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自慢高慢馬鹿のうち
しおりを挟む一方、
我蛇丸が懸命に目立たぬよう己れの能力を隠さんとしていたことなど知る由もなく、
サギはといえば、
「とりゃあっ、うりゃあっ、そりゃあっ」
これ見よがしに直刀を振り廻し、カスティラを斬りまくっていた。
「サギ、お見事っ」
桔梗屋の家族、奉公人まで店をそっちのけに作業場に集まり、やんや、やんやの大喝采だ。
「へへん、ざっとこんなもんぢゃ」
サギは自分の腕前を存分に見せびらかし、満足げに鼻の穴を膨らまして直刀を台の上に置いた。
四つの作業台の上にある四角いカスティラはすべて八等分になっている。
「どれどれ」
熟練の菓子職人等は念のため物差しを当てて測ってみるが、キッカリと均等に真っ直ぐ一直線。
そのうえ、断面が少しも押し潰されずにキメが綺麗に揃っている。
「よしっ、すべて合格だ」
一番年長の糖吉がポンと太鼓判を押す。
「明日も頼んだぞっ」
熟練の菓子職人は面倒な切り分け作業から解放されたので、あからさまにサギを重宝がった。
どんな熟練であろうが正確にカスティラを切り分けるには集中力が入り、心身ともにヘトヘトに疲れるのだ。
「へへん、お安い御用ぢゃ」
サギは得意満面でまた鼻の穴を膨らます。
「さてと、仕事が済んだから一休みぢゃ」
「なあ?サギ、昼に杉作の農村へ行ったんだえ?」
「その話を聞かせとくれ」
お花、実之介、お枝、お葉はサギを囲んでワイワイと茶の間へ戻っていく。
「……」
見物の奉公人の後方にいた手代の金太郎が感心した面持ちでサギの背を見送り、
「あせ水を ながしてならふ 剣術の やくにもたたぬ 御代ぞ めでたき」
おもむろに呟いた。
「誰の歌にござります?」
手代の銀次郎が訊ねる。
「なに、万載狂歌集に載っていた元木網の歌さ」
金太郎はうっすらと笑って店へ戻っていった。
ただの狂歌好きか意味有りげかは謎である。
「わしゃ、やっぱり狂歌なら鹿都部真顔の詠んだ『春月』が一番にござりまするなあ」
お調子者の手代の銅三郎がしゃしゃり出る。
「かすていら かすむ夕べは 杉折の 杉間の月も おぼろ饅頭」
堅物の銀次郎でも『春月』はそらんじている。
勿論、かすていらはカスティラのこと。
かすていらと霞む、杉の折箱に入ったおぼろ饅頭と杉の木の間から見たおぼろ月を掛けた歌で、桔梗屋の奉公人はみな枕詞のかすていらがお気に入りなのだ。
切り分けたカスティラは若衆三人が透かし模様のある和紙に包み、桐箱に納め、熨斗紙を巻き付けて紅白の水引を掛ける。
高価なご進物のカスティラの包装はまだ小僧等には任せられない。
若衆三人はそれぞれの分担作業の支度を整えた。
そこへ、
「――あれっ?サギは?」
今頃、菓子職人見習いの甘太がバタバタと裏庭の厠から戻ってきて作業場をキョロキョロと見渡した。
「もう済んだところだ」
一番年長の若衆の大助が八等分になったカスティラを示す。
遠目で見たら切り分けたのさえ分からぬくらい凹みのない切れ目である。
「えっ?これから切るって言うから、その前にちょいと厠へ行ってきただけなのに?」
甘太は唖然とした。
いつも熟練の菓子職人が二人掛かりで両側から物差しを当て、直刀を何度も温めながら丁寧に丁寧に切り分ける様を見ているだけに、自分が厠で用を足して戻ってくる間に四つのカスティラがすべて八等分に切り終わったなどと信じられようか。
いくら桔梗屋の敷地の奥行きが長いとはいえ作業場から裏庭の奉公人の厠まではほんの十一間(20m)ほどだ。
ちなみに同じ日本橋の越後屋は店舗だけで奥行きが十一間もあった。
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