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欲には目見えず
しおりを挟む(――あれ?なんぢゃ、八木のメエさんぢゃ)
料理屋の座敷にはお庭番の八木、お毒見係の小納戸の三人、他に四人の侍が料理の膳を前に座っていた。
お毒見係の三人が錦庵で挨拶を終えてから料理屋へ来ているところを見るとサギはずいぶん長々と裏木戸の前でうなだれていたらしい。
他の四人はサギからは後ろ姿しか見えぬが、やはり若侍のようだ。
「我々八人、共に見合いに向かい合う同志ぃ、今日はざっくばらんに無礼講に願いまするぅぅ」
この会合の幹事らしき八木が盃を挙げた。
将軍樣の密偵であるお庭番の八木は諜報活動の一環として他の幕臣との付き合いも大事なお役目のうちだ。
「しかし、浮世小路の料理屋とは豪勢なものにござる」
「いや、まったく」
若侍等は高級料理屋にまるで不慣れな様子でかしこまっている。
「ここは見合いの仲人様からのご馳走にござるゆえ遠慮には及びませぬぅぅ」
八木はどんどんと酒を勧める。
勿論、酒は御免酒と呼ばれた江戸幕府の公用酒である名酒『男山』だ。
仲人はこの会合に自分は同席せずに若侍だけで気楽に飲み食いさせてやろうとは、なかなか気配りのある人物ではないか。
依頼された見合いが目出度くまとまると仲人は持参金の一割を受け取るのが定まりである。
「う~ん、美味い。やはり、安酒とは違いまするな」
みな滅多に飲めぬ名酒に舌鼓を打つ。
この時代の安酒は水で半分くらい薄められていたのだ。
「持参金二百両の娘御殿とはなんとも豪気にござる。見合いの先方はよほど身分の高い武家にござろうか?」
「直参武士の娘御殿というより他には聞かされておりませぬゆえぇ、皆目見当も付き兼ねまするぅぅ」
八木は酒は飲まぬが飲んだ振りをする。
「聞き及ぶところによると、どうやら見合いの先方は婿には五百石以上をお望みだとか」
「なんと、それがしは百石でござるぅぅ」
小十人格お庭番の八木は百石。
だが、八木は父もまだ現役の両番格お庭番で二百石なので父子で合わせて三百石になる。
「それがしも百石」
「同じく」
「同じく」
後ろ姿の三人も百石。
三人の役職は勘定見習いである。
この三人はいかにも貧乏旗本で『百俵六人泣き暮らし』の口だ。
「……」
後ろ姿の一人は黙して語らず。
「それがしは五百石」
「同じく」
「同じく」
小納戸の三人は同役で五百石。
お目見え以上の旗本といえど五百石以上でなければ借金だらけの貧乏旗本がほとんどだ。
白見根太郎が五百石以上の武家に娘を嫁がせたいのも無理からぬことで五百石でどうにか倹しく暮らせるという程度の禄なのである。
武士は一人で外出がまかりならぬゆえ槍持ちと草履取りのお供二人は雇わなくてはならず、下男、下女も雇わなくてはならない。
武家としての体面を保つために出費がやたらに多いのだ。
五百石以下では内職しても家族と使用人を養うだけで精一杯なのである。
実際に二、三百石で借金のために娘を吉原に売った旗本さえあったという。
「この際、『武士は食わねど高楊枝』などと気取ってばかりはおられん。持参金二百両となれば是非もない。それがしは見合いの娘御殿のご尊顔を拝すまでもなく我が嫁にと申し込む所存にござるっ」
後ろ姿の若侍が甚だしく欲の皮を突っ張らかした宣言をすると、
「それがしも申し込む所存っ」
「それがしも同じくっ」
両脇の若侍も鼻息荒く賛同した。
持参金二百両を目当てにまだ見合いの武家娘の顔を見もせぬうちから嫁に貰う気満々だ。
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