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熊蜂の推理
しおりを挟む「十四年前の秋、富羅鳥城で藩主の鷹也様が毒を盛られて暗殺され、秘宝が盗み出され、側室のお鶴の方と若君の鳶千代様が江戸屋敷から連れ去られた。どれもお鶴の方のお世話役の雁右衛門という爺の仕業さ」
熊蜂姐さんは掠れた艶っぽい声で淡々と語り始めた。
「んぐんぐ」
サギは大福を頬張りながら熱心に頷く。
自分とは関わりのない『富羅鳥城の陰謀』の話として聞いているだけだ。
富羅鳥では年寄りから童まで知らぬ者はない『富羅鳥城の陰謀』であるが、忍びの隠れ里では誰もがこの話題を避けるのでサギは詳しくは知らなかった。
「けどね、雁右衛門はただの使いっ走りさ。ホントの首謀者は誰だと思う?」
またも熊蜂姐さんはもったい付ける。
「ん~、分からんのう」
サギは二個目の大福に手を伸ばす。
「ちったあ考えてから返事をおし。なんで分かんないんだい?頭を使って考えてごらん。お殿様が暗殺されて、秘宝が盗み出されて、お鶴の方と若君が連れ去られた。城から奪われたものをまんまと手に入れたのはいったい誰だい?そいつが首謀者に決まってるだろうが?」
熊蜂姐さんは早口で畳み掛ける。
「んぐ?」
サギは大福を頬張りながら首を傾げる。
「だから、富羅鳥城から奪った秘宝と美しいお鶴の方を手に入れたのは誰だいっていうんだよ?」
熊蜂姐さんは焦れたようにサギに返答を促す。
「んぐ?んぐ?」
サギは右へ左へ首を傾げる。
ちっとも考えが纏まらない。
まだブランデーが効いているのかも知れない。
「大膳だよっ」
熊蜂姐さんは憎々しげに吐き捨てた。
「んぐ――?」
ボタッ。
サギの手から大福が落っこちた。
「ああ、なにしろ、あの大膳って男は戦国の世からの敵の猫魔の娘だろうが、お殿様の側室だろうが、自分の好みの美人には見境なしの色魔なのさ。欲しいものを手に入れるためには手段を選ばぬ鬼畜なんだよっ」
「……」
「雁右衛門はれっきとした武家の出だが孤児で富羅鳥の頭領に拾われてお鴇の父親とは兄弟のように育ったんだよ。その恩義でお鴇にも大膳にも逆らえなかったのさ」
「……」
「そもそも『富羅鳥城の陰謀』が富羅鳥の忍びの自作自演なのさ。藩主の鷹也様と将軍様が十代の若かりし頃から格別に親しかったのを良いことに自分等で鷹也様を毒殺しておきながら、さも忠義ヅラして鷹也様を殺めた真の罪人を突き止めるだのと将軍様に訴えて、富羅鳥の忍びを売り込んで、まんまと将軍様から密命の御沙汰を受けたぢゃないさ」
「……」
「あの極悪非道のお鴇と大膳がすべて仕組んだことさ。鷹也様は真っ当正直な政を尊ぶ方で忍びの出番なんざなかった、富羅鳥の忍びの役目は山の警護だけ、それが気に入らなかったのさ。お鴇は薬草の知識に長けた毒薬作りの名人だからね。鷹也様に盛った毒もお鴇が作ったものに違いないのさ」
「……」
熊蜂姐さんはこれだけのことを一気に捲し立てた。
サギは口を挟むことも出来ない。
実のところ熊蜂姐さんの推理に反論の余地がなく、感心してしまったのだ。
「まあ、当時は小さな童だった若い衆はお鴇と大膳に騙されているとも知らずに一生懸命になって真の罪人を突き止めようとしているんだろうね。いい面の皮さ」
「……」
「ああ、あたしゃ、我蛇丸、いや、玉丸が桔梗屋の若旦那を攫って『金鳥』を取り戻した時にゃ、やっぱりお鴇と大膳に育てられたばかりに人でなしに育ったかと情けなくなっちまったよ。死んだお玉が知ったらどんなに悲しむことかねえ」
「……?」
サギはハタと不審に思った。
「ちょ、ちょいと、熊蜂姐さん?何でそんなことまで知っとるんぢゃ?」
富羅鳥の忍びが草之介を攫って『金鳥』を取り戻したのは事実である。
何故、それを熊蜂姐さんが知っているのか。
世間には草之介が攫われたことは知られていないというのに。
「ま、まさか、間者が?」
「おや?今頃、気付いたかい?そうさ、いるんだよ。間者が」
「だ、誰ぢゃあ?」
「もう、ちったあ頭を使えってのに。ちょいと考えたら分かるだろうさ。元芸妓のあたしと昔から付き合いのあった者といえば?」
熊蜂姐さんは三味線を爪弾く手振りをしてみせた。
「ああっ、小唄のお師匠さんぢゃあっ。お師匠さんが富羅鳥のことを猫魔に流しとったのかっ」
小唄のお師匠さんのお縞は蟒蛇の一族だが、我蛇丸の大伯父である蟒蛇の頭領の錦太郎の孫娘なのだ。
そのお縞がまさか富羅鳥の忍びを裏切っていたとは。
「いっちょまえに諜報だなんて江戸で芸妓に出たのがマズかったねえ。お縞は蟒蛇の娘のくせに酒にゃあ、めっぽう弱くって、酔うと口が軽くなってさ、あたしがお縞を蟒蛇の忍びの娘と見破るまでに三日と掛からなかったねえ」
熊蜂姐さんは得意げにふふんと笑った。
「おまけにお縞は猫魔の忍びの男と深間の仲になっちまってね。それで産まれたのがおマメさ。そうなったら猫魔に付くのが女ってものぢゃないか」
お縞は世間には後家と言っていたが、おマメの父はピンピンしていて、しかも、お縞の小唄の弟子として錦太郎店の裏長屋に堂々と稽古に通っていたという。
お縞は小唄の稽古をしながら富羅鳥の情報を筆談でやり取りしていたのだ。
おマメの父は料理茶屋『大亀屋』の番頭であった。
やはり、玄武一家の営む商家は奉公人もすべて忍びの一族で占めていた。
芸妓の松千代、箱屋のドス吉、女中のおピン、みな忍びの一族なのだ。
一人の忍びを見掛けたら、その陰には百人の忍びが隠れていると言っても過言ではない。
秘密厳守のために周囲を同族の者だけで固めるのが忍びにとって当然のことだからである。
「わ、わしゃ、あんまり色んなことをいっぺんに聞いたもんで頭が疲れてしもうたんぢゃ。帰って寝る――」
サギは立ち上がるとヨロッと足がもつれた。
「ああ、桔梗屋まで送らせるよ」
熊蜂姐さんはポンポンと手を打ってドス吉を呼んだ。
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