富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
134 / 325

食い気より色気

しおりを挟む
 
 
 その頃、桔梗屋では、

「ほら、あたいもとべるわな」

 裏庭でお枝がニョキニョキ草をピョンピョンと飛んでみせていると、

「ご免下さりまし」

 半玉の小梅が竹垣の向こうから顔を突き出した。

 小梅は少し前から裏木戸の外にいたのだが、先客の八木がサギと出ていくのを見届けてから声を掛けたのだ。

「あれ、小梅、久し振りだわなっ」

 お花は嬉しげに小梅を裏庭に面した縁側へ手招きする。  

「ねえ?あたしゃ、さっきまで錦庵にいたんだけどさ。ひょっとして、おクキさん、夕べ錦庵にお泊まりなのかえ?」

 小梅は下駄を脱ぐ間も惜しいように縁側に座り込み、ソワソワと話を切り出す。

「あれ、どうして?おクキがそう言うたのかえ?」

 お花も縁側に並んで座って小梅の顔を覗き込んだ。

「ううん、おクキさんはハッキリとは言いやしないんだけどさ」

 小梅はつい先刻の錦庵での一件を話して聞かせた。


 いつもどおりに開店早々、錦庵にやってきた小梅と松千代が小上がりの座敷へ着くと、

「まあ、暖簾のれんを出すまでに戻るつもりがつい遅うなりましたわいなあ」

 おクキが水口からバタバタと調理場へ駆け込んできた。

 そして、一際ひときわ、声を高めて、

「けど、昨日と同じ着物で店へ出るのも決まり悪いし、いったん桔梗屋へ着替えに帰って参りましたわいなあ」

 座敷の松千代にまで聞こえよがしに言ったのである。


「へええ、ハッキリと言わんで意味深に言うたもんだわな」

 お花はおクキがわざと松千代が錦庵に来た頃合いを見計らって戻ったに違いないと思った。

「うん、すぐにピンと来たよ。おクキさんは毎日毎日、違った着物でめかし込んでたのに昨日と同じ着物だなんて泊まった以外にないってさ。あたし等、芸妓げいしゃは商売柄、いつだって他の女の着物にゃ目ぇ光らせてんだから」


 それから、おクキは、

「あれ、イヤだわいなあ。ほほほ」

 わざとらしくモジモジとし、勝ち誇り顔し、高笑いし、

「キイーッ」

 ついに松千代は癇癪かんしゃくを起こし、蕎麦を食べもせずに帰ってしまい、小梅は小唄の稽古もそっちのけに桔梗屋へ直行してきたのだ。


「そしたら、おクキはまんまと恋敵の松千代姐さんを出し抜いたという訳だわな?それにしても、おクキはどうやって我蛇丸さんを落としたんだろの?」

 お花は好奇心いっぱいに目を輝かせる。

「う~ん、あたしゃ、ちと信じらんないのさ。我蛇丸さんって女にゃ興味なさそうだったし。かといって、せんにあたしが幼馴染みの大黒屋の久弥って陰間かげまを勧めた時にも興味なさそうだったけどさ。久弥は陰間では一番人気だってえのに」

 小梅は足組みして浮いた下駄をブラブラさせる。

「だって、おクキはなかなかの美人だえ?」

「なかなかの美人ねえ、そんなもんで落ちるもんかえ?我蛇丸さんってあたしの悩殺の笑みにもビクともしない男なんだよ?」

 小梅はどこまで自信満々なのか。

「おりょりょ」

 さしものお花も舌を巻く。

 さすがに小梅は『男殺し』と異名を取る芸妓げいしゃの娘だけのことはある。


 そこへ、

「ただいまっと」

 サギが重そうな風呂敷包みを背負って帰ってきた。

「サギ、久し振りっ」

 小梅が嬉しげに手を振り上げる。

「あれ、小梅ぢゃあ。ちょうど良かった。オヤツぢゃぞっ」

 サギはよっこらせと下ろした風呂敷包みを開いた。

 羽衣屋と記した掛け紙の付いた折り箱が積み重なっている。

「わあ、羽衣屋の餡ころ餅っ、大好物っ」

 小梅は手を打って喜ぶ。

 お花より贅沢なものばかり食べ付けている売れっ子半玉の小梅が喜ぶほどの名高い餡ころ餅らしい。

「これは途中で八木殿が手土産に買うてくれたんぢゃ。今日は手ぶらでお邪魔して昼までご馳走になってしまったので申し訳ないと言うてのう」

「へええ、やっぱり、お侍さんは義理堅いんだわな」

 お花は感心して大量の餡ころ餅の折り箱の眺めた。

 サギは厚かましく八木にきっちりと桔梗屋のオヤツの人数分の四十三人前を買って貰ったのである。

「そいぢゃ、他のみんなの分を渡してくるっ」

 サギはまた風呂敷包みを背負って縁側を走っていく。

「サギ、お茶を持ってきてくれるように言うとくれ」

 お花がサギの背中に向かって声を掛ける。

「おうっ」

 返事が聞こえた時にはサギの姿はとっくに縁側の角を曲がって見えなくなっていた。


「もぉ、サギは色気より食い気でな、惚れたはれたの恋の話よりオヤツに興味津々なんだわな」

 お花はやれやれという顔をして餡ころ餅の折り箱を一つ、小梅に手渡した。

 恋の話にはサギはまるっきり役立たずなので小梅の来訪を待ち兼ねていたお花である。

「へええ、オヤツを食べながら艶種つやだねをしゃべくるのが年頃の娘ってえもんだよね」

 小梅は羽衣屋の折り箱の掛け紐をウキウキと解く。

「あれ、小梅の爪、綺麗だわな。それ、どうしたんだえ?」

 お花は小梅の爪に目を留めた。

 桜色でツヤツヤと光っている。

「あれ、知らんの?爪紅つまべに。爪に紅を塗って染めるんだよ。ほれ、あたしゃ、足にだって」

 小梅は膝を伸ばして足の爪も見せた。

 足とは思えぬほどしっとりした白い肌に桜色の爪がなまめかしい。

「へええ、やっぱり、芸妓衆の身だしなみは素人とは違うわな。あたしの稽古の仲間ぢゃ誰も爪に紅なんぞしとらんもの」

 お花は羨ましげに小梅の手を取って桜色の爪を眺める。

「あたしも爪紅はたまに気が向いた時しか塗りゃしないけどさ。――ほら、これさ。そこの紅白粉べにおしろい問屋に売ってるよ」

 小梅は巾着袋から小さな瀬戸物の器に入った爪紅を出してみせた。

 爪紅は鳳仙花ほうせんかの花の汁から出来ている。

 鳳仙花は別名、爪紅つまくれないとも呼ばれたのだ。

「どれ、塗ってやるよ」

 小梅は懐紙を取り出して爪紅の蓋を開いた。

「うんっ」

 お花は嬉々として両手を揃えて差し出す。

 どうやら二人は食い気より色気のようで、オヤツの餡ころ餅をそっちのけに爪紅に取り掛かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

伊藤とサトウ

海野 次朗
歴史・時代
 幕末に来日したイギリス人外交官アーネスト・サトウと、後に初代総理大臣となる伊藤博文こと伊藤俊輔の活動を描いた物語です。終盤には坂本龍馬も登場します。概ね史実をもとに描いておりますが、小説ですからもちろんフィクションも含まれます。モットーは「目指せ、司馬遼太郎」です(笑)。   基本参考文献は萩原延壽先生の『遠い崖』(朝日新聞社)です。  もちろんサトウが書いた『A Diplomat in Japan』を坂田精一氏が日本語訳した『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)も参考にしてますが、こちらは戦前に翻訳された『維新日本外交秘録』も同時に参考にしてます。さらに『図説アーネスト・サトウ』(有隣堂、横浜開港資料館編)も参考にしています。  他にもいくつかの史料をもとにしておりますが、明記するのは難しいので必要に応じて明記するようにします。そのまま引用する場合はもちろん本文の中に出典を書いておきます。最終回の巻末にまとめて百冊ほど参考資料を載せておきました。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...