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有為転変は世の習い
しおりを挟む一方、その頃、
猫の目のような十一日目の月を望みつつ、
半玉の小梅はいつもの料理茶屋の屋根の上で火消の虎也と密会していた。
月の出からまだ半時足らずで、月は低く屋根越しに見える。
「――なにぃ?あのサギとかいう『くノ一』がそっちに?」
虎也はあからさまに不快げな顔をした。
「ああ、熊蜂姐さんはおマメもサギも我蛇丸もみぃんな猫魔に引き入れるつもりだよ。なんせ猫魔にはロクな働き手がいやしないんだからね」
小梅が嫌みたっぷりに言う。
忍びとして根性の弛みきった虎也に活を入れてやろうと思ってのことだ。
「へっ、お熊婆さん、どういう魂胆なんだか」
虎也は鼻で笑った。
熊蜂姐さんが『金鳥』の金煙で若返ったのは、ほんの四年前でそれなりに婆だった頃も二人はしっかりと覚えている。
ただ、熊蜂姐さんは猫魔の里から江戸へ出てきた時に年齢を二十歳も若く偽ったので世間には三十八歳ということになっている。
当然ながら江戸では虎也と小梅が血を分けた孫だとは隠しているのだ。
「あたしが忍びの猫が錦庵にいたことを熊蜂姐さんにしゃべったせいさ。忍びの猫がいるって聞けば、まあ、分かるぢゃないか」
小梅の思わせ振りな言葉に虎也はハッとした。
「まさか、我蛇丸は猫使いかっ?」
「うん。熊蜂姐さんがそう言ってた。猫使いがいないと忍びの猫にはならないんだってさ」
「ふうん、我蛇丸が猫使いだと分かったとたんに手に入れたくなったって訳か。あの強欲な婆さんらしいな」
「ただ、我蛇丸は自分が猫使いだとは知りゃしないだろうって」
「だがよ、我蛇丸が猫使いなら猫魔の頭領は奴ってことになるんだぜ?小梅、おめえ、それでもいいのかよ?我蛇丸なんざ気に食わねえんぢゃなかったのか?」
「そりゃ我蛇丸なんざ気に食わないさ。けど、猫魔がまた忍びの猫を使って昔の隆盛を取り戻せるんなら有り難いことぢゃないか。猫魔は忍びの猫がいなけりゃ猫魔ぢゃないって言ってたのは虎也だろ?」
小梅は挑発するように半笑いしてみせる。
「……」
虎也は思いっ切り渋面した。
猫魔の一族は猫使いが頭領になるのが定めであるが、お玉も先代の頭領もとっくに亡くなって猫使いがいなくなってしまった。
一応、今のところ猫魔の一族の頭領は猫魔の里にいる熊蜂姐さんの長男の黒松だ。
だが、黒松は母に頭の上がらぬ腰抜けで猫魔の実権は熊蜂姐さんが握っている。
その猫魔の影の頭領というべき熊蜂姐さんが自分をないがしろにして我蛇丸に猫魔を託そうとしているとは。
これほどの屈辱があろうか。
猫魔の若頭として虎也の自尊心はズタズタであった。
「お熊婆さんがそういうつもりなら俺にだって考えがあるからなっ」
虎也は捨て台詞を吐いて屋根からヒラリと裏庭へ飛び下りた。
「考えって何だよ?どっおせ今から考えるんだろ?」
屋根の上で小梅がせせら笑う。
図星であった。
「……っ」
虎也はむかっ腹が立って庭石でも小梅に投げ付けてやりたかったが、避けられるに決まっているし、さらに馬鹿にされるのがオチだ。
(ちくしょうっ、どいつもこいつも気に入らねえっ)
虎也はグッと腹立ちを堪えて料理茶屋の塀の向こうへ飛び去っていった。
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