86 / 325
福引き
しおりを挟む「さあさあ、宴もたけなわ。いよいよ、お待ちかねの福引きにござりますぅ~」
「一等の大当たりは桔梗屋の若旦那から金二分の賞金にござりますぅ~」
太鼓持ち二人が大袈裟な身振りで告げると芸妓衆はワアッと盛り上がった。
そもそもお座敷の福引きは正月の新年会で行うものである。
だが、草之介は母のお葉に「これっきりだえ」と釘を刺されたので今晩が最後の茶屋遊びと思って特別に余興に福引きも入れたのだ。
お座敷の福引きのやり方は宴席に呼ばれた旦那衆がそれぞれ景品を持ち寄る。
今晩は二十人分の景品が用意された。
その二十個の景品の包みの一つ一つに長い紐を結び付け、次の間に並べ置いて、閉じた襖から二十本の紐だけを出してお座敷の畳の上に扇のように広げる。
その紐を芸妓衆がそれぞれ選んで、「せーのっ」で引っ張り、ジャーンと襖を開いて次の間に並んだ景品を引き当てるのだ。
紐をとりどり色分けする福引きもあるが、そうすると何色の紐が大当たりか教えるイカサマも出来るので草之介の福引きはイカサマなしの紐はすべて同じ紫色だ。
お遊びなので旦那衆もわざとつまらぬものも景品に持ってくるので包みを開けて何が出るかはお楽しみである。
芸妓衆はそれぞれの紐をちょっと引っ張って重さを確かめたりしてから各々が選んだ紐を引っ張った。
「せーのっ」
「そぉーれっ」
太鼓持ち二人が襖を左右から一気に開く。
芸妓衆は紐を引っ張って自分の膝元までスルスルと引き寄せた包みを開いて見た。
「あ~あ、丸正屋の醤油だよ。熊さんの景品だ」
「こっちは佃煮の詰め合わせぇ」
「なにこれ?やだっ。フンドシがいっぱい』
つまらぬ景品を引いた芸妓衆はブウブウと文句を言う。
「うわっ、へんちくりんな柄の反物。加賀屋の若旦那ぁ?売れ残りを持ってきたね」
蜂蜜は悪趣味な柄の反物を広げてケラケラ笑う。
「わあっ、あたしゃ伊勢屋の若旦那の鰹節だっ」
小梅は上物の鰹節を引いて大喜びだ。
「なんだ。土瓶?――あっ、やったあ。大当たりの金二分だよっ」
大当たりを引いたのは松千代であった。
わざと重たくなるように金二分の祝儀袋は土瓶の中に入れてあったのだ。
「はははっ」
草之介は上機嫌で笑った。
しばらく鬼ヶ島にいたので久々の茶屋遊びの愉しさはまた格別だ。
こんな愉快きわまる茶屋遊びをどうして今晩限りでやめられようか。
やがて、宴もお開きが近付いた頃、
「ちょいと憚り様」
草之介はようようご不浄へ立った。
南蛮菓子屋だけに甘党の草之介は酔っぱらうほどは飲まぬので縁側を進んでいく足取りもしっかりしている。
「こちらにござりますぅ」
草之介を厠へ案内していく半玉は小梅である。
馴染みの茶屋で厠の場所を覚えている客でも半玉が厠の手前まで送り迎えするのが作法だ。
厠を出た草之介が縁側の手水鉢で手を洗う。
「お手をどうぞぉ」
柄杓で手に水を掛けてやって、手拭いを渡してやるのも半玉の仕事だ。
そこへ、
「若旦那、折り入ってお話が――」
いきなり縁側の下から虎也がスルリと姿を現した。
さすがに猫魔は猫のように縁の下も得意なのだ。
「お、お前さんは、い組の虎也?」
草之介はポカンとした顔で虎也を見返す。
日本橋の町火消でい組の纏持ちの虎也といえば美男と評判なので当然ながら草之介も知っていた。
「あのぉ?」
小梅はわざと困ったような顔で草之介を見やる。
「ああ、小梅は広間へ戻っていておくれ」
草之介は気軽に虎也の話を聞くつもりだ。
やたらに顔が広く遊び仲間の仲間はみな仲間という草之介なので同じ日本橋の火消が混ざっていても仲間の誰かの連れだろうと不審にも思わない。
「……」
小梅は虎也と他人行儀に会釈し合って座敷へ戻っていく。
「ええと、立ち話もなんだし――」
貸し切りなので宴の広間二間の他は空いている。
草之介は虎也と空き座敷へ入った。
「すまんなあ。せっかく隠れておったのに。てっきり小梅が最後とばかり思うて祝儀は小梅にやってしまったんだ」
どうやら草之介は虎也がかくれんぼでまだ隠れていたのだと思ったらしい。
「いや、そんな話ではござりませぬ。かくれんぼもしておりませぬ」
虎也は全力で否定する。
とっくにお座敷は福引きで盛り上がっていたのに、気付かずに縁の下に隠れていた間抜けと思われるのは心外である。
「そいぢゃ、話というのは?」
草之介はキョトンと首を傾げる。
「内密の話にござりまするゆえ、若旦那、ちと、お耳を拝借――」
虎也は草之介に顔を寄せてヒソヒソと耳打ちした。
「――ええっ?」
草之介はビックリと叫んでから興奮気味にゴクンと喉を鳴らし、声を潜めて訊き返した。
「――『金鳥』を取り戻してくれるだって――?」
もう期待と興奮で目は爛々と輝いている。
「無論、タダという訳には参りませぬ。報酬は千両。前金として半額の五百両をご用意、願えましょうか?残りの半額は『金鳥』と引き換えということで――」
虎也としては相当にふっかけたつもりである。
だが、
「えっ?千両っ?たったそれだけでっ?」
やはり、草之介の金銭感覚はどうかしていた。
これまで桔梗屋は月に四度の販売会で一晩に三百両も稼いでいたのだから千両など安いものと思っているのだ。
「あっ、それはそうと、どうして『金鳥』のことを知っとるんだい?いったい、お前さんは?」
草之介は『金鳥』を取り戻せるという喜びで肝心なことを訊くのを忘れていた。
「実は、わたしは、かくかくしかじかで――」
虎也は忍びの正体を明かした。
「ええ?忍びの者?へえ、初めて逢うた。へええ、意外と身近におるものなんだなあ」
草之介は疑り深い母のお葉と違って単純だ。
「そりゃあ江戸は将軍様のお膝元。その江戸の中心は日本橋。忍びの者はウジャウジャとおりまする」
「なるほどなあ」
「ええ、これを機にお見知りおきを――」
虎也はあまりに話が簡単に進んだので拍子抜けした。
草之介も攫われて鬼ヶ島へ連れて行かれるという珍しい体験をしたのでさほどのことでは驚かぬようだ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
水野勝成 居候報恩記
尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。
⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。
⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。
⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/
備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。
→本編は完結、関連の話題を適宜更新。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
よあけまえのキミへ
三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。
落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。
広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。
京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる