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情けは人の為ならず
しおりを挟む一方、台所の板間では、
「おムサどんの柄は粋だねえ」
「やっぱし奥様のお見立ては間違いないよ」
「おクニどんの柄はちょいと痩せてスッキリ見えるね」
下女中がそれぞれのお仕着せの反物を見せ合って、はしゃいでいた。
「みんな、オヤツぢゃぞっ」
サギが風呂敷包みを背負ってバタバタと板間へ走り込んできた。
「あれま、羽衣屋っ?」
「こりゃあ有名な店だよっ」
下女中は折り箱の掛け紙を見て歓声を上げる。
羽衣屋はどこぞの藩の御用達とか何とかで折り紙付きの名だたる餡ころ餅屋らしい。
「ほお、それほど美味い餡ころ餅なんぢゃなっ」
サギが目を輝かせていると、
そこへ、
「薪はいらんかい?」
今日もまきざっぽうを積んだ背負子を担いだ杉作がやってきた。
(――杉作――っ)
サギは咄嗟にササッと板間の壁の裏側に隠れた。
なんとなく杉作と顔を合わせるのが気まずい。
「ああ、そこへ置いとくれ」
下女中のおヤエが薪の代金を貰いに店の棟へ行く。
「あ、この反物、こっちへ置いとかないと」
「汚さんようにね」
「けどさ、今年は冬のお仕着せを早めに選んで戴いて有り難いね」
「ああ、寒くなってからぢゃ手がかじかんで針仕事がはかどらんもの」
下女中は反物を板間の隅に並べて置く。
「……」
杉作は薪の代金を待つ間に上がり框に座って下女中のお七が出してくれた白湯を飲みながら、お仕着せの反物を気にして見ていた。
「あ、あのう、小母さん等が奉公人みんなのお仕着せを仕立てるのかい?」
杉作は何か言い難そうに訊ねる。
「ああ、そうだよ」
「わしゃ、十歳から裁縫の師匠に習いに通って娘時分は仕立て屋のお針子をしてたんだ」
「わし等はお市さんに習ったし、みんな針仕事は得意なんさ」
どこの商家でも奉公人のお仕着せはたいてい下女中が仕立てを任されていた。
仕立ての手間賃も貰えるので下女中は相当に稼ぎが良く、自分の子等には手習い所の他にも裁縫や遊芸の稽古事を幾つも習わせている。
「――あ、あのっ」
杉作は意を決したようにバッと立ち上がり、下女中の前に勢い良く進み出ると、
「どうかお頼う申しますっ。おいらのおっ母さんにもお仕着せの仕立てをさせて下さいっ」
いきなりガバッと頭を下げた。
「……」
下女中はみな一様にハッとして硬い表情に変わった。
そんなに杉作の家は困っていたのかと同じ年頃の子を持つ母として胸を衝かれたようだ。
「おいらのおっ母さんも娘時分に裁縫のお師匠さんに通って習ってたんですっ。これ、おいらの着物もおっ母さんが縫ってくれたんですっ」
杉作は夢中で自分の着物の袖口を裏返して縫い目を下女中のお市に見せる。
「ああ、縫い目がキレイに揃ってるね。丁寧な仕事だよ」
お市は感心して杉作の着物をあちこち触ってみる。
「……」
洗濯されて清潔ではあるがツギハギされて着古した着物にお市は堪らず涙目になった。
「襟も少しも中の縫い代がゴロゴロしてないし、見事な腕前だわさ。そいぢゃ、わしの着物の仕立てはお桐さんに頼もうかね」
お市がポンッと太鼓判を押したので、他の下女中も我も我もと自分の着物の仕立てを頼むことにした。
「有り難うござりますっ。おっ母さんはずっと仕立て物の仕事をしたかったんですっ」
杉作は何度も頭を下げる。
実は、杉作の母のお桐は亭主を亡くした後に得意な仕立て物で生計を立てたいと口入れ屋へ聞いてみたのだが、呉服商は値が張る上等の絹物だけなのでお抱えの仕立て屋にしか頼まぬということであった。
江戸時代の庶民はみな古着屋で古着を買って着たので呉服商で新しく着物を誂えるのはよっぽどの裕福な人だけで扱う品も上物なのだ。
お桐はあちこちの仕立て屋へ仕事をさせて貰えまいかと尋ね歩いたが、どこも住み込みのお針子を十数人も置いていて人手は間に合っていると断られたのであった。
すっかり諦めていた仕立て物の仕事をさせて貰えると聞いたら、お桐はさぞや喜ぶであろう。
下女中がみな自分のお仕着せの仕立てをお桐に頼むことにして反物十反を風呂敷にどっしりと包んで杉作に渡した。
「ホントに、ホントに有り難うござりますっ」
杉作は背負子に風呂敷包みを積んで喜び勇んで水口から出ていく。
「――あ、杉作」
下女中のおフミが後を追って遠慮する杉作に餡ころ餅の折り箱を押し付けるようにして持たせた。
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