと思うておったなんて。ほほ――」

 お葉はさも愉快げに笑い飛ばす。

 ところが、

 意外にも桔梗屋では草之介のサギを見る目が一番、間違っていなかったのだ。


 その頃、

「ただいまっと」

 サギは桔梗屋の屋根からヒラリと裏庭に飛び下りた。

(――おっ?湯殿にゃ誰もおらんぞ。間に合ったり~っ)

 もう縁側の雨戸が締まっていて開けるのも面倒なので覗いた湯殿の窓から中にピョンと飛び込んだ。  

 草鞋わらじを脱ぎ飛ばし、パッパッと筒袖とたっつけ袴を脱ぎ捨てる。

 ザバザバと掛け湯してからドボンと湯船に浸かった。

「ふぃぃ、ええ湯ぢゃあ~」

 思わず唸るように声が出る。

 そこへ、

「えっ?サギ?湯殿におるのかえ?」

 お花のビックリした声が聞こえた。

 なんということか、 

 お花はもう風呂に入りに脱衣場にいたのだ。

「あっ、いや、わしゃ、カラスの行水ぢゃ。すぐ出るからのっ」

 サギは急いで湯船から洗い場に出て、糠袋で身体をゴシゴシと擦った。

 すぐに風呂から上がってお花と代わるつもりであった。

 だが、

「そいぢゃ、一緒に入るわな」

 お花は何のためらいもなく言った。

 二人で入るのに充分な広い湯船なのだ。

「ええっ?ちょっ、すぐぢゃ、待っとれっ」

 サギは焦った。

 お花と一緒に風呂に入るなど、とんでもない。

「だってもう着物を脱いでしもうたもの。寒いわな」

 お花は構わずに脱衣場から湯殿に入る戸をガラリと開いた。

 当然ながらお花は一糸まとわぬ産まれたままの姿、

 すっぽんぽんだ。

「わあああああっっ」

 サギは弾き豆のように跳ねて、また湯船にドボンと飛び込んだ。

 万事休す。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋
歴史・時代
妻木煕子(ツマキヒロコ)は親が決めた許嫁明智十兵衛(後の光秀)と10年ぶりに会い、目を疑う。 子供の時、自分よりかなり年上であった筈の従兄(十兵衛)の容姿は、10年前と同じであった。 見た目は自分と同じぐらいの歳に見えるのである。 過去の思い出を思い出しながら会話をするが、何処か嚙み合わない。 ヒロコの中に一つの疑惑が生まれる。今自分の前にいる男は、自分が知っている十兵衛なのか? 十兵衛に知られない様に、彼の行動を監視し、調べる中で彼女は驚きの真実を知る。 真実を知った上で、彼女が取った行動、決断で二人の人生が動き出す。 若き日の明智光秀とその妻煕子との馴れ初めからはじまり、二人三脚で戦乱の世を駆け巡る。 天下の裏切り者明智光秀と徐福伝説、八百比丘尼の伝説を繋ぐ物語。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

処理中です...