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火の用心
しおりを挟む再び、桔梗屋、
「これで明日も美味いもんを買うんぢゃ」
サギはお葉に貰ったオヤツ代の一両小判をホクホクと財布に収めた。
一両も入っているので落とさぬよう大事に財布の紐を首に掛けて懐へ仕舞う。
サギが小僧の大部屋へ戻ると、すでに四組の布団が敷いてある。
隣の若衆の大部屋もその隣の手代の大部屋も仕切りの襖は開け放ってズラーッと布団が並んでいる。
手代三人は湯屋へ行っているようだ。
サギは「ひい、ふう、みい――」と布団を数えてから訊ねた。
「わしの布団は?」
小僧四人、若衆三人、手代三人、菓子職人見習い二人で十二人。
布団は十一組しか敷かれていない。
「ええええ?ここで寝るつもりかあっ?」
小僧と若衆と甘太は驚いて大声を上げた。
「ぢゃって、わし、菓子職人見習いぢゃろうが?」
サギは当然という顔したが、みなの大声を聞き付け、すぐさま乳母のおタネがすっ飛んできた。
「まさか、サギさんはこちらで寝るんでござりますよ」
おタネがサギを引っ張っていく。
角を曲がったコの字の縁側の真ん中の広間に布団が六組も敷いてある。
「ほれ、サギはわしの隣ぢゃ」
実之介が隣の布団をパンパンと叩く。
実之介とお枝は早々とおタネに寝床へ入れられたが、実之介はまだ起きていた。
「ミノ坊、サギはあたしの隣の布団だわな」
お花はもう湯殿から上がっていた。
結局、サギはお花と実之介の間の布団に寝ることに決まる。
乳母のおタネと女中のおクキは両側の端っこに寝るらしい。
「江戸は火事が多いからな。すぐ外へ逃げられるよう家族も奉公人もみんな庭に面した縁側の座敷で寝るんだわな」
お花は縁側を指差した。
ちゃんと人数分の庭下駄が並べてある。
暗がりでも見えるように鼻緒が白い。
桔梗屋の表には四方に天水桶が高く積み上げられている。
火を叩き消す火叩き棒までそこかしこの柱に掛けてある。
「へええ」
サギは感心して火の用心の万全の備えを眺めた。
「サギ、見てみろ。わしゃ、ずっと稽古したんだっ」
実之介がパッと布団から出て、畳の上をコロコロと転がり始めた。
以前、サギと転がって遊んでから実之介はいつもコロコロと稽古していたのだ。
「おお、めっぽう速うなったのう」
サギが驚くほど実之介は俊敏に転がっていく。
「あたし等は田舎でしばらく育ったから、わりと田舎では活発だったんだえ」
「田舎で?ずっと江戸ぢゃなかったのか?」
サギは意外そうにお花を見た。
「うん。あたしが小さい頃に明和の大火で桔梗屋も丸焼けになってな。昔の番頭さん等が田舎から大八車で迎えに来てくれて、あたし等はしばらく田舎で暮らしておったんだわな」
明和の大火は江戸三大大火の一つでこの大火で江戸の九百町が焼け、日本橋一帯も焼け野原になった。
明和九年は大火が起きたのが明和九(迷惑)で験が悪いせいだとなって年号が改められたので安永元年である。
「ふうん、そいぢゃ、桔梗屋に卵を持ってくる田舎の農家に暮らしておったんぢゃな」
日本橋一帯が復興し、桔梗屋が再建されるまで家族は田舎で暮らし、四年前に江戸へ戻ってきたのだ。
「ミノ坊は田舎で腕白して木から落っこちて大怪我をしてな。それからおタネはすっかり心配性になってしもうたんだわな」
「大怪我なものか。すぐに治ったんだ」
「お医者様は足の骨が折れて大怪我だと言うたわな。ミノ坊、一晩中ギャンギャン泣いておったくせに」
「泣くものか。朝には痛くなかったんだ」
お花と実之介は大怪我の話で食い違う。
(ふうむ)
サギは怪しむように耳を傾けていた。
その夜、
「グ~」
「スピ~」
「くかぁ」
みなの寝息を左右に聞きながらサギは寝付かれずにいた。
(むむぅ、フカフカで埋まりそうぢゃあ)
桔梗屋の贅沢な上等の布団のせいである。
(こりゃあ煎餅布団ならぬカスティラ布団ぢゃ)
サギは我ながら上手いこと言ったと思った。
薄いカチカチの煎餅布団に慣れたサギには分厚いフカフカのカスティラ布団は柔らか過ぎる。
「火の用心~、火の用心~」
乳母のおタネと女中のおクキと手代三人が屋敷中の火の始末を確かめに廻っている声が聞こえる。
(しかし、いっぺん木から落っこちたくらいで実之介に駆けっこもさせんおタネはいかんのう)
サギは自分が桔梗屋へ来たからには草之介、お花、実之介、お枝を逞しく鍛え上げてやるつもりだ。
(足の骨を折った大怪我と言うとったが――)
サギはお花と実之介の話から推測してみた。
ひょっとしたら、実之介の大怪我で先代の弁十郎は可愛い孫のために初めて『金鳥』を使ってみたのではなかろうか?
それに大火で丸焼けになった桔梗屋の再建のために多額の金が必要だったのではなかろうか?
そんなきっかけで『金鳥』の金煙を小瓶に小分けし、手っ取り早く資金繰りをしたのではなかろうか?
賢明な弁十郎ならば再建に必要なだけに留め、徒や疎かに『金鳥』を扱わなかったであろうが、その後、すぐに弁十郎は急死してしまったので浅慮な入り婿の樹三郎が後先も考えずに豪気に『金鳥』を使いまくり贅沢三昧したのではなかろうか?
(――ではなかろうか、なかろうか――)
そのうちサギはうつらうつらとしてきた。
(そういえば、桔梗屋はどうして『金鳥』の玉手箱を持っとったんぢゃっけ――?)
サギはいつの間にか眠りに落ちていた。
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