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大賑わい
しおりを挟む一方、
お葉と我蛇丸は船着き場の川沿いに佇んで草之介の船を待っていた。
「――お、あれは」
我蛇丸が川の右手を指差す。
漆黒の水面のはるか向こうから屋根船の提灯の灯りが蛍火のようにチラチラと見えてきた。
「あ、あれが草之介の船?」
お葉が喜び勇んで船着き場へ小走りする。
だんだんと灯りがこちらを目指して進んでくる。
「草之介ええぇ」
お葉は屋根船から見えるように桔梗屋の紋入りの提灯を高く翳した。
相手にも桔梗屋の提灯の灯りが見えたのであろう屋根船の船首に身を乗り出して手を振っている人影がある。
草之介だ。
船尾へ立って屋根船を操っている船頭は一緒に行方知れずになっていた文公だ。
「――あっ?おい」
「ありゃあ」
川涼みの人々は屋根船の草之介の姿に気付き、口々に騒ぎ出した。
「桔梗屋の若旦那ぢゃねえか?」
「やっぱり、船頭と逃げてたってえ噂はホントだったんだ」
「そら、行方知れずの桔梗屋の若旦那が戻ってきたぜ」
川沿いにはワラワラと野次馬が集まり出す。
すぐに人伝に草之介が帰ってきたことが日本橋一帯に知れ渡った。
「草さぁああんっ」
醤油酢問屋の丸正屋の熊五郎が百貫デブにも関わらず店から通りへ一足飛びに出てきた。
ドンッ!
ちょうど丸正屋の前を歩いていた貸本屋の文次の風呂敷包みに熊五郎の巨体がぶつかる。
ゴツッ。
「――てっ」
サギはいきなり頭を木箱に打ち付けて目が覚めた。
「ご免よっ」
熊五郎はぶつかった荷物が叫んだことにも気付かず川沿いへ走っていく。
「なんぢゃ、なんぢゃ?」
サギは風呂敷越しに文次の背中を叩く。
「サギ、起きたなら下りんか」
文次はサギ入りの風呂敷包みを地面へ下ろした。
そこへ、
「兄さぁぁん」
「若旦那様ぁああ」
お花、女中のおクキ、手代の銀次郎、小僧四人、その他の桔梗屋の奉公人等がサギ入りの風呂敷包みの真横をバタバタと走り抜けていった。
「――へ?なんぢゃ?」
サギは風呂敷包みから顔を突き出し、みなが走っていった方へ振り返った。
「おっ、若旦那が帰ってきたか」
文次も後を追っていく。
「――え?え?待てっ。わしもっ」
サギはあたふたと木箱から転げ出て、風呂敷を首から掛けたままで走っていく。
すでに船着き場の周りは黒山の人だかり。
知り合いでもない人々が屋根船の草之介に向かって手を振っている。
たちまち川沿いは草之介が消えた夜以来の祭りのような盛り上がりをみせた。
ほどなくして、
屋根船がスーッと滑るように進んでピタリと船着き場へ止まった。
「草之介っ」
「兄さんっ」
船着き場へ下り立った草之介を迎えてお葉とお花が笑顔で両手を差し伸べる。
その時、
「――草さんっ」
野次馬の人垣の後ろから女の甲高い声が響いた。
野次馬が一斉に振り返ると、観音様のような美人が息を切らして立っている。
芸妓の蜂蜜だ。
「蜂蜜っ」
草之介は満面の笑みで目の前のお葉とお花の間をすり抜けた。
「草さんっ」
野次馬の人垣がサッと左右に割れて蜂蜜を通り抜けさせる。
そして、草之介と蜂蜜は人目も憚ることなくヒシッと抱き合った。
十九歳と十八歳の花も盛りの美男美女だけに三日月の光を浴びた二人の姿は一幅の絵のようであった。
「はあ、やっぱり二人はお似合いぢゃ。良かったのう?」
サギはニコニコしてお葉とお花に声を掛けたが二人は笑顔で両手を差し伸べたまま石仏のように固まっていた。
さだめし『トンビに油揚げを攫われた』という心境なのであろう。
「なんでい。やっぱり若旦那と蜂蜜かあ?」
「何だか知らねえが良かった、良かった」
「おうよ、目出度え気分で飲み直しだっ」
お祭り気分にかこつけて飲みたいだけの野次馬がワイワイと騒ぎながら三々五々と立ち去っていく。
(――草之介が無事に帰ってきたか)
九歳ほどの樹三郎が人垣の後ろでホッと安堵の面持ちで野次馬の言葉を聞いていた。
そして、玉手箱の風呂敷を小脇に抱え直し、武家屋敷の集まった町の方へ向かって川沿いから踵を返した。
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