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火事場の馬鹿力
しおりを挟む「えいやっ」
サギはパッと跳躍すると竿を通りの野次馬の隙間を狙って地面に突き、ビヨンと竿のしなる反動で一気に向かいの乾物屋の屋根へ飛び移った。
「おお~」
いきなり自分等の頭上を飛び越えたサギに野次馬から、どよめきが上がった。
乾物屋の屋根にも天水桶が十四個も山盛りに重ねて置かれている。
サギは乾物屋の屋根から隣の山算屋の屋根の虎也を目掛けて水をザバザバと浴びせかける。
「うりゃあ、とりゃあ、そりゃあっ」
両手に手桶を持ち、次々と山算屋の屋根の上の火消に天水桶の水をすべて浴びせた。
「サギさんっ」
桔梗屋の奉公人が野次馬を掻き分けて乾物屋の下へ集まってきた。
「もっと水ぢゃっ」
サギが空になった手桶を通りの奉公人に次々と投げ付ける。
「おいきたっ」
奉公人は手桶を受け取って走り、近くの自身番所の井戸から水を汲んでくる。
ついでに番所から梯子を借りてきてサギのいる屋根に手桶を持った手代の銀次郎と菓子職人見習いの甘太が上がった。
元より銀次郎は正義感の権化のような男であるし、甘太は憎たらしいサギには負けたくないのだ。
他の奉公人がどんどん水を汲んでは梯子の上へ手桶を渡し、サギと銀次郎と甘太の三人は山算屋の屋根の火消に水をバシャバシャと浴びせ続けた。
やがて、
山算屋の裏長屋は三棟がすべて引き倒され、火は消し止められた。
ジャーン、
ジャーン、
ジャーン、
ジャーン、
鎮火を知らせる半鐘が鳴る。
「はあ~」
「ふう~」
手代の銀次郎と見習いの甘太は煤で真っ黒になってグッタリと屋根にへたり込む。
通りの奉公人も手桶を抱えてヘタへタと地べたにへたり込んだ。
「――おや、サギさんは?」
手代の銀次郎がキョロキョロと左右を見た。
いつの間にかサギがいない。
「あっ、あんなところに――」
見習いの甘太が振り返って前方を指差した。
ずうっと先の商家の屋根の上を小さな人影がピョンピョンと飛んでいる。
サギは鎮火の半鐘が鳴るとヘトヘトで動けぬ奉公人等を尻目にさっさと屋根伝いに帰ってしまったのだ。
「いやぁ、凄かったねえ」
「ああ、良かった良かった」
「まったくだ」
野次馬は華やかな舞台の幕切れとばかりに熱い余韻に浸りながら各々の家へ戻っていく。
ガラガラ、
カシャン、
ガチャン、
カチャン、
火消等は火事場の後片付けを始めた。
後片付けも火消の仕事である。
裏長屋など火事場泥棒が持っていくものは何もありゃしないと思いきや、焼け残った釘は集めて売れるのである。
とたんに地味ぃな作業だ。
「ぶえっくしょんっ」
山算屋の屋根の上で、ずぶ濡れの虎也のくしゃみが闇夜に響き渡った。
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