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猫の目
しおりを挟む「にゃん影、これを八木殿に渡しとくれ」
サギはにゃん影の緋鹿子の首輪を外し、筒縫いの中に細長く折り畳んだ文を差し込み、また首輪を結び付けた。
「にゃん影?分かったらニャッと返事せんかい。ニャッと」
サギはにゃん影の両耳を摘まんで猫の目を睨み付けながら言ったが返事はない。
「ちえっ、小癪なっ」
やはり、にゃん影はサギのことは自分よりも目下に見ているようだ。
ヒュン。
にゃん影はまた塀の向こうへ飛んでいった。
すると、
「ひゃっ」
塀の向こうで誰かの叫び声がした。
「何っ?今の?なんか黒いもんが飛んでったけどっ?」
「あ、小梅っ」
裏木戸から慌てて入ってきたのは小梅だ。
「あれ、サギ?こっちに帰ったのかい?」
「うんにゃ、ちょいと用があったんぢゃ」
「今の黒いの何?あたしの頭の上をかすめて飛んでったんだよ」
「ああ、うちの黒猫ぢゃよ」
「え?ここんち猫なんかいたの?鳩を飼ってんのに?」
小梅は裏庭の鳩小屋を見やる。
「にゃん影は賢いからの、鳩を襲ったりなんぞせんのぢゃ」
サギはついペラペラとしゃべった。
小梅が猫魔の一族とは知らぬゆえ、小梅が忍びの猫というものを知っているとは思ってもみなかった。
だが、
「へえ、そうなんだ」
小梅はすぐにピンと来た。
黒猫でにゃん影なんて名からして怪しい。
忍びの猫に違いない。
錦庵に忍びの猫がいたとは。
「あ、そうそ、ほらっ、おマメちゃんに簪をやるって約束したから持ってきたのさ」
小梅は敢えて黒猫に興味を示さずに巾着袋から赤瑪瑙の簪が入った桐箱を取り出した。
「わあっ、ホントに貰っていいのっ?」
おマメは今まで誰にも見せたことのない弾けた笑みを見せる。
「ああ、勿論さ。こないだ『あたしも松千代姐さんみたいな赤瑪瑙の簪が欲しいなあ』ってお座敷でポロッと言ったら、あちこちから赤瑪瑙の簪を貰ってさ、もう八本もあるんだもん」
売れっ子の半玉はポロッと欲しいものを言うだけで贔屓の旦那衆がご用聞きのようにホイホイと持ってきてくれるらしい。
「わあぁ」
おマメは桐箱を開け、赤瑪瑙の簪に目を輝かせた。
小梅のような売れっ子の半玉になりたいという憧れが胸にムクムクと膨らんでいく。
「そいぢゃ、小梅、今度は羽衣屋の餡ころ餅が欲しいとお座敷でポロッと言うとくれ。わしゃ、餡ころ餅が食べたいんぢゃっ」
サギは赤瑪瑙の簪なんてつまらぬものより餡ころ餅だ。
「うん、ポロッと言っとく。そいぢゃ、あたし、湯屋へ行く途中だから」
小梅はさっさと裏木戸を出ていった。
日本橋の通りを知らず知らずに躍り足で歩いていく。
てっきり忍びの猫は富羅鳥山の忍びの隠れ里にいるものとばかり思っていた。
(こんなすぐ近くに忍びの猫がいたなんて)
猫魔の忍びの頭領の娘である母のお三毛から話を聞いていただけで一度も忍びの猫を見たことがなかったのでワクワクと胸が高鳴る。
ヒュンと黒い影が通ったようにしか見えぬと聞いていたがそのとおりであった。
(元々は忍びの猫は猫魔のものなんだ)
小梅の目が猫の目のように爛々と光った。
取られたものは取り返さなくてはならない。
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