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甘い罠
しおりを挟む猫、猫、猫、
四畳半の座敷は猫だらけであった。
よくよく見れば、障子の一番下の枠一つの障子紙がペラペラと暖簾のように捲れて猫はそこから好き勝手に出入りしているのだ。
「猫ぢゃ、猫ぢゃ」
サギは草鞋を脱ぎ飛ばして縁側から座敷へ這い上がった。
ニ十匹はいる猫は余所者が乱入しても気にする様子もなくゴロンゴロンと思い思いの姿で寝そべっている。
「こりゃ猫長屋ぢゃっ」
しかも色町だからなのか猫までも毛並みの艶々した美猫揃いだ。
「ほれ、待合い茶屋の裏だからよ。夜な夜な聞こえてくる耳障りな喘ぎ声も猫の鳴き声でかき消せるって訳さ」
「ふうん?」
サギは人懐っこく寄ってきた三毛猫を抱き上げた。
(夜な夜な聞こえてくる耳障りな喘ぎ声?)
(何のことぢゃろ?)
心の内でそう思ったが分かったような顔して黙っている。
男女の交わりも男色の交わりも春画のへんちくりんな格好で絡んだ絵ヅラだけでしかサギの知識にはない。
(もしや、火吹き竹で玉門を吹いて「あっあ~ん」を待合い茶屋でもやるんぢゃろか?)
サギが三毛猫を撫でながらそんな見当違いなことを考えていると、
「猫は好きかい?」
竜胆は足の間をスリスリとすり抜ける猫を邪魔そうにシッシと足で縁側へ追い払った。
まったく猫好きではなさそうだ。
「うん。うちのにゃん影は生意気で憎ったらしいが、他の猫は可愛ええ」
サギの膝の上で三毛猫がゴロゴロと喉を鳴らす。
にゃん影は自分のほうがサギより目上で偉いと思っているので決して甘えたりはしないのだ。
「小梅があちこちから猫を拾ってきちゃあ裏庭に放すもんでよ。増えるわ、増えるわ」
「ほぉ、小梅は猫好きなんぢゃな」
小梅は猫魔の一族として猫とは切っても切れぬ縁なのだが、サギは小梅が猫魔の三姉妹の娘だということすらまだ知らない。
「ちょいと竜胆ぉ?菓子がいっぱいあってさ、お茶が持てないから取りに来とくれ」
小梅の呼ぶ声がして、竜胆は「ほいよ」とヒラリと竹垣を飛び越えていった。
サギは自分も竹垣は軽く飛び越えられるので竜胆の跳躍もさして気に留めない。
(菓子がいっぱい?)
それよりも小梅がどんな菓子をいっぱい持ってくるのか期待にワクワクであった。
「よお、あれ、ホンットに富羅鳥の忍びなのか?拍子抜けするくらいあっさり遊びに来たけどよ」
蜜乃家の台所へ入ると竜胆はごくごく小さな声で囁いた。
「ご苦労さん。ま、サギなら簡単にくっ付いてくると思ったさ」
小梅が顎をしゃくって火鉢の上のチンチンに沸いた鉄瓶を示すと、竜胆は「へいへい」と羽織の袂で覆って熱々の鉄瓶と湯呑みの盆を持った。
年下とはいえ小梅のほうが玄武一家の子分などよりはずっと格上のようだ。
「いいかい?サギがいることはおマメには内緒だからね。こっちに顔を出させんぢゃないよ」
なにやら小梅は悪巧みしているらしい。
美味しい菓子でサギが容易く釣れることは分かっている。
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