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とんだ囮鳥
しおりを挟む「ほれ、飴ぢゃっ」
サギは飴売りが切った半分を竜胆に差し出す。
「へえ、ホントに顔がちゃんとしとる飴もあんだ」
竜胆は珍しげに飴のおかめの顔を見た。
欄干の前に並んで腰を下ろし、飴を舐め舐め、話を聞くと、竜胆は十歳の時に京から江戸の日本橋芳町の陰間茶屋へ売られてきたのだそうだ。
江戸では京言葉のなよなよした陰間が好まれたため陰間になる美少年は京から連れてこられていた。
ところが、江戸へ来たばかりの翌月に明和の大火が起きた。
竜胆は火事の時に窓から飛んで逃げた身軽さを玄武の親分に見込まれて玄武一家の子分になったのだ。
同じく、すばしっこさを買われて子分になったのが屋台の見世物でサクラの客をやっていたあのチンピラだという。
あのチンピラも竜胆と一緒に京から陰間茶屋に売られてきた仲間であった。
「あれが陰間にぃ?」
あのチンピラはどう見ても美少年とは程遠い。
平べったい顔で目がギョロッとして口の大きな見るからにチンピラっぽい容貌だ。
「まあ、なんせ売られてきたのは十歳の時だからよ。そん時ゃまだアイツも可愛かったのさ」
あのチンピラの名はメバルといって、やはり玄武の親分が名付けたのだという。
「メバル?」
竜胆と比べたらあんまりな名付けである。
メバルというと目玉のギョロッとした魚だ。
たんに本人の見た目にピッタリな名を付けているだけなのか。
明和の大火の年に十歳だとすると、竜胆とメバルは十七歳だ。
「のう?お前はどこぞに住んどるんぢゃ?」
サギは玄武一家の子分というのはどういう待遇なのか気になった。
「芳町の待合い茶屋の裏長屋さ。あ、なんなら遊びに来るかい?」
竜胆がスッと立ち上がる。
「うんっ」
サギは二つ返事で竜胆の長屋へ遊びに行くことにした。
この間からお花は刺繍に専念しているのでサギだけ暇なのだ。
「当てられたなら、当ててみなんせ~♪」
浮かれ気分で歩きながら調子外れな唄も出る。
「唄うなや、ボケ」
「うひゃひゃ」
江戸でまた仲良しが増えてサギはご満悦であった。
日本橋の通りをずんずん進んで芳町へ差し掛かると、
「サギ?サギぢゃないかえ?」
半玉の小梅が後ろから追い掛けてきた。
「あ、小梅ぢゃっ」
サギと竜胆はクルッと振り向く。
「あれ、横にいるチンピラは誰かと思えば竜胆かえ」
小梅はつっけんどんに言った。
「なんぢゃ、二人は知り合いか?」
「うん、幼馴染みさ」
同じ芳町で共に玄武一家の芸妓屋と陰間茶屋なのだから幼馴染みでも当然のことか。
「わしゃ今から竜胆の長屋へ遊びに行くんぢゃよ」
「へえ?そんなら、こっちからお入りよ。そんなガラの悪いチンピラと一緒に待合い茶屋の裏木戸から入るなんざ体裁悪いだろ?」
小梅は手前にある扇屋の裏木戸を差した。
この先の角を曲がると待合い茶屋のある路地だが、表通りには小間物屋や紅白粉問屋や扇屋など芸妓衆が相手のお洒落な商家ばかりが並んでいる。
この通りから次の通りまでの一角はすべて玄武一家の敷地で四方にロの字に並んだ商家の裏庭へはどこの裏木戸からも入れるのだという。
「へええ?あ、あっちは蜜乃家のある通りぢゃなっ」
待合い茶屋と蜜乃家は裏長屋を挟んで背中合わせに建っていた。
この表通りに建ち並んだ商家の立派な店構えを見ただけでも玄武一家の勢力は相当なものだ。
「あたしも一緒に遊ぼっと。もう小唄の稽古も行けやしないんで暇なんさ」
小唄のお師匠さんの娘のおマメが蜜乃家に家出してきたもので小梅はもう小唄の稽古には通えぬらしい。
三人は扇屋の裏木戸から裏長屋の裏庭へ入った。
ニャア、ミャ~、ナオォ、
裏長屋の裏庭には猫が何匹もいた。
トラ、キジ、ブチ、ミケと毛色は様々だ。
「ほら、こっちが蜜乃家の裏庭さ」
小梅が竹垣の向こうを指差す。
どこの商家の裏庭とも竹垣で仕切られているだけで折戸もあるので出入りが出来る。
サギが肩ほどの高さの竹垣から首を伸ばして見ると、
「――あ、おマメぢゃ」
ペペン♪
ペン♪
蜜乃家の裏庭に面した座敷ではおマメが舞扇を手に踊りの稽古をしている。
三味線を弾いているのは女中のおピンだ。
「へええ」
サギはなかなか優雅なおマメの姿に感心する。
おマメは朝から晩まで豪華絢爛な振り袖を着て過ごし、踊りやお茶の稽古をするうちにすっかり淑やかな所作が身に付いたようだ。
「あたし、オヤツ持ってくるよ」
小梅は竹垣の折戸を開けて蜜乃家の裏庭から台所の水口へ入っていった。
「ほおぉ、二階建ての裏長屋とは豪勢ぢゃの」
サギは裏長屋の二階を見上げた。
「ああ、二階建てでなきゃ待合い茶屋の二階の窓からこっちの裏庭が丸見えになっちまうだろ。ほれ、ここが俺の住まい」
竜胆は八軒長屋の一番端っこの一軒の縁側の障子をスタンと開ける。
「――おっ?」
サギはその座敷の中を見て目を丸くした。
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