富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
65 / 312

あにはからんや

しおりを挟む


「ほれ、草さんは疲れてんだろうからよ。うちけえって一息つきねえ。蜂蜜はあっしがちゃあんと送ってっからよ」
 
 熊五郎が気配りして草之介と蜂蜜を促し、みなはゾロゾロと帰っていく。
 
「おっと、コイツを忘れちゃならん」
 
 文次が丸正屋の前に置きっぱなしの空の木箱を担いだ。
 
「そうぢゃえ、そうぢゃえ、そうぢゃえな~♪」
 
 サギは祭り気分に浮かれて唄いながら我蛇丸と文次の腕にぶら下がってピョンピョコと飛び跳ねて家路を辿った。
 

「たっだいまっ」
 
 錦庵へ戻ると、
 
「さあさあ」
 
「祝杯ぢゃ、祝杯ぢゃ」
 
 ハトとシメが店の小上がりの座敷にうたげのご馳走の支度を整えて待っていた。
 
 ペペン♪
 
 小唄のお師匠さんも三味線を弾いて宴に興を添えている。
 
「……?」
 
 サギは何のことやらと首を捻って座敷に座った。
 
 
 一同が車座になると、
 
「ええ、みなの者。今宵すべてとどこおりなく一件落着と相成った。ご苦労でござった」
 
 我蛇丸がまったく慣れぬ調子で若頭としてねぎらいの挨拶をして、一同は酒代わりにお茶の湯呑みを挙げた。
 
「――えっ?一件落着?ちょいと待て。まだ人攫いを捕まえとらんぞっ」
 
 サギが憤慨して口を挟む。
 
「人攫いならここにおるわ」
 
 文次はシレッとしてサギ以外のみなを指差した。
 
「――へ?」
 
 サギはキョトンとする。
 

 話せば長くなるが、事件のあらましはこうであった。
 
 今夜、サギがどれほど待ち伏せしても拝殿に置いた玉手箱を取りに来る者など誰もいないはずであった。
 
 なぜなら、草之介を攫った一味は我蛇丸が率いる富羅鳥の忍びだからである。
 
 無論のこと拝殿に置いた玉手箱は偽物である。
 
 先日、我蛇丸は桔梗屋へあらかじめ用意していた偽物の玉手箱を持っていった。
 
 そして、我蛇丸から頼まれたお葉が本物の玉手箱から金煙を八本の小瓶に詰める際に偽物の玉手箱に少しばかりの金煙を詰めて本物と取り替えた。
 
 お葉は偽物の玉手箱を仏壇の下の隠し扉へ仕舞ったのだ。
 
 もしも、それが偽物でなければ金煙の量が多過ぎて吸い込んだ樹三郎は九歳ほどのわらしではとどまらず血塊にまで戻っていたことであろう。
 
 知らず知らずに偽物の玉手箱のおかげで樹三郎は命拾いしていたのだ。
 
 本物の玉手箱は我蛇丸が桔梗屋から持ち帰ったので、その時点で我蛇丸が『金鳥』を取り戻す使命は果たしていた。
 
 今夜は我蛇丸が人攫いとは知らぬが仏のお葉を誤魔化すためだけの一芝居であったのだ。
 
 
「よっ、お待たせ」
 
 船頭の文公ともう一人が錦庵へ入ってきた。
 
「遅いぞ。二人共、座れ、座れ」
 
 文次が手招きする。
 
 文公は貸本屋の文次の弟で文三ぶんぞうという。
 
 もう一人は文次の兄で文太ぶんたという。
 
 彼等は三兄弟である。
 
 長男の文太も船頭で、文太は忍び逢いの男女の屋根船の船頭であった。
 
 あの舟遊びの夜は船頭の文三が草之介を当て身で気絶させて文太の屋根船のすだれの中へ放り込み、替わりに屋根船に用意してあった鉄瓶などの詰まったひび割れた火鉢を川へドボンと落としたのであった。
 
 気絶した草之介を乗せた文太の屋根船は途中の暗闇の浅瀬で忍び逢いの男女を演じた貸本屋の文次と小唄のお師匠さんを下ろし、川へ飛び込んで泳いだ船頭の文三を乗せて、そのまま鬼ヶ島まで行った。
 
 後に目覚めた草之介は自分と船頭の文三も一緒に鬼に攫われたものと信じて仲良く鬼ヶ島で過ごしていたのであった。
 
 我蛇丸は小心者の草之介を一人で攫われたとするのは可哀想だと一応、配慮したのだ。
 
 草之介に書かせたミミズがのた打ち廻ったような字のふみは船で一緒に鬼ヶ島へ連れていった伝書鳩が運んできた。
 
 シメも我蛇丸も自分が懐に入れてきたふみを何者かが置いたかのような小芝居をしただけである。
 
 なにしろ騙す相手が脳天気な桔梗屋なので実に簡単に事が運んだ。
 
 ただ、猫魔と玄武は草之介が行方知れずになったのは富羅鳥の仕業だと感付いていたはずだ。
 
 理由は簡単で猫魔と玄武の仕業でないということは怪しいのは他に富羅鳥しかいないからである。
 
 
 文次の一通りの説明が済むと、
 
「――のう?人攫いは悪者のすることぢゃないのか?」
 
 サギは真顔で我蛇丸に訊ねた。
 
「おう、悪者で結構。そもそも忍びは正義の味方ではないぢゃろうが?」
 
 我蛇丸は平然として返した。
 
「うん?う~ん?そういえばそうぢゃっけ?――あっ、そんなことはどうでもええっ。よくも、よくも、わしにだけ教えんかったなっ」
 
 サギはハッとして立ち上がった。
 
 サギが納得いかぬのは正義云々せいぎうんぬんよりもその一点である。
 
 みなが知っていて自分だけが蚊帳の外だとは半人前扱いにしても許し難い侮辱なのだ。
 
「いや、すぐにサギにも気付かれてしまうと思うたんぢゃがのう?」
 
「ああ、もうサギも一人前の忍びぢゃと思うとったら大間違いぢゃったわ」
 
「まあ、つい身贔屓で買いかぶり過ぎたのう。サギはまだまだ忍びとして使えんということぢゃ」
 
 我蛇丸もシメもハトもカラカラと笑った。
 
 まるで気付かないサギが馬鹿だから悪いのだという口振りだ。
 
(おのれ、おのれ)
 
 サギはみなに笑い者にされてフツフツと怒りが沸き上がってきた。
 
 バッと小上がりから土間へ飛び下りる。
 
 みなは和気あいあいとご馳走に箸を付け始めた。
 
 いくら食い意地の張ったサギでも今度ばかりはご馳走などでは誤魔化されやしない。
 
 もはや怒りは沸騰寸前。
 
「お、お前等、人でなしぢゃっ。鬼ぢゃ、じゃぢゃ。ちくしょうめっ」
 
 サギは戸口で振り返ると、
 
「地獄へ堕ちろぉおおおおおおおっっ」
 
 力いっぱい大声で怒鳴って小路へ飛び出ていった。
 
 タタターッ、
 
 人並み以上に素早い足音が夜道に響き渡る。
 
「ちと可哀想ぢゃったかのう?」
 
 ハトが戸口に目をやってサギを気にする。
 
「あの足音の方向からして、どっおせ桔梗屋へ行ったんぢゃろ」
 
 シメは気にせずご馳走の鯛の塩焼きに舌鼓を打つ。
 
「ほっとけ、ほっとけ」
 
 我蛇丸は突き放して言った。
 
「サギの奴、自分が人攫いをひっ捕らえると張り切っとったわりには待ちくたびれて木箱の中で寝ちょったくせに――」
 
 文次はそこまで言うとハッと思い出し、
 
「そうぢゃ。さっき、拝殿に置いた偽物の玉手箱を持って逃げよったわらしがおったわ。桔梗屋の紋の提灯を持った見覚えのない童でのう」
 
 文次は伝言サギが桔梗屋に樹三郎ソックリの隠し子らしき童がいたという話をした時にはまだその場にいなかったのだ。
 
「なに?童が?」
 
 我蛇丸とハトとシメは顔を見交わす。
 
 今夜、神社の拝殿に『金鳥』を置くことを知っていたのなら、やはり、その童は樹三郎に違いないと確信を持った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎
歴史・時代
 国力で遙かに勝るアメリカを相手にするべく日本は様々な手を打ってきた。各地で善戦してきたが、国力の差の前には敗退を重ねる。  そして決戦と挑んだマリアナ沖海戦に敗北。日本は終わりかと思われた。  だが、それでも起死回生のチャンスを、日本を存続させるために男達は奮闘する。 カクヨムでも投稿しています

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

上意討ち人十兵衛

工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、 道場四天王の一人に数えられ、 ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。 だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。 白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。 その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。 城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。 そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。 相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。 だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、 上意討ちには見届け人がついていた。 十兵衛は目付に呼び出され、 二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。

処理中です...