161 / 312
やかましい
しおりを挟む(――あっ?にゃん影?)
窓から覗いているサギがハッとして見やると、
にゃん影は黒いつむじ風のように車座の若侍八人の周りをグルグルと走り廻っている。
若侍八人の背後の料理の膳から刺身が一切れずつ消えていく。
盗み食いだ。
(にゃん影め、上手いことしおって)
サギは呆気に取られた。
(そうぢゃっ。アヤツは元々、人の食い物を盗み食いする泥棒猫ぢゃった)
サギはにゃん影に今までオヤツをやらなかったことを一時でも反省してしまったことを悔やんだ。
(どれ、わしもご相伴に預かろうかの)
にゃん影に倣ってサギも窓からヒラリと座敷の中へ飛び下りる。
若侍八人は吉原細見を熱心に覗き込んでいて、まるでサギに気付かない。
にゃん影の後に付いて若侍八人の背後をサササーッと素早く這い廻りながら、ちょいちょいと料理を盗み食いしていく。
(んふぃ、こりゃ美味いっ)
サギは若侍八人の周りをグルグルと這い廻った。
どの料理も八人分から一つずつ摘まんでいるので見た目にはそれほど分からない。
「まあまあ、昼買いならば安くお得でござろう」
「一番安いと廻し部屋にござるが――」
貧乏旗本の習い性か、奢りの吉原遊びだというのに予算を気にしてしまう。
吉原の妓楼では登楼三会目でようやく床入りになるので三会は登楼しなくてはならない。
遊女は気に入らぬ客を振ることも出来るので床入りは遊女に気に入られたらである。
「それがしの口から申し上げるのも如何なものかとは存じまするが、廻し部屋は御免 蒙りたく、是が非でも部屋持ちを願いまする」
「実にご尤も」
部屋持ちは自分の客間を持っている高級遊女で、自分の客間を持たない下級遊女は廻し部屋という他の客と屏風一枚を隔てただけで何組もの寝床がズラーッと並んでいるような大部屋である。
しかし、吉原でも一番安いのは羅生門河岸と呼ばれる場所にある切見世であった。
切見世は細い路地に長屋が何軒も並び、一軒一軒がたった二畳の座敷に寝床が敷かれて、最下級の遊女はたったの百文ぽっきり。
一ト切(約十分)という安い、早い、の手軽さで人気の遊女の長屋の軒先は順番待ちの大行列であったという。
「それでは、妓楼は金屋、昼買いで三会、部屋持ちということで異存なきかと存じまする」
さすがに勘定見習いというお役目だけにサラサラと得意の筆算で八人で妓楼は金屋、三会登楼、部屋持ちの遊女という吉原遊びの予算がまとまった。
かなりな金額である。
勘定見習い三人はたとえ嫁にと申し込んだところで禄が少ないがために婿に選ばれぬのは分かりきっている。
それで持参金のお福分けを提案したのであろう。
勘定見習いというお役目だけに計算高いのだ。
申し込んで選ばれるとしたら五百石の小納戸三人のうちの誰かに違いない。
それと後ろ姿の一人、黙して語らぬ若侍の禄が幾らであるかだが、
(――あれ?)
サギは盗み食いしながら八木の背に隠れて、手前の若侍の顔を見やった。
たしかに見覚えがある。
(あっ、美男侍のお供の若侍ぢゃっ)
若侍は美男侍のお供の若侍であった。
サギがピョンピョンと飛び跳ねていた時に(天狗か?)と怪しんでいた若侍だ。
この若侍は名を蝶谷長太郎といい、家は千石以上の上級旗本であった。
しかし、見合いで嫁を望むつもりはなさそうだ。
実は蝶谷は仲人から「どうせなら八人にしたほうが末広がりで縁起が良い」というだけの理由で見合いに参加するよう命じられたに過ぎなかった。
先日は美男侍の美男っぷりにかすんで分からなかったが、こうして十人並みの勘定見習い三人と並んでいると結構な美男の若侍だ。
(ほお~)
サギはついうっかりと蝶谷の顔をまじまじと見てしまった。
「……?」
視線を感じた蝶谷が顔を上げて八木と猪野が並んだ隙間から覗いているサギと目が合った。
(ヤバいっ)
サギはピュンと車座の若侍八人の頭上を飛び越えて窓から逃げ出す。
(サ、サギ殿っ?)
八木が尻尾のようなサギの黒髪が窓を一直線に落ちていくのをビックリとして見た。
「い、今のはっ?」
蝶谷が驚いて窓を振り返る。
「猫っ、猫でござるぅぅ」
八木は慌てて床の間で置物のように澄ましているにゃん影を指差した。
「おお、福を招く黒猫とは縁起が良い」
動物好きらしい小納戸の馬場がにゃん影を抱き上げた。
日本では昔から黒猫は縁起の良い福猫である。
八木と蝶谷以外はサギが頭上を飛び越えていったことすら気付いていないようだ。
(窓から逃げたのは、いったい――?)
蝶谷はまだ怪しむように窓から外を見たが、サギはとっくに浮世小路を後にしていた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
出撃!特殊戦略潜水艦隊
ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。
大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。
戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。
潜水空母 伊号第400型潜水艦〜4隻。
広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。
一度書いてみたかったIF戦記物。
この機会に挑戦してみます。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
架空戦記 旭日旗の元に
葉山宗次郎
歴史・時代
国力で遙かに勝るアメリカを相手にするべく日本は様々な手を打ってきた。各地で善戦してきたが、国力の差の前には敗退を重ねる。
そして決戦と挑んだマリアナ沖海戦に敗北。日本は終わりかと思われた。
だが、それでも起死回生のチャンスを、日本を存続させるために男達は奮闘する。
カクヨムでも投稿しています
日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!
明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。
当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。
ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。
空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。
空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。
日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。
この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。
共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。
その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる