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目で目は見えぬ
しおりを挟むまったくもって錦庵から桔梗屋は目と鼻の先であった。
浮世小路を出て通りを右に曲がり真っ直ぐに五軒先へ行った向かいがもう桔梗屋である。
桔梗屋は十字路の角にあるのでよく目立つ。
「にゃん影、今日からここがお前の住まいぢゃぞっ」
サギが桔梗屋の裏木戸を開けると、
「――てっ」
にゃん影がサギの頭を蹴って飛び上がった。
「あっ、にゃん影っ?どこへ行くんぢゃっ?」
ヒュンと飛んでいく黒い影を目で追ったが、あっという間に塀の向こうへ消えてしまう。
(――やっぱり、わしはにゃん影に嫌われとるんぢゃ)
今更ながらヒシヒシとそう感じた。
にゃん影に嫌われる理由で思い当たることは山ほどある。
サギはかつて我蛇丸に叱られたことを思い出した。
それは三年前。
富羅鳥山の峠の茶屋でサギが両手に串団子を持ってモリモリと頬張っていた時のこと。
「こら、サギ。なんでお前はいつもいつも自分ばかりオヤツを食うて、にゃん影に何もやらん?」
我蛇丸が縁台の前に立ち塞がり、怖い顔でサギを睨み付けた。
「ぢゃって、にゃん影は団子は食わんぢゃろ?」
サギは叱られるのに慣れっこなので、へっちゃらでモグモグと食べ続ける。
「団子は食わんでもお前がオヤツを食う時にはにゃん影にも煮干しなり鰹節なりやるもんぢゃ。自分だけ美味いもんを食うて見せびらかして、にゃん影の気持ちになってみんか」
そう懇々と諭されたのにも拘わらず、サギはそれからも微塵も反省の色なく、いつでも自分だけオヤツを貪り食っていた。
江戸へ来てから桔梗屋の小僧等との付き合いで少しは学んだサギであるが、富羅鳥山にいた頃は当たり前のように自分だけオヤツを食べてにゃん影に見せびらかしていたのだ。
これが逆の立場ならサギは自分にオヤツをくれずに見せびらかして食うような根性悪は決して許さぬであろう。
(うくぅ、にゃん影に嫌われるのも当然ぢゃ)
(ぢゃが、にゃん影は忍びの猫としてお役目を果たすべく嫌いなわしの文もちゃんと届けてくれたんぢゃ)
(にゃん影、さすがに忍びの猫ぢゃ)
まだまだ自分は忍びとしてにゃん影以下だ。
(うくぅ)
サギが臍を噛む思いで裏木戸の前でうなだれていると、
ヒュン。
草鞋の足元の地べたに映った影が走った。
「――むん?」
見上げると黒い影がサギの頭上を通過して隣家の屋根へ飛び移った。
(にゃん影っ)
思わずサギも屋根にピョンと飛び上がる。
黒い影は屋根から屋根へとヒュンヒュンと飛んで、商家の二階の開いた丸窓へヒュンと飛び込んだ。
にゃん影が入っていったのは浮世小路にある蓮月という料理屋の二階の座敷だ。
(にゃん影めが、勝手に知らん店の座敷へ入ったらいかんぢゃろうがっ)
サギも屋根から屋根へとピョンピョンと蓮月の屋根へ飛んでいくと、にゃん影が入った二階の座敷を覗き込んだ。
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