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月に叢雲
しおりを挟む「ほら、月がまっぴかりだよ」
熊蜂姐さんは縁側へ立って月を眺めた。
風情を重んじる熊蜂姐さんなのでサギの生い立ちを語るにも、もったい付けるつもりらしい。
「うんっ、大福みたいな月ぢゃっ」
サギは大福を手に持って月に翳し、
「おおっ、アンコの透け具合がちょうど月の模様みたいぢゃ。ほれっ、ほれっ」
大発見のように嬉々として、熊蜂姐さんの目の前に大福を突き出す。
「……」
熊蜂姐さんはサギに風情を求めるのは諦めて大福には目もくれず座敷へ戻った。
「サギ、お前は自分のホントの生い立ちをまだ知りゃしないんだろう?」
床の間の前の脇息に肘を凭れて、足を横に伸ばし、しどけなく座る。
いちいち美人画から抜け出したような身のこなしが習い性になっているのだ。
「うんにゃ、生い立ちなら婆様に聞いたから知っとる。十四年前の秋、わしの母様は富羅鳥山で行き倒れになったんぢゃ。山の夜廻りをしとった父様と兄様に見つけられて、その夜中にわしは産まれたんぢゃ」
サギの産まれた夜の月もまっぴかりであった。
「まあ、そのとおりだけどさ、お前の母親がいったい何者かまでは聞いてやしないんだろう?」
「うんにゃ、聞いとる。母様は旅芸人ぢゃったって」
「そりゃデマカセなのさ」
「デマカセ?」
「そうさ、どうしようかねえ。あたしの口からホントのことを話していいものか。けど、富羅鳥の連中ときたら、いつまでもお前に黙っているもんだから、あたしゃ端から見ていてもイライラしちまってさ」
またも熊蜂姐さんはもったい付ける。
「なんぢゃあ、こっちがイライラするぢゃろうがあ?さっさと話さんかあっ」
サギはせっかちに喚く。
「ああもう、そんなら、お望みどおりにさっさと話しちまうけどね。お前の父親は富羅鳥藩のお殿様、母親はその側室だったのさ」
熊蜂姐さんはホントにさっさと早口に言った。
「わしの父親が富羅鳥のお殿様、母親がその側室?」
サギは呆気に取られた。
(な、なんちゅう下手っぴいな冗談ぢゃ)
(面白うないけど笑うてやらんといかんぢゃろうか?)
(晩ご飯も菓子もたっぷりご馳走になったことぢゃしのう)
熊蜂姐さんは反応を確かめるようにじっとサギの顔を見ている。
「……」
サギには熊蜂姐さんが己れの冗談がウケたか気にしているかのように見えた。
気まずい。
「はははっ、はははっ、わしがお殿様の御子ぢゃと?なんちゅう面白い冗談ぢゃ。はははははっ」
サギはわざとらしく大笑いしてみせる。
まったく棒読みの笑い声ではあるが他人に気を遣うとはサギも江戸へ来てからますます成長したものだ。
「なにが冗談なものかい。ホントなんだよ」
熊蜂姐さんはグッと苛立ちを抑える。
「ぢゃって、お殿様の側室が山奥の忍びの隠れ里なんぞにおる訳がないぢゃろうが?」
サギは大笑いで一応の義理を果たし、やれやれと大福をパクッと口に咥えた。
「んふぃ~」
まだ餅が固くなっておらず、ヤワヤワでモチモチの大福がビロ~ンと伸びる。
「なんでお殿様の側室が山奥の忍びの隠れ里にいたか?それをあたしがこれから話してやろうというんぢゃないか」
熊蜂姐さんは煙草盆から煙管を手に取った。
気取って吹かすだけで煙管は熊蜂姐さんにとっては手持ちのお洒落小物に過ぎない。
「んぐんぐ」
サギは大福を頬張りながら熊蜂姐さんに熱心な顔で頷いてみせた。
これからもいつでも上菓子をご馳走になるつもりなのだ。
そのためなら実年齢五十八歳の婆さんの茶飲み話に付き合ってやるくらいお茶の子さいさいというものだ。
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