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男八人寄れば
しおりを挟む「それがしはぁ見合いの娘御を見るまでもなくぅ嫁に申し込むつもりはござらんぅぅ」
八木はあくまでも上役からの命令でいやいやながら見合いに参加するだけだ。
「ふむ、面喰いの八木殿はさもありなん」
「あいや、待たれい。なにも見合いの娘御が不器量と決まった訳ではあるまい?」
「持参金二百両となれば不器量に相違ござらんぅぅ」
「ううむ、『百聞は一見に如かず』。まずは見合いで娘御殿を拝見してみんことには――」
お毒見係の猪野と山鹿は再婚だけに見合いに乗り気なようだ。
今はお毒見係ではないので、正しくは元お毒見係の小納戸である。
「それがしの家は倹約して蝋燭など滅多に使わぬゆえ不器量でも差し支えはござらん」
「左様。暗ければ美人も不美人も同じこと」
「そもそも武士の嫁は良妻賢母でさえあれば器量など二の次、三の次でござる」
勘定見習い三人はムキになる。
ちなみに蝋燭は百目蝋燭で一本二百文もする贅沢品。
百目は百匁で蝋燭は一匁がおよそ小半時(約三十分)で燃え尽きる量である。
サギのオヤツ換算でいうと二百文は粟餅五十個分だ。
それほど高価な蝋燭は富裕層のもので提灯も豪商、上級武士、その客相手の高級茶屋が使うくらいなものであった。
「いやぁぁ、嫁を明るい日中に見ぬものではなしぃ、やはり美人の嫁でないと張り合いがござらんぅぅ」
八木はなにがなんでも嫁は美人でなければイヤなのだ。
「しかし、考えてもご覧なされ。二百両あれば吉原で美しい花魁と何べん遊べると思いまする?」
やにわに勘定見習い一人が料理の膳を後ろに除け、身を乗り出すと懐から本を取り出し、シュタッと畳の上に置いた。
『吉原細見』だ。
吉原遊郭で遊ぶための引手茶屋や花魁や揚代を紹介した案内書である。
「そこもと方に申し入れたき儀がござるっ」
吉原細見を出した勘定見習いが改まって口を切った。
「その儀とは如何に?」
みなが勘定見習いに注目する。
「こたびの見合いで目出度く婿に選ばれし者は持参金二百両のお福分けとして、みなに吉原遊びを振る舞うというのは如何にござろう?」
窓から覗いているサギには見えぬが、後ろ姿の勘定見習いは鼻の穴を膨らませて得意満面だ。
「それは一興にござる」
「なるほど、お福分けとはご名案」
「さすれば誰が婿に選ばれても恨みっこなし、まことに祝着至極、万々歳と相成りまする」
「その儀、承知 仕ったぁぁ」
若侍八人は全員一致で婿に選ばれて持参金二百両を手に入れた者が他の七人に吉原遊びを奢ることに決まった。
(――へっ?八木のメエさんも吉原遊びに行くつもりか?)
サギは意外に思ったが、ヌ~ボ~とした八木とても若い男子なのだから仕方ない。
「いざっ」
さっそく、他の若侍七人も料理の膳を背後に除け、寄り集まって車座になった。
真ん中に吉原細見を開いて、八人で覗き込みながら吉原遊びの相談を始める。
熱心にしゃべっているのは後ろ姿の勘定見習い三人ばかりだ。
「浅草からずうっと奥まった、辺り一帯、畑に囲まれたところが新吉原。なんとも辺鄙な場所にござる」
「まったく、吉原は不便な土地。それがしは恥ずかしながら近場の岡場所しか行ったことはござらぬゆえ」
「しかし、幕府公認の遊郭といえば吉原の他にはござらん」
「左様。我々、幕臣たるもの、幕府の公許遊郭である吉原へ参るのが筋かと存じまする」
「吉原遊びなど一生に一度きりになるやも知れぬゆえ豪勢に然るべき妓楼にて願いまする」
「我々は昼しか吉原には行けぬゆえ昼買いではさして豪勢という訳にも相成らんが――」
幕臣は夜五つ(午後十時頃)には家に戻っていなくてはならず外泊も許されぬゆえ吉原でお泊まりもままならぬ。
吉原の妓楼には細かい時間割りがあり、夜なら客の登楼が夜四つ(午後八時頃)、床入りが夜五つ(午後十時頃)で、客は翌日の朝四つ(午前五時頃)に帰るのが決まりである。
そんな訳で武士は吉原の妓楼では昼しか遊ぶことが出来なかった。
逆に夜の吉原は武士がいないおかげで町人の天国である。
高級な妓楼の客は日本橋辺りの大店の旦那衆がほとんどだ。
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