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お仕着せ
しおりを挟むサギは仕方なく自分でおかわりをよそいに茶碗を持って台所へ行った。
「あ、サギどん、おはよう」
板間では若衆三人が朝ご飯をモリモリと食べている。
「おかわりぃ、いや、おはようぢゃあ。――うん?小僧等は?」
三交替でも朝は下っ端の小僧が一番先に食べるので若衆は二番目だ。
「小僧等はとっくに通りの掃き掃除をしとる」
昨夜はヘトヘトだったのにみな若いだけに一晩寝たら回復したようだ。
「今朝はいつもの倍は腹が減るのう」
サギは大きなお櫃を開けて茶碗にドカッと山盛りにご飯をよそった。
茶の間は家族が使う座敷の中では台所に一番近いが熱々を食べるなら台所のほうが良さそうだ。
サギはそのまま台所の板間で若衆等と並んで座ると大皿のべったら漬けやアサリの佃煮を摘まんでご飯をモリモリと食べた。
そこへ、
「ああ、サギさん?この着物、どうにもこうにも――」
裏庭から台所の土間へ入ってきた下女中がサギの洗濯物を持ってきて、
「ほれっ」
ピラッと筒袖を広げてみせた。
昨夜はよく見もせずに脱いで丸めてポイッと井戸端の盥の中へ放り込んだのだ。
筒袖は火事場で火の粉が掛かりポツポツと焼け焦げの小さな穴だらけである。
「ふえぇ」
サギは情けない声を出した。
昨日、たっつけ袴にツギ当てして貰ったばかりなのに今度は筒袖を穴だらけにしてしまった。
「ツギハギするにもこれぢゃあ――」
下女中は思案げに首を捻る。
焼け焦げた穴すべてにツギを当てたら十箇所以上もツギだらけになってしまう。
「この筒袖は婆様が糸を紡いで染めて、母様が機織りで織って仕立ててくれたんぢゃ」
サギはシュンとうなだれた。
お鶴の方は裁縫が得意で富羅鳥山の忍びの隠れ里のみなの着物の仕立てをすべて一手に引き受けていた。
「まあ、なんとか上手くツギを当ててみようかね」
下女中が頼もしげに胸を叩いた。
さらに、そこへ、
「あ、サギさん、おはようござります」
手代の銀次郎が朝ご飯に板間へやってきた。
岡場所で夜遊びした金太郎と銅三郎はギリギリまで寝ているようだ。
「おはようぢゃあ。――むん?銀次郎どんは綺麗な着替えを持っとるんぢゃのう?」
サギは銀次郎のパリッと糊の利いた真新しい着物を見やった。
「そりゃあ、奉公人は毎年毎年、春夏秋冬と奥様から新しい着物を頂戴致しまするゆえ。夕べはみんな一番古い着物を着て参ったのでござりますよ」
なんと抜かりなく奉公人等は汚れても構わぬように古い着物を着て火事場へ行ったのだ。
ほとんどの商家は奉公人のお仕着せは盆暮れの二着だけだが贅沢な桔梗屋では四季ごとに四着もお仕着せを渡していた。
今、銀次郎が着ているのは一番新しい秋物である。
渋い銀鼠の地に黒の細縞の柄で、趣味の煩いお葉のお見立てだけあって銀次郎の精悍な顔立ちによく似合っている。
そういえば桔梗屋は家族も奉公人もみな趣味の良い着物を着ている。
お葉の美意識が許さぬのであろう。
「わしゃ、こんな作務衣しか貰っとらんのにっ」
サギは不満げに菓子職人見習いの藍染めの作務衣を見下ろした。
ちゃんとした趣味の良い着物が欲しい。
「お葉さんっ、いや、奥様っ」
サギは一目散に奥の棟へ走っていった。
「まあ、うっかりしとったわなあ。サギにも良い着物を新しく誂えてやらんことには桔梗屋が恥を掻くわなあ」
お葉はサギの厚かましい催促をすんなり承諾した。
「ちょいと、誰かぁ?」
お葉が呼ぶと小僧の十吉がすっ飛んでくる。
「へえ、奥様」
「木綿問屋の大和屋へ番頭さんを頼んできておくれ」
この時代の呉服商は絹物しか扱わぬので木綿の反物なら太物木綿問屋である。
「ついでだし、みんなの冬のお仕着せも決めておこうかえ。いつもより、ちと早めだが番頭さんにそう言っておくれ」
「へえっ」
小僧の十吉は自分等のお仕着せも選んで貰えると聞いて喜び勇んで大和屋へ走っていった。
桔梗屋には三十人も奉公人がいるので木綿の反物とはいえ相当な金額になるであろう。
しかも、今年はサギの分の着物まで増えて三十一人分だ。
千両箱の小判は減ったというのに年の瀬の支払いはますます増えていく一方であった。
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