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一石二鳥
しおりを挟む「なあ?ところで、直参武士って何なんだえ?戯作にも小町娘の恋する若侍が直参武士と書いてあるけど、どのくらい偉いんだえ?」
お花は今更な疑問を投げ掛けた。
「えぇぇ?」
そこから説明せねばならぬのかと八木は唖然とする。
「じ、直参武士とはお城で将軍様にお仕えする武士にござるぅぅ」
武士が無駄にゴロゴロと余っているご時世に幕府の役職に就いているだけでも羨望の的ということをお花はまるで分かっていないのだ。
「ふうん、お侍さんはお城でどんなお役目をなさっておられるんだえ?」
お花は今更に八木の役職を訊ねた。
「八木殿はお庭番ぢゃ。お城の庭掃除ぢゃな」
サギはケロッと言った。
お花にはお庭番が将軍様の直属の密偵とは知る訳もない。
身分でいえば八木はお庭番では小十人格お庭番で、お目見え以上の旗本なのだ。
「サギ殿ぉぉ?お庭番のお役目は庭掃除ではござらんぅぅ」
八木は庭掃除と言われて不満げだ。
「へ?ぢゃって、先にシメが草むしりって言うとったんぢゃ」
「それはぁ、たしかに庭掃除は致すもののぉ、お庭番の日頃のお役目はお庭の警備にござるぅぅ。庭掃除は警備がてら致しておるだけのことでござるぅぅ」
どうやら警備のためにお庭をただウロウロしているのも無駄なので庭掃除をするようになったらしい。
将軍様から賜る密命がなければ特に仕事はないのだから仕方ない。
「ふうん」
お花は(やっぱり庭掃除だわな)と思ったが黙っていた。
昨日から普段のくだけた調子で八木としゃべっているお花であるが、一応、お武家様にご無礼なことを言ってはいけないかと遠慮したのである。
「なあ?それで、見合いの芝居見物はいつなんだえ?」
お花は好奇心いっぱいに訊ねた。
「あっ、お花、さては見合いを覗きに行きたいんぢゃろ?」
サギは即座に察した。
「だって、見合いってどんなか気になるもの」
とにかくお花は物見高いのだ。
「そいぢゃ、わしも行くっ。せっかく江戸へ来たのにまだ芝居見物もしとらんから一石二鳥ぢゃっ」
サギも行く気満々だ。
「うぅぅむぅぅ」
八木の眉間にみるみると皺が寄った。
小町娘と評判の美しいお花と静かに澄ましてさえいれば美しいサギが揃って同じ芝居見物に来ては見合い相手の武家娘によほど気の毒ではなかろうかと思った。
武家娘といえば不器量に決まっていると言われるほど武家娘は不器量なものなのだ。
しかも、その武家娘は二百両の持参金付きだと仲人が特に強調していた。
ますます不器量であることは疑う余地がない。
だが、しかし、貸し切りではないので誰が芝居見物に来ても構わぬのだから自分が反対する立場ではないのだ。
そもそも見合いの話を軽々しくしゃべったのが悪い。
「芝居見物は中村座にござるぅぅ。日取りはぁぁ――」
八木は見合いの日取りと場所を明かした。
見合いの見物席は桟敷の二軒目で武家娘は西桟敷、幕臣八人はその真向かいの東桟敷だという。
「そいぢゃ、あたし等は真ん中の平土間の枡席を取ればええわな」
お花は今まで桔梗屋の金の力にものを言わせてどんな見物席でも手に入れてきたので今度もそうするつもりであろう。
「うわぃ、芝居見物ぢゃあっ」
サギは初めての芝居見物にワクワクであった。
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