富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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能ある鷹は爪を隠す

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「……」

 我蛇丸は茫然としたまま通りへ出るとトボトボと日本橋を渡っていった。

「おやっ、旦那っ?錦庵の旦那っ?我蛇丸さんっ?」

 橋の上で前方から来た年配の男にしつこく声を掛けられ、我蛇丸はハッと我に返った。

「――あ、これは、かしら、どうも」

 無愛想に会釈する。

 厄介な男に出くわしてしまった。

「こいつぁ良いところで逢った。そろそろ色好い返事を聞かして貰いてえもんだな」

 男は町火消、ろ組の頭取である。

 前々から我蛇丸は見た目の良さを買われて町火消のろ組に誘われていた。

「なにしろ、い組にゃ虎也ってえ人気のまとい持ちがいるが、うちのほうは纒持ちが美人の女房を貰ってからこっち人気がなくなっちまってさっぱりだ。こうなりゃ虎也と互角に張り合うにゃ我蛇丸さんより他、考えらんねえんだよ」

 ろ組の頭は我蛇丸が何度となく断っても一向に諦めず十日にいっぺんは誘ってくるのだ。

 それも火消の花形であるまとい持ちにしてくれるという。

「しかし――」

 我蛇丸は断る理由にいつも苦労する。 

 火消は専業ではないので、みな本業と掛け持ちしてやっている。

 だが、我蛇丸には蕎麦屋をやり、忍びの諜報活動をやり、そのうえ火消までやる余裕はない。

「錦庵は日本橋の北側にござりますし――」

 我蛇丸はのらりくらりと断る理由を考える。

 い組、ろ組はどちらも日本橋の町火消であるが、日本橋を挟んで北側がい組、南側がろ組の受け持ちである。

「なに、住んでるところなんざ北でも南でも構やしねえ。い組は虎也の人気で火消のなり手が殺到して頭数いっぱいだってんだからよ。そんなら空きのあるろ組のほうへ入ったって文句はなかろうが」

 町火消は一つの組で百数十人もいるが定員は決まっていたのだ。

「しかし、わたしはウドの大木でござりまして、グズで、ノロマで、でくのぼうで、とても火消が勤まるとは――」

 我蛇丸は懸命に自分が愚鈍であると主張する。

 とにかく火消のような目立つことは避けたい。

 この三年、日本橋ではただの蕎麦屋として目立たず騒がず暮らしてきたのだから。

「ふうん?岡持ちを提げてササーッと歩いていく様はとてもウドの大木にゃ見えやしねえがなあ」

 ろ組の頭は疑いの眼差しで我蛇丸を見返す。

 長年、百数十人もの火消を仕切っている頭だけに火消に適した人物を見極める目は確かだ。

 その見る目があれば我蛇丸の隙のない身のこなしで身体能力の高さは一目瞭然らしい。

「それに、ほれっ、この逞しい腕ときたら、これなら重てえまといだって軽々と振れらあな」

 ろ組の頭は我蛇丸の腕をグッと掴んだ。

 剣術で鍛え上げられた腕は手首から肘までガッチリ太く固く締まっている。

「いえいえ、この腕は毎日毎日、せっせと蕎麦の麺を打ち、重たい鉄鍋を持って卵焼きを焼くために鍛えられただけでござりまして――」

 我蛇丸は頭に掴まれた腕を慌てて後ろに引っ込める。

「ふうん?蕎麦屋の仕事だけでそれほど逞しくなるもんかねえ」

 やはり、ろ組の頭は疑いの口振りだ。

「へえ、わたしはまったくの腰抜けで、度胸がなくて、小心者で、火事場なんて、とてもとても、おっかなくビビってしまって無理にござりますので、何卒なにとぞ、ご勘弁のほどを――」

 我蛇丸は懸命に自分が臆病者とまで主張する。

 武道全般が極意に達している我蛇丸がただの蕎麦屋のように振る舞うのもなかなか大変なのである。
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