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万事休す
しおりを挟む一方、
桔梗屋の二階では、
「はあぁ、ザブンと湯に入りたいなあ――」
草之介が濡れ手拭いで肥えた豊満な胸元をゴシゴシと拭きながら、やるせなく吐息していた。
これが自分の身体とは信じられぬが、手拭いの動きに合わせてタプタプと波打つ肉の感触に否でも応でも肥えた身を自覚せずにはいられない。
目にするのもイヤなので暗くなってから寝間着を片肌脱ぎして身体を拭いているのだ。
「まあ、もう少し辛抱しておればサギが金煙を持ってきてくれて元に戻れるわなあ」
お葉は暢気そうに慰める。
「あ、そういえば、あのサギとかいう乱暴で小生意気なチビ猿が何で『金鳥』のことを知っておるのだろう?」
草之介はサギが穴蔵で『金鳥』と対という『銀鳥』の玉手箱に気付いたことをふいに思い出した。
「おやまあ、うっかりしておった。まだ草之介に何も話しておらんかったんだわなあ」
お葉はつい時期を逸して『金鳥』にまつわる諸々の事情を草之介にまったく話していなかったのだ。
今ならば草之介が茶屋遊びにも出掛けず部屋に引きこもっているので込み入った話を聞かせるには持ってこいの機会だ。
「実はな、かくかくしかじかという訳で――」
お葉は『金鳥』は富羅鳥藩主が何者かに暗殺されて盗まれた富羅鳥藩の秘宝であり、錦庵が富羅鳥の忍びで将軍様より密命を賜り『金鳥』を探していたこと、舟遊びの夜に草之介をかどわかしたのも富羅鳥の忍びであったことを長々と話して聞かせた。
「へええっ、いつも蕎麦の出前を頼んでおる、あの錦庵が忍びの者とは」
草之介は目を丸くする。
そういえば、火消の虎也も猫魔の忍びの者で江戸には他にも忍びの者がうじゃうじゃいると言っていたではないか。
その虎也に『金鳥』を取り戻す仕事を頼んで前金に五百両を渡したというのに、虎也からはさっぱり何の音沙汰もない。
「おっ母さん、それでサギは幾らの報酬で金煙を錦庵からこっそり貰ってきてくれるというんだい?」
草之介は千両箱の小判が残り少ないことを気にして訊ねた。
「まあ、なんてとこ。サギは金なんぞ要求するようなさもしい娘ではないわなあ」
お葉は珍しく怒気を含んだ声である。
だが、草之介は金うんぬんよりも別の言葉のほうに引っ掛かった。
「――む、す、め――?あれは娘子だったのか?わしゃ、てっきり男子とばかり思うておったが。菓子職人見習いと聞いておったし」
草之介はどうにも腑に落ちない。
「まあ、そりゃあ、男子のように凛々しく快活だが、あの可愛ゆらしいサギを男子と思うておったなんて。ほほ――」
お葉はさも愉快げに笑い飛ばす。
ところが、
意外にも桔梗屋では草之介のサギを見る目が一番、間違っていなかったのだ。
その頃、
「ただいまっと」
サギは桔梗屋の屋根からヒラリと裏庭に飛び下りた。
(――おっ?湯殿にゃ誰もおらんぞ。間に合ったり~っ)
もう縁側の雨戸が締まっていて開けるのも面倒なので覗いた湯殿の窓から中にピョンと飛び込んだ。
草鞋を脱ぎ飛ばし、パッパッと筒袖とたっつけ袴を脱ぎ捨てる。
ザバザバと掛け湯してからドボンと湯船に浸かった。
「ふぃぃ、ええ湯ぢゃあ~」
思わず唸るように声が出る。
そこへ、
「えっ?サギ?湯殿におるのかえ?」
お花のビックリした声が聞こえた。
なんということか、
お花はもう風呂に入りに脱衣場にいたのだ。
「あっ、いや、わしゃ、カラスの行水ぢゃ。すぐ出るからのっ」
サギは急いで湯船から洗い場に出て、糠袋で身体をゴシゴシと擦った。
すぐに風呂から上がってお花と代わるつもりであった。
だが、
「そいぢゃ、一緒に入るわな」
お花は何のためらいもなく言った。
二人で入るのに充分な広い湯船なのだ。
「ええっ?ちょっ、すぐぢゃ、待っとれっ」
サギは焦った。
お花と一緒に風呂に入るなど、とんでもない。
「だってもう着物を脱いでしもうたもの。寒いわな」
お花は構わずに脱衣場から湯殿に入る戸をガラリと開いた。
当然ながらお花は一糸まとわぬ産まれたままの姿、
すっぽんぽんだ。
「わあああああっっ」
サギは弾き豆のように跳ねて、また湯船にドボンと飛び込んだ。
万事休す。
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