富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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闇に光る目

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 カポッ、

「――あ、そうぢゃ、草之介は剣術をやるのか?」

 サギは茶筒の蓋を開けるなり、昼の草之介とおタネの打ち合いを思い出した。

「んぐ?ああ、お爺っさんが生きておった頃は町道場にイヤイヤに通わされたんだ。お爺っさんは跡継ぎのわしにはそりゃあ厳しかったからな」

 草之介は布団の中でおにぎりを食べ食べ答える。

「ほお、そいぢゃ、十五歳までは真面目に剣術の稽古をしとったんぢゃな」

 サギは納得した顔で茶っ葉を鉄瓶の熱湯にパサパサと入れた。

 この時代のお茶の淹れ方は鉄瓶で煮出す烹茶法ほうちゃほうである。
 
 香ばしい湯気がホワホワと漂う。

(よしよし。わしが剣術で草之介を鍛え直してやればええんぢゃ。基礎があるなら容易たやすいことぢゃ)

 サギはニヤリとほくそ笑んだ。

 富羅鳥の忍びでは猫のにゃん影よりも下っ端のサギは偉そうに師匠ヅラして弟子をシゴキたくて仕方ないのだ。

 実のところ町道場に通っていた頃の草之介は背丈があるわりには動きが俊敏でなかなかの腕前であった。

 ところが、祖父の弁十郎が急死したとたん草之介は糸の切れたたこのように風の吹くまま、気の向くまま、フラフラと遊び廻るようになってしまった。

 なにより桔梗屋に遊ぶ金はしこたまあるし、近所の幼馴染みに遊び好きの熊五郎がいたのも良くなかった。

 それまで樹三郎とお葉は厳しい弁十郎に叱責されてばかりの草之介が可哀想でことさらに優しくしてきたのだ。

 十五歳まで甘やかしていた父と母がいきなり祖父に代わって草之介に厳しく出来るはずもなかった。

 典型的な道楽息子の出来上がりである。

 
 お茶も頃合いに煮出された。

「サギどん、わしにもお茶」

 草之介が布団から空っぽになった重箱を突き出す。

「なんぢゃとお?自分で淹れろ。わしを何ぢゃと思うとるんぢゃ」

 サギは邪険に撥ね付け、鉄瓶から湯呑みに注いだお茶をズズッと啜る。

「――何って、桔梗屋の奉公人ぢゃないのか?」

 草之介は怪訝そうに布団から顔を出す。

「あれ?もうこんな真っ暗だったのか?」

 日が暮れる前からずっと布団の中に潜って泣いていた草之介は驚いて上体を起こした。

 真っ暗な部屋でも夜目の利くサギと違って草之介には何も見えなかった。


 同じ頃、

 階下したの広間では、

「それでな、きえええいって、おタネが薙刀で盗人と打ち合いしてな」

「大騒ぎだったんだ。町方同心まで来たんだからっ」

 お花と実之介が熱心に身振り手振りで女中のおクキに盗人騒ぎの一件を話して聞かせていた。

 桔梗屋が大集合の時におクキだけは錦庵へ子守りに行っていて不在だったのだ。

「ごがぁ」

 当の乳母のおタネは久々の薙刀で疲れ果て、とっくに高イビキである。

「まあ、穴蔵に盗人が――」

 おクキは懸念の表情になる。

「うん、あのな、穴蔵でお枝がすごく綺麗な銀蒔絵の箱を見つけたんだわな」

「お枝は箱を穴蔵に落っことしたんだっ」

「そしたら、急にサギが大声で逃げるんぢゃあって、あたし等を土蔵の外へ突き飛ばしてな?」

「うん、何が何だか分からんかったが、きっとサギは穴蔵におった盗人に気付いたんだっ」

「なあ、けど、いったい盗人はいつの間に穴蔵の中へ入ったんだろの?」

軍鶏しゃもが逃げた騒ぎに紛れて入り込んだに違いないって甘太が言うておったぞっ」

「ああっ、きっと、そうだわな」

 お花と実之介は興奮冷めやらぬ面持ちで話し続ける。

 二人の話は時系列が合っていない。

 サギがみなを外へ突き飛ばしたのは軍鶏が逃げる前であるが、お花も実之介も細かいことは覚えてないのだ。

 しかし、おクキが食い付いたのは盗人よりも銀蒔絵の箱のことであった。

「まあ、それで、その銀蒔絵とは?」

 おクキの目が鋭くギラッと光る。

「うん?ああ、見たこともない綺麗な銀蒔絵だったわな。何の鳥か分からんけど銀の鳥の模様で。――なあ?お枝?」

 お花は隣のお枝の布団を揺すったが、

「すぴぃ~」

 お枝はもう寝息を立てている。

「ふわあ、わしも眠うなってきた。あれ、サギはまだ寝んのかな?」

 実之介は隣のサギの布団を見やった。

「どっおせ台所だえ?サギが寝る前に何か食べに行くのはいつものことだわな。ふわわ――」

 お花も大アクビだ。

 日頃の食い意地のおかげでサギはこんな時分に寝間から出ていても不審に思われずに済んだ。

 しかも、お花も実之介も盗人騒ぎからずっと草之介の姿が見えぬことはまったく気付いていない。

 いつも草之介は茶屋遊びだったので家にいないことが当たり前になっているのだ。

 やがて、

 お花も実之介も寝静まると、

「……」

 おクキはそっと寝間を抜け出した。

(――銀の鳥、穴蔵の『アレ』を見つけられてしまったに違いない)

 まずいことになったという顔をしてソワソワと縁側を行ったり来たりする。

「――あの鳥は――不死鳥ふしちょうだわいなあ――」

 おクキの目がまた鋭くギラッと光った。
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