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時人待たず
しおりを挟むサギが浮世小路から通りに出て、桔梗屋のある右手へ曲がると、
「サギ殿ぉぉ?」
ふいに背後から声を掛けられた。
振り返らずとも特徴ある震え声ですぐに誰だか分かる。
「お、八木殿ぉぉ?」
気安げに口真似しつつ振り返ってサギはハッとした。
八木と並んで三人の若侍が立っている。
いずれも眼光鋭くキリリと引き締まった顔付きで、ヌ~ボ~と締まりのない寝惚け面の八木と違って武士らしい気迫に満ちている。
「富羅鳥のサギ殿にござるぅぅ」
八木は三人の若侍にサギを紹介した。
「ははっ、サギと申しまする」
サギは慌ててペコリとする。
「おお、上様よりお噂は予々。それがしは幕臣、猪野一之進。何卒、宜しく願い上げ奉りまする」
「同じく山鹿元二郎。お目に掛かれて光栄に存じまする」
「同じく馬場馬三郎。何卒、お見知りおき下され」
三人はテキパキと簡潔に自己紹介した。
「サギ殿、実はこちらのお三方は例のお毒見係のぉぉ――」
八木はヒソッと声を潜めて三人の身分を明かす。
「へええ?」
サギは意外そうに三人を順々に見比べた。
とても十年余りも幻薬で呆けていたとは思えぬ聡明な面差し、しっかと鍛えられた体躯、文武両道の見本のような清々しい若侍だ。
「ご承知のとおり『アレ』を吸うて若返ってしまわれたゆえぇぇ、上様がこの際、お三方も若侍ということにして見合いに参加するようにと格別のお取り計らいなのでござるぅぅ」
なんと、見合いをする若侍八人のうちにお毒見係の三人も入っているのだ。
三人の実年齢は一番若い馬場で三十四歳、年長の猪野で四十三歳であるが、金煙を吸って十歳から十五歳ほども若返ってしまったのだから、この際、若侍ということにしても仕方ない。
三人は十年から十四年も幻薬で呆けていた年月がポッカリと空白で、猪野と山鹿は自分の知らぬ間に親同士の話し合いで妻とは離縁となっており、馬場は妻も持てなかったので失った年月をこれから取り戻していかねばならぬのだ。
三人はようやく落ち着いて元の役職に復帰し、今日は錦庵へ御礼の挨拶に行くというので八木が案内してきたのであった。
「このように常と変わらぬ平穏な日々を過ごすことが叶いまするも、ひとえに富羅鳥の皆様方のひとかたならぬご尽力とご温情の賜物にござりまする。厚く御礼申し上げ奉ります」
「まことに有り難く感謝を申し上げ奉ります」
「重ね重ね御礼申し上げ奉ります」
三人はかしこまってサギにまで頭を下げた。
「ははあ、ご丁寧に畏れ入りゃ、奉りまする」
サギはどうにか「畏れ入谷の鬼子母神」と言わずに持ち堪えたが舌を噛みそうな挨拶に辟易とする。
「然らば、御免 蒙って――」
三人はまた一礼し、錦庵へ向かって浮世小路へ曲がっていった。
(ふへえ、堅苦しいのう)
サギはやれやれと吐息して八木に見返ってギョッとした。
「にゃっん影っ?」
八木の肩の上に忍びの猫にゃん影がちょこんと顔を出しているではないか。
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