富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
202 / 312

好きこそものの上手なれ

しおりを挟む

 一方、

 その頃、錦庵では、

 我蛇丸、ハト、シメも朝ご飯の最中であった。

「……」

 我蛇丸は黙々と箸を動かしていた。

(はあ、気が進まんが、わしから改めて、児雷也、いや、若君に生い立ちの話をせねばならんのう)

(大事な話をするのに鬼武一座の連中は邪魔ぢゃし、どこか静かな場所で二人きりで逢うのが良いぢゃろうが)

(静かな場所って、どこぞぢゃ?それに、二人きりで逢うのはどうも落ち着かんのう)

 かといってサギが一緒では別の意味で落ち着かずにまともに話が出来るとは思えない。

(しかし、二人きりで逢うのは――)

 二人きり、二人きりと妙に意識して悶々としていると、

 ヒュン、

「ニャッ」

 にゃん影が裏庭の塀を飛び越えて帰ってきた。

 鹿の子の首輪が紫色だ。

 将軍様からのふみを持ってきたのだ。

「にゃん影、ご苦労ぢゃ」

 我蛇丸がにゃん影の首輪を解いて筒縫いの鹿の子から細く折り畳んだふみを引き抜く。

「上様は何と?」

 シメとハトがふみを覗き込む。

「ああ、八木殿が風邪をひいて昨日はお役目を休んでおったそうぢゃ。一昨日おとつい、早馬で汗を掻いて富羅鳥山で急に冷えたせいぢゃろう。申し訳ないのう」

「富羅鳥山の秋は江戸より一月ひとつきは早う来とるからのう」

 我蛇丸とハトは八木の風邪に責任を感じたが、

「ふん、我蛇丸もにゃん影も風邪なんぞ引いとらんぢゃろうが?八木殿はお庭番ともあろう者が日頃の鍛練が足らんのぢゃわ」

 シメは鬼だけに手厳しい。

「上様はにゃん影のを描いておるので、また午後には城へにゃん影に出仕せよとの思し召しぢゃ」

 パラリと文をめくると、もう一枚の半紙に魚をくわえたにゃん影の水墨画が描いてある。

「ほほう、こりゃ習作ぢゃろうがお見事ぢゃ」

「上様は今年もたぬき会に参加されるようぢゃのう」

 ハトとシメは将軍様の水墨画に感心する。

 魚をくわえてニヤリと不敵な表情はまさしく、にゃん影そのものだ。


 実は、将軍様は毎年、お忍びでたぬき会に参加していた。

 主催の田貫兼次たぬき かねつぐに無理くり頼んで来客には将軍様と知られぬように雅号を変えてこっそりと参加しているのだ。

 たぬき会には武家も町人も身分に関係なく集まるので将軍様はいつも行商人になりすまし、治吉はるきちと偽名を名乗っていた。

 日頃から忍び歩きの七色唐辛子売りで行商人の姿も慣れたものだ。

 たぬき会は書画しょがたしなむ将軍様のひそかなたのしみであった。

「今年のたぬき会の余興には屁放男へっぴりおとこと児雷也が呼ばれとるんぢゃろう?」

屁放男へっぴりおとこまで言わんでええ」

「ともかく、たぬき会で児雷也、いや、若君が上様に初お目見えするということぢゃ」

 富羅鳥藩の行方知れずの若君があの児雷也だと知れば将軍様はさぞやお喜びになられることであろう。

 いかにも目出度いことである。

 だが、素直に喜べない。

 我蛇丸は複雑な気持ちであった。

「のう?わし等もたぬき会に行きたいのう?」

 ハトが身を乗り出し、我蛇丸とシメを交互に見やる。

「おう、そうぢゃ。聞けば、たぬき会へサギも桔梗屋の奥様もお花様も行くのでおクキどんもお供するそうぢゃわ。わし等ぢゃって行けんものぢゃろうかのう?」

 シメは錦庵へ手伝いに来ているおクキから昼休憩のおしゃべりで色々と聞き出していた。

「う~む、なんとか紛れ込んでみるかのう」

 我蛇丸も若君が将軍様に初お目見えする場に是が非でも立ち会いたい。

「ニャッ」

 にゃん影も当然のように行くつもりらしい。

「どうしたもんぢゃろのう――」

 三人と一匹は一計を案じていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

B29を撃墜する方法。

ゆみすけ
歴史・時代
 いかに、空の要塞を撃ち落とすか、これは、帝都防空隊の血と汗の物語である。

処理中です...