富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
64 / 312

大賑わい

しおりを挟む

 一方、
 
 お葉と我蛇丸は船着き場の川沿いにたたずんで草之介の船を待っていた。
 
「――お、あれは」
 
 我蛇丸が川の右手を指差す。
 
 漆黒の水面のはるか向こうから屋根船の提灯の灯りが蛍火のようにチラチラと見えてきた。
 
「あ、あれが草之介の船?」
 
 お葉が喜び勇んで船着き場へ小走りする。
 
 だんだんと灯りがこちらを目指して進んでくる。
 
「草之介ええぇ」
 
 お葉は屋根船から見えるように桔梗屋の紋入りの提灯を高くかざした。
 
 相手にも桔梗屋の提灯の灯りが見えたのであろう屋根船の船首に身を乗り出して手を振っている人影がある。
 
 草之介だ。
 
 船尾へ立って屋根船を操っている船頭は一緒に行方知れずになっていた文公だ。
 
「――あっ?おい」
 
「ありゃあ」
 
 川涼みの人々は屋根船の草之介の姿に気付き、口々に騒ぎ出した。
 
「桔梗屋の若旦那ぢゃねえか?」
 
「やっぱり、船頭と逃げてたってえ噂はホントだったんだ」
 
「そら、行方知れずの桔梗屋の若旦那が戻ってきたぜ」
 
 川沿いにはワラワラと野次馬が集まり出す。
 
 すぐに人伝ひとづてに草之介が帰ってきたことが日本橋一帯に知れ渡った。
 

「草さぁああんっ」
 
 醤油酢問屋の丸正屋の熊五郎が百貫デブにも関わらず店から通りへ一足飛びに出てきた。
 
 ドンッ!
 
 ちょうど丸正屋の前を歩いていた貸本屋の文次の風呂敷包みに熊五郎の巨体がぶつかる。
 
 ゴツッ。
 
「――てっ」
 
 サギはいきなり頭を木箱に打ち付けて目が覚めた。
 
「ご免よっ」
 
 熊五郎はぶつかった荷物が叫んだことにも気付かず川沿いへ走っていく。
 
「なんぢゃ、なんぢゃ?」
 
 サギは風呂敷越しに文次の背中を叩く。
 
「サギ、起きたなら下りんか」
 
 文次はサギ入りの風呂敷包みを地面へ下ろした。
 
 そこへ、
 
あにさぁぁん」
「若旦那様ぁああ」
 
 お花、女中のおクキ、手代の銀次郎、小僧四人、その他の桔梗屋の奉公人等がサギ入りの風呂敷包みの真横をバタバタと走り抜けていった。
 
「――へ?なんぢゃ?」
 
 サギは風呂敷包みから顔を突き出し、みなが走っていった方へ振り返った。
 
「おっ、若旦那が帰ってきたか」
 
 文次も後を追っていく。
 
「――え?え?待てっ。わしもっ」
 
 サギはあたふたと木箱から転げ出て、風呂敷を首から掛けたままで走っていく。
 
 
 
 すでに船着き場の周りは黒山の人だかり。
 
 知り合いでもない人々が屋根船の草之介に向かって手を振っている。
 
 たちまち川沿いは草之介が消えた夜以来の祭りのような盛り上がりをみせた。
 
 ほどなくして、
 
 屋根船がスーッと滑るように進んでピタリと船着き場へ止まった。
 
「草之介っ」
あにさんっ」
 
 船着き場へ下り立った草之介を迎えてお葉とお花が笑顔で両手を差し伸べる。
 
 その時、
 
「――草さんっ」
 
 野次馬の人垣の後ろから女の甲高い声が響いた。
 
 野次馬が一斉に振り返ると、観音様のような美人が息を切らして立っている。
 
 芸妓げいしゃの蜂蜜だ。
 
「蜂蜜っ」
 
 草之介は満面の笑みで目の前のお葉とお花の間をすり抜けた。
 
「草さんっ」
 
 野次馬の人垣がサッと左右に割れて蜂蜜を通り抜けさせる。
 
 そして、草之介と蜂蜜は人目もはばかることなくヒシッと抱き合った。
 
 十九歳と十八歳の花も盛りの美男美女だけに三日月の光を浴びた二人の姿は一幅の絵のようであった。
 

「はあ、やっぱり二人はお似合いぢゃ。良かったのう?」
 
 サギはニコニコしてお葉とお花に声を掛けたが二人は笑顔で両手を差し伸べたまま石仏のように固まっていた。
 
 さだめし『トンビに油揚げを攫われた』という心境なのであろう。
 

「なんでい。やっぱり若旦那と蜂蜜かあ?」
 
「何だか知らねえが良かった、良かった」
 
「おうよ、目出度え気分で飲み直しだっ」
 
 お祭り気分にかこつけて飲みたいだけの野次馬がワイワイと騒ぎながら三々五々と立ち去っていく。
 

(――草之介が無事に帰ってきたか)
 
 九歳ほどの樹三郎が人垣の後ろでホッと安堵の面持ちで野次馬の言葉を聞いていた。
 
 そして、玉手箱の風呂敷を小脇に抱え直し、武家屋敷の集まった町の方へ向かって川沿いからきびすを返した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

B29を撃墜する方法。

ゆみすけ
歴史・時代
 いかに、空の要塞を撃ち落とすか、これは、帝都防空隊の血と汗の物語である。

処理中です...