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あにはからんや
しおりを挟む「ほれ、草さんは疲れてんだろうからよ。家へ帰って一息つきねえ。蜂蜜はあっしがちゃあんと送ってっからよ」
熊五郎が気配りして草之介と蜂蜜を促し、みなはゾロゾロと帰っていく。
「おっと、コイツを忘れちゃならん」
文次が丸正屋の前に置きっぱなしの空の木箱を担いだ。
「そうぢゃえ、そうぢゃえ、そうぢゃえな~♪」
サギは祭り気分に浮かれて唄いながら我蛇丸と文次の腕にぶら下がってピョンピョコと飛び跳ねて家路を辿った。
「たっだいまっ」
錦庵へ戻ると、
「さあさあ」
「祝杯ぢゃ、祝杯ぢゃ」
ハトとシメが店の小上がりの座敷に宴のご馳走の支度を整えて待っていた。
ペペン♪
小唄のお師匠さんも三味線を弾いて宴に興を添えている。
「……?」
サギは何のことやらと首を捻って座敷に座った。
一同が車座になると、
「ええ、みなの者。今宵すべて滞りなく一件落着と相成った。ご苦労でござった」
我蛇丸がまったく慣れぬ調子で若頭としてねぎらいの挨拶をして、一同は酒代わりにお茶の湯呑みを挙げた。
「――えっ?一件落着?ちょいと待て。まだ人攫いを捕まえとらんぞっ」
サギが憤慨して口を挟む。
「人攫いならここにおるわ」
文次はシレッとしてサギ以外のみなを指差した。
「――へ?」
サギはキョトンとする。
話せば長くなるが、事件のあらましはこうであった。
今夜、サギがどれほど待ち伏せしても拝殿に置いた玉手箱を取りに来る者など誰もいないはずであった。
なぜなら、草之介を攫った一味は我蛇丸が率いる富羅鳥の忍びだからである。
無論のこと拝殿に置いた玉手箱は偽物である。
先日、我蛇丸は桔梗屋へ予め用意していた偽物の玉手箱を持っていった。
そして、我蛇丸から頼まれたお葉が本物の玉手箱から金煙を八本の小瓶に詰める際に偽物の玉手箱に少しばかりの金煙を詰めて本物と取り替えた。
お葉は偽物の玉手箱を仏壇の下の隠し扉へ仕舞ったのだ。
もしも、それが偽物でなければ金煙の量が多過ぎて吸い込んだ樹三郎は九歳ほどの童では留まらず血塊にまで戻っていたことであろう。
知らず知らずに偽物の玉手箱のおかげで樹三郎は命拾いしていたのだ。
本物の玉手箱は我蛇丸が桔梗屋から持ち帰ったので、その時点で我蛇丸が『金鳥』を取り戻す使命は果たしていた。
今夜は我蛇丸が人攫いとは知らぬが仏のお葉を誤魔化すためだけの一芝居であったのだ。
「よっ、お待たせ」
船頭の文公ともう一人が錦庵へ入ってきた。
「遅いぞ。二人共、座れ、座れ」
文次が手招きする。
文公は貸本屋の文次の弟で文三という。
もう一人は文次の兄で文太という。
彼等は三兄弟である。
長男の文太も船頭で、文太は忍び逢いの男女の屋根船の船頭であった。
あの舟遊びの夜は船頭の文三が草之介を当て身で気絶させて文太の屋根船の簾の中へ放り込み、替わりに屋根船に用意してあった鉄瓶などの詰まったひび割れた火鉢を川へドボンと落としたのであった。
気絶した草之介を乗せた文太の屋根船は途中の暗闇の浅瀬で忍び逢いの男女を演じた貸本屋の文次と小唄のお師匠さんを下ろし、川へ飛び込んで泳いだ船頭の文三を乗せて、そのまま鬼ヶ島まで行った。
後に目覚めた草之介は自分と船頭の文三も一緒に鬼に攫われたものと信じて仲良く鬼ヶ島で過ごしていたのであった。
我蛇丸は小心者の草之介を一人で攫われたとするのは可哀想だと一応、配慮したのだ。
草之介に書かせたミミズがのた打ち廻ったような字の文は船で一緒に鬼ヶ島へ連れていった伝書鳩が運んできた。
シメも我蛇丸も自分が懐に入れてきた文を何者かが置いたかのような小芝居をしただけである。
なにしろ騙す相手が脳天気な桔梗屋なので実に簡単に事が運んだ。
ただ、猫魔と玄武は草之介が行方知れずになったのは富羅鳥の仕業だと感付いていたはずだ。
理由は簡単で猫魔と玄武の仕業でないということは怪しいのは他に富羅鳥しかいないからである。
文次の一通りの説明が済むと、
「――のう?人攫いは悪者のすることぢゃないのか?」
サギは真顔で我蛇丸に訊ねた。
「おう、悪者で結構。そもそも忍びは正義の味方ではないぢゃろうが?」
我蛇丸は平然として返した。
「うん?う~ん?そういえばそうぢゃっけ?――あっ、そんなことはどうでもええっ。よくも、よくも、わしにだけ教えんかったなっ」
サギはハッとして立ち上がった。
サギが納得いかぬのは正義云々よりもその一点である。
みなが知っていて自分だけが蚊帳の外だとは半人前扱いにしても許し難い侮辱なのだ。
「いや、すぐにサギにも気付かれてしまうと思うたんぢゃがのう?」
「ああ、もうサギも一人前の忍びぢゃと思うとったら大間違いぢゃったわ」
「まあ、つい身贔屓で買いかぶり過ぎたのう。サギはまだまだ忍びとして使えんということぢゃ」
我蛇丸もシメもハトもカラカラと笑った。
まるで気付かないサギが馬鹿だから悪いのだという口振りだ。
(おのれ、おのれ)
サギはみなに笑い者にされてフツフツと怒りが沸き上がってきた。
バッと小上がりから土間へ飛び下りる。
みなは和気あいあいとご馳走に箸を付け始めた。
いくら食い意地の張ったサギでも今度ばかりはご馳走などでは誤魔化されやしない。
もはや怒りは沸騰寸前。
「お、お前等、人でなしぢゃっ。鬼ぢゃ、蛇ぢゃ。ちくしょうめっ」
サギは戸口で振り返ると、
「地獄へ堕ちろぉおおおおおおおっっ」
力いっぱい大声で怒鳴って小路へ飛び出ていった。
タタターッ、
人並み以上に素早い足音が夜道に響き渡る。
「ちと可哀想ぢゃったかのう?」
ハトが戸口に目をやってサギを気にする。
「あの足音の方向からして、どっおせ桔梗屋へ行ったんぢゃろ」
シメは気にせずご馳走の鯛の塩焼きに舌鼓を打つ。
「ほっとけ、ほっとけ」
我蛇丸は突き放して言った。
「サギの奴、自分が人攫いをひっ捕らえると張り切っとったわりには待ちくたびれて木箱の中で寝ちょったくせに――」
文次はそこまで言うとハッと思い出し、
「そうぢゃ。さっき、拝殿に置いた偽物の玉手箱を持って逃げよった童がおったわ。桔梗屋の紋の提灯を持った見覚えのない童でのう」
文次は伝言サギが桔梗屋に樹三郎ソックリの隠し子らしき童がいたという話をした時にはまだその場にいなかったのだ。
「なに?童が?」
我蛇丸とハトとシメは顔を見交わす。
今夜、神社の拝殿に『金鳥』を置くことを知っていたのなら、やはり、その童は樹三郎に違いないと確信を持った。
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