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花競べ
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お花、サギ、おクキの三人は日本橋本町の鈴木越後で日本一高い羊羮を買い求めて店を出たところである。
「ここの菓子屋はつまらんのう」
サギは不興げに下唇を突き出す。
鈴木越後は注文すると手代が桐箱に収まった羊羮を出してきただけで面白くも何ともなかった。
「カスティラや粟餅のようにこしらえる様を見たいんぢゃあ。屋台の串団子や焼きイカや天麩羅だって客の目の前でこしらえるぢゃろ?あれがええんぢゃ」
サギは出来上がりをワクワクして待つのが好きなのだ。
「だって、日本一高い羊羮だもの。製法は見せられん秘伝に決まっとるわな」
「へえ、ほんに。それでなきゃ真似されて日本一高い羊羮だらけになってしまいますわいなあ」
「む~ん、それもそうぢゃな」
しゃべっているうちに日本橋芳町へやってきた。
「はあぁ、足がパンパンだわな」
高さ五寸(約15㎝)もある重たいぽっくりを履いたお花には買い物でもちょっとした鍛練だ。
日本橋は広いので行ったり来たりでずいぶんと歩いた。
「蜜乃家さんならこの通りを右手に曲がった先にごぜえますがな」
芳町の木戸番に蜜乃家までの道を尋ねた。
町ごとにある番小屋で尋ねたら初めての家でも迷うことなく辿り着ける。
それでなくとも明和の大火の焼け野原から復興して新しく建った家しかないので町並みはどこもかしこも整然としている。
「ここが蜜乃家ぢゃなっ」
芳町で勢力を誇る玄武一家の威光でさすがに蜜乃家は周りのどの家よりも一際、立派であった。
軒に提げた提灯も薄紅のぼかしで、芸妓屋らしく色っぽい風情を醸している。
「頼もう~」
サギはお決まりの挨拶をしたが、「頼もうぢゃないわな」とお花にグイッと脇に押し退けられた。
「ご免下さりまし」
お花はいつにも増して鈴を転がすような美声を響かせる。
「へえい」
玄関へ出てきたのは女中のおピンだ。
「ほえっ?桔梗屋のお嬢さんっ?」
おピンは戸を開けるなりお花を見てビックリ顔をする。
評判の小町娘のお花の顔はおピンでも知っていた。
今しがた熊蜂姐さんと玄武の親分とでさんざん馬鹿呼ばわりしていた草之介の妹が抜き打ちにやってきたのだからビックリするのも無理はない。
「わし等は家出したおマメを励ましに来たんぢゃっ」
サギはそのまんまの用件をおピンに伝えた。
「どうぞ、お上がりなすって」
おピンが熊蜂姐さんに取り次いで、三人は茶の間へ案内される。
おクキはお供の女中なので遠慮したが、「付き添いの控え間なんざござんせんよ」とおピンに一笑された。
「小梅はおらんのかあ?」
サギがおピンに訊ねる。
小梅が桔梗屋へ遊びに来ていたことは蜜乃家に内緒であろうが、錦庵には松千代と通っていたのでサギと仲良しなのは知られても構わぬだろうと思った。
「へえ、みなさん、もうお座敷へお出掛けにござんすよ」
茶の間へ入ると正座しているおマメがいた。
「……」
おマメはとっくに玄武の親分は帰っていったというのに気付かずに死んだふりを続けていた。
三人にはおマメがおとなしく伏せ目にしているようにしか見えなかった。
「おお?おマメ、見違えたのう」
「おやまあ」
普段のおマメを知っているサギとおクキは豪華絢爛な振り袖姿のおマメに目を見張った。
「あぁ――」
おマメの豪華絢爛な振り袖を見てお花は(負けた)と思った。
お花が着てきたのは普段のお出掛けの振り袖である。
縮緬二枚重ね、地は花葡萄、古代蝶の散らし、長襦袢は鴇色縮緬、帯は白茶鶯茶綴錦廣東縞に蝶模様だ。
あんまり良い着物だと芸妓に張り合っているようでみっともないと思って普段の振り袖を選んだのだが、おマメの着ている豪華絢爛な振り袖と比べたら格段に見劣りする。
一番上等の金の|刺繍の孔雀模様の豪華絢爛な振り袖を着てこなかったことが堪らなく悔やまれる。
それでもお花は振り袖を着慣れているだけに優雅に長い袂を膝の上に重ね合わせて淑やかに座った。
「ほお~」
サギは座りもせず物珍しげに茶の間をキョロキョロと見廻した。
すぐに目に留まったのは縁起棚だ。
「こ、これは――っ」
サギは金ピカの置物に目を凝らす。
男根を型どった金ピカの置物である。
昔はこれも縁起物として年の市などで売られていて当たり前に縁起棚に飾られていた。
こけしのように細長い置物なので玄武の親分の巨体が座った振動くらいですぐに倒れるのだ。
「ん?これは何ぢゃ?」
次にサギは縁起棚にぶら下がった祝儀袋の束に目を留めた。
天紅の祝儀袋に糸を通して千羽鶴のように連なっている。
「それは芸妓のお座敷の玉代の入ってた祝儀袋でござんすよ。祝儀袋が多いほど売れっ子という訳にござんす」
おピンが蜂蜜、松千代、小梅それぞれの祝儀袋の束を差し示す。
売れっ子の蜂蜜が意外にも少ないのは草之介が行方知れずの間はお座敷を休んでいたからだ。
(まあ、芸妓になるとこんな分かりやすく優劣を見せ付けられてしまうんだわな)
お花は祝儀袋の束を見て怖じけ付いた。
もし、自分の祝儀袋が少なくスカスカだったらと思うと想像しただけでも居たたまれない。
そこへ、
「お待たせしてご勘弁なすって――」
熊蜂姐さんがしゃなりと茶の間へ入ってきた。
客が桔梗屋のお花とおピンに聞いて、わざわざ良い着物に着替えて化粧を直してきたのだ。
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