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苦肉の策
しおりを挟むあくる朝。
「わああああああっ」
実之介の絶叫でみな一斉に目を覚ました。
「な、何事ぢゃあっ?」
昨日の今日なので(すわ、実之介まで変貌か?)とサギは慌てて裏庭の縁側へ飛び出した。
しかし、なんのことはない。
「――わ、わしのニョキニョキ草があっ」
実之介が半泣きで指差す先を見やれば、
ニョキニョキ草がペチャンコに地べたに倒れているではないか。
「い、今、裏庭へ出て、見たらぁ――っ」
朝も早よから日課のニョキニョキ草を飛ぶ鍛練をしに裏庭へ出たらこの有り様だったらしい。
「もお、なんだえ、たかが雑草くらいで朝っぱらから騒々しい。昨日、町方同心と小物が来てバタバタ走り廻っとったから踏ん付けられたんだえ」
お花は寝惚け眼を擦って、さも迷惑そうな口調である。
昨日は盗人騒ぎで実之介も晩に飛ぶのを忘れたので、ニョキニョキ草が踏み倒されているのも今の今まで気付かなかったのだ。
「わああっ、わしゃ、もう飛ぶ鍛練が出来んっ」
実之介は悔しげに地団駄を踏む。
「まあええ、ニョキニョキ草はまたすぐに生えてくるぢゃろ。それより実之介には剣術の稽古を付けてやろうぞっ」
サギは偉そうに両手を腰に当てて胸を張った。
飛ぶ鍛練など勝手に伸びるニョキニョキ草を朝晩、ピョンピョンと飛ぶだけなのでサギは自分が指導する出番がなくつまらない。
ニョキニョキ草がペチャンコになって実之介に剣術を教える良いきっかけになったというものだ。
「――えっ?剣術?ホントにっ?」
実之介はコロッと機嫌が直った。
「おう、手習い所から帰ったら稽古を付けてやろうぞっ。があっはっはっはっ」
サギは師匠ヅラして威厳を込めたつもりで無理くり太い声で高笑いする。
ただ自分が習った鬼の師匠を真似ているだけなのだ。
「わあいっ」
実之介は飛び上がって喜んだ。
そうこうして、
今日も普段どおりにみなが出掛け、茶の間にはサギとお葉の二人だけになった。
「はあ~」
サギは悠々とお茶を啜って満足げに吐息する。
誰からも叱られぬのを良いことに入門したばかりの手習い所はズル休みである。
すると、
「サギ、これこのとおり、お願いだえ」
だしぬけにお葉がサギの鼻先にカスティラの桐箱を突き出して頭を下げた。
「――ふへ?」
サギは何のことやらと桐箱の中に目を向けた。
桐箱には乳白色の小瓶四本が入っている。
桔梗屋が『金鳥』の金煙を小分けして密売していた時に使っていた小瓶だ。
(あれ、この小瓶は先にお毒見係のお三方に吸わせる金煙をお葉さんに小分けして貰うた時のと同じものぢゃの)
小瓶一本で五年分の若返りなので四本なら二十年分の若返りの量になる。
(さては、草之介を元の姿に戻すために金煙を分けて欲しいというお願いぢゃな?)
サギは眉間に皺を寄せて難しい顔をしてみせた。
「むうん、兄様、いやさ、我蛇丸の奴は情け知らずの人でなしぢゃからの。どっおせ頼んだところで分けてくれんと思うんぢゃがのう」
本音を言えば自分が我蛇丸に頼むのがイヤなのである。
ましてやサギにとって十九歳だろうが四十歳だろうがどうでもいい草之介のために我蛇丸に下げる頭なんぞ持ち合わせておらぬのだ。
ところが、
お葉は可愛い我が子のためなら一筋縄ではいかぬ女子であった。
「いや、べつに我蛇丸さんに頼んで分けて貰わんでも、こっそりと貰うて来たらええわなあ?」
お葉はふっくらと優しげな笑みでとんでもない無茶を抜かした。
「こ、こっそりと?」
サギは呆気に取られた。
「ああ、サギだって一人前の富羅鳥の忍びの者だえ?だったら、こっそりと金煙を貰うて来るくらい訳もないはずだわなあ?」
お葉はぬけぬけとサギに盗人の真似をしろと言うのだ。
「む、むう――」
サギはますます眉間に皺を寄せる。
だいたい錦庵のどこに『金鳥』の玉手箱が仕舞ってあるのかもサギは知らない。
錦庵の連中に気付かれぬように『金鳥』の玉手箱を探し出し、金煙を小瓶に小分けして貰ってくるなど、果たして出来るであろうか。
しかし、出来ぬとは決して言われぬ負けん気のサギである。
「おうっ、こっそりと貰うて来ればええだけぢゃっ。任せとけっ」
サギはヤケクソ気味にポンと胸を叩いた。
「そしたら錦庵が客で混んどる時分を狙うたらええわなあ。そう、我蛇丸さんがおらんように蕎麦の出前を頼もうかえ」
お葉はなかなかの策士である。
「む、むむぅ」
サギはたじたじであった。
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