67 / 312
桔梗屋の奉公人
しおりを挟む一方、店の表では、
「店の周りのグルッと四辺を一人が一辺ずつ掃くんだ」
「ちょうど四人だからな」
「裏と横は路地で屑は少ないが表通りは広いし、屑も多いんだ」
「不公平にならんように毎日、順繰りにグルグルと掃く場所を替わるんだ」
小僧等はせっせと持ち場を掃きながらサギに朝の掃き掃除の説明をする。
昔の竹箒は柄が短いが掃き掃除をするのはまだ小柄な小僧なのでちょうどいい。
ガラガラ、
小僧が掃いている側から近隣の商家に届ける荷を積んだ大八車が通り、荷から藁屑がボロボロとこぼれ落ちる。
藁屑は梱包材の役目で割れ物はみな藁屑の中に埋め込んで運ぶ。
ガラガラ、
ガラガラ、
大店が立ち並んだ通りなので朝早くは荷車の行列である。
桔梗屋へも菓子材料の湧き水や卵や砂糖や粉を届けにそれぞれの荷車がやってきて若衆等が作業場へ運んでいく。
結局、ひっきりなしの荷車の往来で日本橋の通りはたちまち藁屑だらけだ。
「ほれ、あちこちに犬の糞も落ちとるが、これは肥料に拾いに来る人がおるから残しとくんだ」
八十吉が通りに落ちている糞を指差す。
「ふうん」
サギは糞を踏まぬようにピョンピョンと店の四辺を一周し、小僧等の掃き掃除を見物した。
(面白そうぢゃなあ)
自分も竹箒で地べたを掃いて藁屑を集めてみたくて堪らない。
サギは掃き掃除などしたことがないのだ。
「そうぢゃっ」
サギはピンと閃いて桔梗屋の裏木戸へ駆け込んだ。
「お葉さん、いや、奥様っ。わしは居候にして貰うつもりで桔梗屋へ来た訳ぢゃないぞ」
サギは居住まいを正し、大真面目な顔でお葉に詰め寄った。
「ええ、まさか居候なんぞと。サギはうちの子になったつもりでおったらええんだえ」
お葉はニコニコと笑ったが、サギはブンブンと首を振る。
「いや、わしは働きたいんぢゃっ。桔梗屋の奉公人にしとくれっ」
サギは目を輝かせて言った。
自分と同じ年頃の小僧が仲良く働いているのを見て仲間に混ざりたくなったのだと思われる。
「まあ、奉公人に?」
お葉は困ったように頬に手を当てて考えあぐねた。
「……」
サギは目をキラキラさせてお葉の返事を待っている。
「それなら、サギは桔梗屋の行儀見習いということにしようかえ」
お葉はポンと手を打つ。
嫁入り前の娘が行儀見習いをするのはよくあることだ。
行儀見習いというのは他家で暮らしながら家事を覚える花嫁修業の実習のようなもの。
富羅鳥で忍びの者から武家の教育を受けて育ったサギが商家で行儀見習いは従来とは逆であるが、この際、どうでもいい。
「うんっ。そんなら行儀見習いでええ」
サギは行儀見習いとは何のことやら意味不明であったが、居候よりは聞こえが良いかとコックリと頷いた。
「ああ、今朝はみんな寝坊でな。まだ起きてきやしないんだえ。わし等で先に朝ご飯にしようかえ。おクキ?おクキ?」
お葉は女中のおクキを呼んで膳を運ばせる。
やはり、朝ご飯からカスティラの耳の甘いオカズでサギの嫌いな苦い目刺しなどは出てきやしない。
「ささ、たんとお上がりなさりまし」
おクキは心得たものでサギのご飯をドカッと大盛りによそう。
「うわぃ、わしゃ、腹ペコなんぢゃ」
サギはカスティラの耳に大根おろしと醤油でモリモリと大盛りご飯を頬張った。
こうして、
サギは桔梗屋の行儀見習いになったのである。
そこへ、
「あれっ、サギ?」
「サギがおるっ」
「サギだあ」
お花と実之介とお枝が茶の間へ入ってくるなり一斉に歓声を上げた。
三人は乳母のおタネに再三、起こされて、ようよう起きてきたのだ。
この時代は手習い所も稽古事も開始時刻が決まっておらず好き勝手な時刻に行くので遅刻というものもない。
「おう、サギぢゃ。わしゃ、今日から桔梗屋の行儀見習いになったんぢゃっ」
サギは三膳目のご飯のおかわりの茶椀をおクキに突き出しながら言った。
この態度のどこが行儀見習いなのやらである。
「へえ?行儀見習い?うちなんぞに?」
お花は行儀見習いというのは武家へ行くものだと思っていたので目を丸くする。
「ギョーギ見習い?うちには菓子職人見習いはおるけどギョーギ見習いなんぞ知らんぞ」
「なぁにそれ?」
実之介とお枝はキョトンとする。
「わしも知らんのぢゃ。けど、菓子職人見習いというのがあるなら行儀見習いよりそっちがええなあ。ほれ、わしゃ、カスティラ斬り、得意ぢゃし」
サギは菓子職人見習いと聞いてコロッと志望を変えた。
「まあ、どっちでも構わんわなあ」
お葉は頓着せずに食後のお茶を啜る。
サギをなし崩しに桔梗屋へ置いてしまえば行儀見習いだろうが菓子職人見習いだろうが、この際、どうでもいいのだ。
こうして、
サギは大盛りご飯三膳目を食べるうちに行儀見習いから菓子職人見習いに早変わりした。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
出撃!特殊戦略潜水艦隊
ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。
大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。
戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。
潜水空母 伊号第400型潜水艦〜4隻。
広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。
一度書いてみたかったIF戦記物。
この機会に挑戦してみます。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!
明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。
当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。
ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。
空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。
空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。
日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。
この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。
共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。
その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる