富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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かくれ鬼

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 ゴォン。
 
 夜五つ。(午後八時頃)
 
 半玉の小梅は火消の虎也と密会していた。


 
「いい物を持ってきてやったよ」
 
 小梅はもったいぶって帯からチラと封書を覗かせて見せる。
 
「それよか、お座敷を抜け出してこんなところにいていいのか?」
 
 虎也の言う『こんなところ』とは料理茶屋の屋根の上である。
 
 さすがに猫魔は猫のように高いところが好きなのだ。
 
「構やしないさ。どっおせ桔梗屋の若旦那のお座敷だもん。それに今、かくれんぼの最中で隠れてんのさ。最後まで鬼にめっかんなかった者には若旦那が金一分のご祝儀を出すっていうんだ」
 
 一分金が四枚で一両小判一枚のあたいである。
 
 小梅はこんな遊びの時間も無駄にはしない。
 
 かくれんぼのご祝儀だってキッチリ戴くつもりだ。
 
「ちっ、なにがかくれんぼだ。ねんごろの芸妓げいしゃと二人で暗がりにしけこんでイチャつきたいだけだろうが」
 
 虎也は顎をしゃくって眼下の庭を示した。
 
 料理茶屋の庭の隅の暗がりにコソコソとやってきた草之介と芸妓の蜂蜜の姿が見える。
 
 まさか屋根の上から夜目の利く虎也と小梅に見られているとも知らず二人は松の木陰でちんちんかもかもとお楽しみだ。
 
「ちょいと、いい物を持ってきてやったって言ってんのにっ」
 
 小梅はもったいぶるのをやめて五通の封書を虎也に突き出した。
 
「なんだ?」
 
 虎也が封を開く。
 
「こりゃあ、桔梗屋があちこちの大名家に金を貸した証文ぢゃねえか」
 
 虎也は呆れ顔する。
 
「ふふん。昼に桔梗屋へ遊びに行ったら仏間の戸棚にこれが入ってたから貰ってきたんさ」
 
 小梅は得意顔だ。
 
「こんなもの何の役に立つんだ?」
 
 虎也はポイッと証文を小梅に投げ返す。
 
 財政難の大名家は裕福な商家に借金をしたが大名家は商家には借金を返さなくても良いことになっていた。
 
「これは虎ちゃんの忍びの仕事の売り込みに役に立つかと思ったんだよ」
 
「小梅、おめぇ、この俺に『忍びのご用はござりませんか?』とご用聞きに廻れってのか?」
 
「だって、このままじゃ虎ちゃんはただのとびの火消だよ?猫魔の忍びの若頭ともあろう者がさ。忍びは忍びの働きをしてなんぼだろ?」
 
 小梅はじれったそうに言う。
 
「もお、分かんないのかい?虎ちゃんはこれを持って桔梗屋の若旦那に猫魔の忍びが『金鳥』を取り返してやるって売り込むんだよ」
 
「えええ?」
 
 虎也はのけぞって驚いたが、
 
「――うぅん、そいつぁ面白そうな話だけどよ、あんな馬鹿そうな若旦那に忍びの正体を明かしたくねえなあ」
 
 渋面で腕組みして考え込む。
 
「だって、馬鹿だから使えるんだよ。馬鹿でなけりゃこんな話に乗っかりっこないだろ?」
 
 小梅の言うことはもっともだ。
 
 利口な若旦那なら真っ当に地道にあきないに専念し、『金鳥』のような怪しげな秘宝とは関わりたくないと思うであろう。
 
 だが、草之介は違う。
 
 根っからの遊び好きで商いには無頓着のボンクラだ。
 
「あの若旦那にゃ茶屋通いをやめて大人しく家にじっとしてる暮らしなんざ耐えられやしないよ。それに、『金鳥』がなかったら蜂蜜姐さんとは一緒になれないんだから、若旦那は絶対に『金鳥』を取り戻したいに決まってるさ」
 
 小梅は庭の松の木陰でちんちんかもかもとお楽しみの草之介と蜂蜜を見やった。
 
「なるほどな。あの二人は今が一番熱く燃えたぎっている頃合いだ。鉄は熱いうちに打てというからな」
 
 虎也もようやく乗り気になったらしく、証文を懐に仕舞った。

「それにしても、おめぇ、いつも猫魔とは関係ないって言ってたくせに何だって急によ」
 
「ふん、あたしゃ、富羅鳥の鼻をあかしてやりたいのさ。奴等、とことん性悪なんだよ。サギだって奴等の悪どさに嫌気が差して錦庵を出てきたんだから。よっぽどなんだよ」
 
「へえ?富羅鳥で生まれ育ってもまともな奴もいたんだな」
 
 虎也は感心したようにニヤリとした。
 

 そこへ、
 
「あ~、草さん、蜂蜜っちゃん、めっけ~」
 
 庭から芸妓げいしゃの松千代の甲高い声が聞こえた。
 
「あ、もう松千代姐さんも鬼だ。虎ちゃん、隠れて」
 
 小梅は虎也の頭を押し付けて、屋根にペタリと身をせる。
 
「なんだい。不粋ぶすいな鬼だなあ」
 
「そうさ。松千代姐さん、ちったぁ気を利かせとくれよ」
 
 草之介と蜂蜜はお楽しみの邪魔をされて不満顔だ。
 
「へっ、やなこったえ。あとは熊さんと小梅だけだよ。ほら、探した、探した」
 
「熊さん?あんな図体のデカイのがどこへ隠れたんだ?」
 
「納戸は探したかえ?」
 
 松千代、草之介、蜂蜜は料理茶屋の中へかくれんぼの熊五郎と小梅を探しに戻っていった。
 
「おうい、熊さぁん?」
「小梅ぇ?」
 
 庭に面した縁側の障子にはかくれんぼの鬼の影法師が行ったり来たりしている。
 
 みな酔っぱらいなのでフラフラと千鳥足だ。
 
 広間の中では頭に三方さんぽうをかぶる者、下帯姿で相撲を取る者、さかずきを打ち鳴らす者、タコ踊りする者、呑めや唄えやのドンチャン騒ぎで浮かれている。
 
 草之介は今晩は大盤振る舞いで馴染みの料理茶屋『宝来屋ほうらいや』を貸し切りにしたのだ。
 
 遊び仲間は誘い合わせて五十人ほど集まり、芸妓げいしゃ半玉はんぎょくは合わせて二十人、太鼓持ち二人と宴席は大一座である。
 

「きゃはははっ」
「熊さん、めっけ~」
 
 布団部屋の中から芸妓衆のかまびすしい笑い声が響いた。
 
「あああ、めっかっちまったあ」
 
 図体のデカイ熊五郎は布団部屋で唐草模様の風呂敷をかぶって布団包みになりすましていたのだ。
 
「やった。ご祝儀、戴きぃ。そいぢゃね、虎ちゃん」
 
 小梅はみなが熊五郎に気を取られている隙に屋根の上からヒラリと縁側へ飛び下りた。
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