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お茶を濁す
しおりを挟む一方、
裏庭に面した座敷では、
「ちょいとぉ、なんでみんな台所へ行ったきり戻ってこないのさ」
小梅が餡ころ餅を前にイライラとお茶を待っていた。
待てど暮らせど、お茶が来やしない。
「もぉっ、お茶がないと餡ころ餅は喉に詰まっちまうんだよっ」
こうなれば自分も台所に行ってみるしかないと廊下へ出ると、
間が悪く、お葉が台所から戻ってきて、廊下の角を曲がったところへ鉢合わせた。
「――あ、お邪魔を致しております」
小梅は慌ててペコリとする。
「おや?ああ、そうそう、錦庵さんのお馴染みでサギとも親しいというのは――」
お葉は乳母のおタネが言っていた来客はこの美しい娘のことかと思った。
おタネは八木の来訪を余計なことは言わずにお葉に伝えたのだ。
「たしか前にも遊びにおいでになったわなあ。お花の長唄の稽古仲間と聞いとったような?」
お葉は小梅の美しい顔をまじまじと見つめる。
「へえ、けど、あたし、今は小唄に通っていて長唄はやめてしまったので――」
小梅は早くこの場を去りたい。
「おや、そうかえ。小唄もええわなあ」
お葉は小梅の美しさに目が離せない。
「へ、へえ」
小梅はドギマギと焦る。
お葉は美しいものがなにより好きなので小梅の美しい顔に見入っているだけなのだが、小梅は自分が怪しまれているとばかり思った。
お葉に自分が半玉だとバレたら面倒臭い。
贔屓の客の旦那の家に上がり込むなど、しきたりに厳しい花柳界では決して許されぬことだ。
芸妓屋も料理茶屋も通さずに半玉が裏で勝手にお客と逢って小遣い稼ぎしていると誤解されかねない。
その時、
「ただいま」
若旦那の草之介の声が聞こえてきた。
ヤバい。
「あ、あたしはこれでお暇致しますっ」
小梅は逃げるように廊下を引き返し、縁側で下駄を履いて、あたふたと裏庭の裏木戸から出ていった。
草之介が廊下の角を曲がって今の今まで小梅がいた廊下へ進んできた。
「草之介、どこぞへ出掛けとったのかえ?」
お葉は暢気に訊ねる。
「ああ、ちょいと、日本橋の火の用心について火消のい組に寄って相談してきたのさ」
実際に草之介は羽衣屋で餡ころ餅をしこたま食べた後にい組の頭の家へ寄ってきたのである。
「火の用心について?何だえ?」
お葉は何のことやらと詳しく問い掛けたが、草之介は忙しげに店の棟へ行ってしまう。
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